彼氏くん、見てる~?

折原ひつじ

第1話 そんなに一生懸命頬張っちゃってさぁ……

 NTR、というものをご存じだろうか?


 好きな人も多いだろうし、僕はもちろん好きである。もちろん現実だと不幸な人が出てしまうので、それは画面の中だけであってほしいけど。

 けれどそれが好きとか言ってられる状況でもなくなってきたのだ。なぜなら……


理人まさとくん!」

 声の方に振り向けば、そこには花のように笑う可憐な女性がこちらに向かって手を振っていたのだった。


「葵ちゃん、お疲れ様」

「理人くんもお疲れ様〜」

 絹のようなつやのある黒髪に、透き通るような白い肌。そしてうるうるの瞳を持つ美少女がこちらをじぃっと見つめてくる。

 ああ、文句なしに可愛い。


「うん、ありがとう。まだこの後もあるんだけどね」

 こんなきれいな女の子と話せるだけできっとその日は一日楽しく過ごせるだろう。でも……


「そっか、頑張ってね。ファイト!」

 そう言うと葵ちゃんは僕の手をぎゅうっと握って元気づけてくれる。ふにふにと手を揉みこんで元気をチャージしてくれるその姿は何より可愛く見えた。


 そう、この清楚系の美少女は僕の彼女なのである。

 偶然彼女と同じ授業を取り、偶然隣の席に座り、偶然わからなかったところを教えてあげた結果……気づけばこんなに可愛い彼女ができていたのである。


 なのでもう僕は金輪際NTRモノが見られなくなってしまった。だってもし実際彼女が似たような目にあったら立ち直れないからだ。考えるだけでも無理。


「葵ちゃんはもうこれで終わり? 授業終わったら一緒に帰る?」

「ごめんなさい、この後サークルの飲み会があるの!」


 現実でそんなことはめったにないとはわかっている。そう、実際はまったくもってそんなことはないのだ。けど……


「あれ〜、彼氏くんと葵ちゃんじゃん!」

 明るい声が僕らの間に割り込んでくる。そちらを見なくてもわかる。この声の主こそが僕を悩ませている原因なのだから。


「堂島先輩、お疲れ様です!」

「……お疲れ、堂島」

 葵ちゃんと僕の挨拶に、堂島はハイテンションにハイタッチで返す。僕も無理矢理やらされた。


「そうそう、今日この後オレら飲み会なんだよね。葵ちゃんのことは任せといて〜」

 そう言って僕の肩をぽんぽんと叩く堂島は文句なくチャラい。程よく焼かれた黒い肌に明るい金髪、挙句の果てにばっちばちに開けられたピアスがその軽薄そうな見た目に拍車をかけている。


「……うん、信頼してるよ」

「マ? めっちゃ任せといて!」

 けれど僕は何をいうでもなく、無難な返事をしたのだった。そうすれば堂島はますます明るい声を上げて僕の肩を軽く小突く。


「じゃあ楽しんでくるね」

 そうして僕はあからさまにチャラい男に連れて行かれる彼女を見送ったのだった。





 ドキドキと鼓動が一人でに高鳴る。今日は無いかもしれない。けど、もしかしたら……

 そんな僕の期待に応えるように、滅多にならないスマホがメッセージの受信を通知した。


 慌ててメッセージアプリを開けば、そこにはいくつかの文章と動画が送りつけられている。

 だから僕は興奮で震える手で動画をタップしたのだった。


「彼氏く〜ん、見てる〜?」

 その瞬間、堂島の軽快な声が耳に届く。そして画面の向こうには顔をほてらせた葵ちゃんの姿があった。


 そしていつも通り、堂島による説明が始まるのだった。


「今日の葵ちゃんは、飲み会の締めにミニラーメンを食べにきていま〜す。ポニテ新鮮でかわいくね?」

 その言葉と共にあつあつのラーメンを前にポニーテールにした葵ちゃんの姿が映し出される。

 そして彼女は勢いよくラーメンを食べ始めたのだった。


「一生懸命頬張っちゃってさぁ……可愛いね〜、ハムスターみたいじゃん?」

 美味しい?という堂島の問いかけにこくこくと葵ちゃんが頷く。ピカピカの笑顔が今日もまぶしかった。


「今日のお店、今度彼氏くんも連れてっちゃるから楽しみにしててね〜。ほら、葵ちゃん彼氏くんに言ってあげなよ?」

 ラーメンを平らげた後、堂島が葵ちゃんの肩を軽くつっつく。葵ちゃんは少しの逡巡のあと、恥ずかしそうにしながらも口を開いたのだった。


「えっと、理人くん今日も大好き!」

「はいよく言えました〜、じゃあね彼氏くん〜……あ、すみません。撮影ありがとうございました」


 ラーメン屋の店主に対する言葉を最後に映像は切れる。そして後のメッセージには「家の近くまで送ったしそろそろ帰ったと思う〜」と記されていた。

 そしてちょうど葵ちゃんからも「ただいま!」と元気なメッセージがとんできたのだった。


 僕は彼女に対して「今日もめちゃくちゃ可愛かったよ」「大好き」というメッセージを送る。そうすれば葵ちゃんからはニコニコに笑ううさぎのスタンプが返ってきたのだった。そのチョイスが可愛い。


 そして僕はしばらく迷った後、堂島にも「ありがとう」と送ったのだった。すぐにちょっと変な顔をした猫のスタンプを返される。


 奇妙な関係だとは思う。けどこんなことになったのは、僕が原因だった。


 僕と葵ちゃんはお互いがはじめての恋人で、関係性も手探り。彼女のことはもちろん大好きだけど、僕は恥ずかしくて葵ちゃんに可愛いとか好きだとかを満足に伝えられていなかったのだ。


 それを心配に思った葵ちゃんは同じサークルで先輩の堂島に相談をした。これが漫画ならそのまま二人は、という感じなんだが……


「やべーね! じゃあかわいいって言うしかないとこ見せるしかないっしょ!」

 ボランティアサークルに所属している堂島にそんな邪心は微塵もなかった。


 そしてある日突然彼から「これから葵ちゃんと彼氏くんの橋渡しすっからよろ!」とメッセージが来てこの生活が始まったのだった。


 何がすごいって、堂島が撮る葵ちゃんが寸分の隙もなく可愛いと言うことだ。

 本物の葵ちゃんもかわいいけど、映像の彼女はそれはそれはかわいい。そのあまりの可愛さに僕も恥ずかしがる暇もなく「可愛い」「好き」と言う他なかったのだ。


「……こんなの、もっと好きになっちゃうじゃん」

 その言葉と共に深いため息を吐く。

 葵ちゃんは文句のつけようもない美少女だった。そんな彼女と僕はとても釣り合わない。だからきっといつか他の男に取られてしまうんだろう。

 だからその時を覚悟しておかなきゃいけないのだ。


 それなのに、堂島のアシストのおかげで僕はますます葵ちゃんを好きになってしまっていたのだった。それどころか、堂島に「彼氏くんももっと自信持っていきなよ〜、イケメてるよ?」なんておだてられて筋トレなんて始めたもんだから笑える。


 だから今日も僕は悩みながらも、彼女の可愛い映像を眺めながらプランクを続けるのだった。

 

 



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