第4話

 

「レイシャ、とりあえず座ってくれ」

「はい。わかりました」


 父親からの指示を受けてレイシャは空いているソファに腰掛ける。


「レフリア家の者が全員揃ったので話を始めよう」


 メシャル侯爵はレイシャがソファに腰を下ろしたことを確認すると、口を開いた。

 いきなり呼び出され今一状況を理解できていないレイシャだが背筋を伸ばし、聞く姿勢を整え、他のレフリア家の者も静かにメシャル侯爵の言葉を待つ。


「これまで調査していたフマ家についてだが、情報が纏め終わり処分が進んでいる」

「っ?」


 先ほどの夕食の際にはまだ詳しくは分かっていない、と話していたことが既に終わっていたと言われ、レイシャは驚きのあまり声を上げそうになった。

 寸でのところで声を上げることはなかったが、驚いていたことはメシャル家の者は気付いているようだ。


「まあ、いきなり調査は終わっていると言われれば、驚くのも無理はないだろう。結論だけ言えば、フマ家に関しては廃爵したうえで処刑する、という形になる」

「そうですか。わかりました」


 レイシャはメシャル侯爵のフマ家に関しては、という言葉が少し気になったものの、もしかしたら他の家も関わっていた可能性もあることに思い至った。


「それとイゲリス伯爵家についてだが、こちらも廃爵が確定した。ただ、こちらは罪があった訳ではないが」

「どういう事でしょうか?」


 突然、今まで関りがあったイゲリス家が無くなると聞き、レフリア伯爵はメシャル侯爵に聞いた。


「その理由を話すには、まず先に洗脳術について説明する必要があるな。簡単に言えば洗脳術と呼ばれるものは一切なかったという事だ」


 メシャル侯爵によると、洗脳術と呼ばれる魔法の存在は無かった。しかし、洗脳されたような言動をとる者が現れている以上、似たような物があるのは明白だった。


 そのため、その原因を探っている内にある薬物の存在が浮かび上がった。


 メシャル侯爵は正式名称を伏せて話しているが、その薬はこの国には存在しないものの違法薬物として管理されているものだった。

 フマ家はその薬を使い、対象にした者たちを好きなように操っていたらしい。


 調査員が調査対象の家にあったものを摂取するなど普通はあり得ないことだが、どうやらこの薬は気化させた状態でも摂取が可能らしく、気付かない内に摂取してしまい洗脳状態になっていたのだ。


 フマ家の者に被害が無かった理由はその薬を中和するための物があるらしく、それを事前に摂取していた。


 しかし、事前に中和薬を摂取していない状態でその薬の影響を受けてしまった場合、その薬の効果を抜くには相当な時間が掛かってしまう。

 そして、イゲリス家の者たちはその薬の影響をもろに受けてしまっていたらしく、すぐに治療を終えるのは困難であり、今後、貴族として過ごすことは難しいと判断されたため廃爵となった。


 本来なら、このような状況では廃爵はせず近親の者が爵位を継ぐものだが、フマ家はイゲリス家に近付くためにその繋がりを利用していたため、そちらの者たちもその薬の影響下にあった。

 そのため、正式に爵位を継げる者が居なくなってしまったため、イゲリス家は廃爵せざるを得なくなったのだ。


「では、イゲリス家が収めていた領地はどうなるのでしょうか」

「その辺りはまだ決まっていない。おそらく分割された上で周辺の領地に取り込まれることになるだろう。他の可能性もあるがこれが一番可能性が高い」

「そうですか」


 領地が広がるというのは貴族にとっては税収が増えるという事を示している。本来であれば喜ばしい事ではあるのだが、突然、領地が広がればそれだけ厄介ごとも増えるため、このような事態で領地が増えることを喜ぶ貴族は少ない。


 領地の経営に余裕がある訳でもないレフリア伯爵家にとって、この事態は受け入れ難い事ではあったが、国の指示であれば受け入れざるを得ない。


 あまりいい事とは言えないが、その不満を漏らすことが出来ないレフリア伯爵は、それ以上その言葉を続けることはなかった。


 

 フマ家や洗脳術、イゲリス家についての話は終わった。しかし、メシャル侯爵がレフリア家に来た理由は別にある。


 そもそもフマ家の調査結果を伝えるのはメシャル侯爵家の役目ではない。本来ならレフリア家にこのように情報を伝えに来るようなことはないのだ。


 イゲリス家が関わっていたとは言え、フマ家から直接の被害を受けていないレフリア家に事の顛末を直接伝える理由は無い。しかし、そのような状況でメシャル家がそれを伝えるために来たという事は、他に目的があるためだ。


「さて、エレーナ嬢が関わっていた部分の説明は終えたのでこちらの本題に入らせてもらう」


 元よりそれがメシャル侯爵の目的であることに気付いていたレフリア家の面々はさらに気を引き締める。


「と言っても、これから話す内容もエレーナ嬢が関わっているのだが……」


 メシャル侯爵からの話はレイシャに対しての婚約の打診だった。

 最初にその話を振られてレイシャはなぜ自分が選ばれたのかが理解出来なかったが、メシャル侯爵曰く、エレーナではメシャル家の嫁として来るには向いていない。次期当主よりも能力が高い婚約者なぞ揉め事の種になりかねないし、エレーナがレフリア伯爵家の当主となった方がメシャル侯爵家にとって良いと判断した。


 そのため、レイシャはメシャル侯爵家に嫁ぎ、メシャル侯爵家の次男をレフリア伯爵家に婿入りさせる。エレーナもこの事を受け入れている。


 これがメシャル家の提案だった。


「エレーナはその話を受け入れている、との事ですが本当ですか?」


 地位が上のメシャル侯爵にそう言われてもエレーナ本人から直接聞いたわけでもないので、簡単に信じる訳にはいかないレフリア伯爵はそう問いかけた。


「そもそもこの話を出してきたのはエレーナ嬢だ。私としても特に問題はなかったうえ、今回の騒動で息子の婚約者も被害に遭っている。どうやらフマ家の最終的な目的は我がメシャル侯爵家だったらしい」

「それは本当か?」


 父親であるレフリア伯爵がエレーナに問いかける。


 エレーナが頷いているところからしてメシャル侯爵の言うことが本当なのであろうが、家を取り潰しにされたイゲリス伯爵家にとってはとばっちりも良い所である。


「それにレイシャ嬢に関しては被害を受けていないとはいえ婚約者が薬物に依存した結果、婚約を破棄したとなれば次の婚約者を探すのは苦労するだろう。まあ、それは私の息子も同じなのだが」


 侯爵家の跡取りともなればレイシャ程苦労することはないだろうが、それでも良縁を見つけるのは厳しいだろう。


 それにレフリア家とレイシャにとってこの話は利が大きなものだ。イゲリス家と婚約を結んでいたのはメシャル家に対抗するための物であったが、その家に娘を嫁に出すのなら対抗する必要は無い。それにレイシャは侯爵家に嫁ぐことになるのだから地位も上がる。


 まあ、この話自体、レフリア家に断るという選択肢は出来ないのだが。


 この話を最初に出したのがエレーナだとすると、実質レフリア伯爵家側からの提案として扱われる。提案した側がその話を断るというのは問題しかない。両家の立場から見ても同様だ。

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