第2話
レイシャは本来の予定よりも夜会を早く退出したため、その日の夜には実家の屋敷に戻って来ていた。
しかし、実家に戻ってきたもののシレスの相手が誰なのか、それを確認する方法なく、そのまま翌日になってしまった。
(結局、あれは誰だったのかしら。早く誰だったのかを調べないといけないのだけど)
あさ、いつもと同じ時間にベッドから起き上がり、部屋を出るための支度をしながらレイシャは悩む。
レイシャの家であるレフリア伯爵家が、シレスの実家であるイゲリス伯爵家に対する今後の対応を決めるためにも、相手がどこの貴族家出身なのかを知らなくてはならないのだが、見たことのない相手がどこの家の出なのかわからない限りそれを決めることは出来ない。
ただし、レイシャが知らない、という事はおそらく子爵、もしくは男爵家の出身の可能性が高い。
伯爵家及び、爵位が上の辺境伯、侯爵、公爵家であれば貴族と知らないというのは致命的である。そのため、各貴族家で強制的に覚えされられる事柄なのだ。
ただし、男爵家や子爵家は影響力のある、もしくは目立つ家はおざなりなところが多い。特に男爵家は新興の家が多いため、知らない家も多い。
(まずは、男爵家から調べればいいかしらね。特にここ最近に爵位を与えられたところを中心に調べれば……)
何処から調べるか、それをレイシャが考えている時、不意に自室のドアがノックされた。
「お姉さま、少々いいでしょうか?」
「いいわよ」
この時間にエレーナが来るなんて珍しい、そう思いながらもレイシャは入室を許可した。
「おはようございます。お姉さま」
「ええ、おはよう。でも、この時間にエレーナが来るなんて何かあったのかしら?」
レイシャの部屋にエレーナが入って来た。
エレーナの見た目はレイシャを少し幼くした感じではあるが、瞳から感じられる意思の強さと声の張りから、その聡明さが感じられる。
「昨日の夜会について話がありまして」
「昨日の?」
何故、夜会に参加していないエレーナからその話が出て来るのか、理解できないレイシャはそのまま言葉を返した。
「はい。あのクソ野郎の相手のことです」
「え……え? く、くそ? そ……それってシレスのことかしら?」
「そうです! そのクソ野郎です!」
エレーナからそのような言葉が出て来るとは思っていなかったレイシャは、驚いたものの話しを進める。
「エレーナは昨日の夜会に出てはいなかったと思うのだけど、シレスの事で何か知っているのかしら」
「えぇ、ええ! あれの相手の事も存じています」
「え?」
突然の言葉に呆けたものの、思わぬところではあるが情報が得られそうなことに、レイシャは少し安堵した。
「どうしてその事をエレーナが知っているのかが気になるけど、話してくれない?」
「はい! といっても私も最初はたまたま偶然、あの2人が会っているのを見かけただけなのです。まあ、その後にしっかり調べましたけど」
「そうなの」
エレーナがどのような場面でその光景を見たのかレイシャにはわからない。しかし、婚約者が居る状況で会っていたとなれば、そこはあまり人目につかない所だろう。
「あのゴミの相手はフマ男爵の令嬢ですね。一応私と同年なので調べるのは簡単でした。ただ、フマ男爵の家は少々黒い噂があるようですね」
「黒い噂?」
「洗脳術が使えるのでは、という不確かな物でした」
洗脳術とは、伝承のみで伝えられている魔法の事である。
この国の貴族の大半は魔法が使えるのだが、基本的に属性魔法と呼ばれる何もない所から火や水、風を起こすものだ。特殊な魔法であれば回復魔法と呼ばれる希少属性もあるが、洗脳術と呼ばれる魔法は正式な属性として存在していない。
「洗脳術……たしか、最近の物語によく出て来るようになった物よね? 昔からあるかもしれない、という伝承も在ったはずだけど」
「そうです。その洗脳術ですね」
最近、貴族の令嬢の中で流行っている物語は、婚約者に囚われている好きな相手を救い出すもの。特に人気が高い内容は傲慢な姉を持つ妹が、姉の婚約者に恋して姉からその婚約者を救い出すという話。
エレーナもこの手の物語が好きでいくつも書籍で持っている。レイシャが最初にエレーナを疑ってしまったのはこれの影響もあるだろう。
「……ん? あれ、不確かな物……でした?」
「はい。私も最初は空想の産物だと思っていたのですが、フマ男爵令嬢の周囲の状態を見ると、空想の産物、とは断言できないことがちらほらありました。特にフマ家が男爵の爵位を受け取ったあたりから、少々不自然な流れが確認できたのです」
「不自然な流れ?」
「フマ家が男爵の爵位を授けられた経緯が変だったのです。普通、男爵の位は大きな功績やいくつもの功績を称えられて国から授かるのです。ですが、フマ家にはそのような功績はありませんでした。あっても精々、領地で褒賞を貰う程度ですね」
レイシャが住んでいる国は基本的に王政によって運営されている。そのため、新たに爵位を得るには、国に対しての大きな貢献が必要になるのだが、フマ家が上げたとされる功績は大したものではなかった。
いや、一切ないという訳ではなかったが、どの観点から見ても国からの褒賞どころか、関わった領地から金一封が出る程度の爵位を授かるほどの功績でしかなかったのだ。
それなのに何故か男爵の位を授かっている。おおよそ不正によるものだろうが、元より平民だったフマ家が不正を出来るほどに貴族に繋がりがあるはずがない。なのに不正と思われることによって爵位を得ているのだ。
その点を考えれば、どのように貴族との繋がりを得たのかを調べなければならないのだが、そこを調べたエレーナがあることに気付いたのだ。
「どう見てもフマ家が繋がりを持てるはずのない高位の爵位を持つ貴族家が爵位の授与に関わっていたのです。しかも普段なら不正をしないような家も関わっていました。どう考えてもおかしなことです」
不正による爵位の授与はこの国では犯罪だ。いや、別の国でもそうだろうが、少なくとも不正に関わった貴族家には重い罰を受けることになる。そのため、どの貴族家でも余程の事がない限り、いくら恩人や領地及び国に貢献した者が出たとしても、そうそう爵位の授与を国に嘆願することは無いのだ。
「そのことについて、お父様には伝えたのですか?」
「昨晩、この情報を見つけた後すぐに伝えています。本当なら昨日の内にお姉さまにも伝えたかったのですが、お疲れだったようですので」
「そうなのね」
とりあえず、レフリア伯爵家の当主にこの話が伝わっているなら、これ以上レイシャが直接関わることは無いだろう。
それを理解したレイシャは深く息を吐き、体の力を抜いた。
「お姉さまは私が守りますから、待っていてくださいね! それでは!」
「……え? それはどういう事です……か。って、あの子は行動に移すのが昔から早いわね」
既にレイシャの部屋から出て行ってしまったエレーナの事を想いながらレイシャは仕方なさなそうに息を小さく吐いた。
「私の方が年は上なのですけど……、まあ、エレーナに何かあったら私が助けになれるようにしておかないといけないわね」
そうして、レイシャは朝の支度を終えて、朝食の場に移動していった。
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