婚約者が真実の愛を見つけたらしく婚約破棄された。……まさか、その相手って妹……え? だれ?

にがりの少なかった豆腐

第1話 

 

「レイシャ! この場で婚約を破棄させてもらう!」


 夜会の場でいきなり婚約者からそう言い渡されたレイシャの頭の中は、困惑で埋め尽くされていた。


 最近、婚約者であるシレスの対応が悪くなってきていたことも在り、もしかしたら家を経由して婚約を破棄されるかもしれないと、レイシャはそう思っていた。

 だが、まさかこのような場で婚約を破棄されるとはレイシャは一切想像していなかった。


 まあ、普通の感性をしていればしないのが当然だ。だからこそ、想定していないのは想定不足という訳ではない。


「シレス様。それは本気で言っているのでしょうか?」

「ああ! 本気だ! 俺は真実の愛を見つけたのだ!」


 真実の愛。恋愛物語に出てきそうな言葉。本来なら甘く魅惑的な言葉なのだろうが、このような場で、状況で言葉に出すとこうも薄っぺらく感じてしまう。

 レイシャはそう考えながら、周囲の状況を確認する。


 この場は夜会の会場であり、他の貴族の人たちが大勢集まっている。その場でこのようなことを言うということは、それが冗談だったとしても撤回は不可能だろう。


「わかりました。それでは私はこの場から出て行きましょう」

「ふん! ああ、さっさとこの場から去れ! 目障りだ!」


 一方的な理由で婚約破棄された立場とは言え、この場所に留まっているのは悪目立ちが過ぎる。

 レイシャはシレスの言葉に従ってさっさとこの場を離れることにした。


 レイシャが会場を出るまで夜会に参加し、あのやり取りを見ていた者たちは憐みや好奇の目を向けていた。




 会場から控室に戻るとすぐに、レイシャは部屋に置かれていたソファに腰を下ろした。


 レイシャとシレスの婚約は政略的な物だった。


(正直、悲しくない、ということはないわ。元より私とシレスの間に恋も愛もなかった。だから受け入れることは出来るのよ)


 しかし、レイシャには気になる事があった。実は最近、シレスとレイシャの妹であるエレーナの仲が良くなっていたのだ。前はそれほどかかわりのない2人だったが、気付けば友達以上に見える距離感で話すようになっていたのだ。


「ルルー」

「何でしょうか。お嬢様」

「会場の方へ行ってシレスの様子を窺って来てくれないかしら。おそらくあの場に真実の愛を見つけたと言った相手が居ると思うのよ。それを確認してきて欲しいの」

「……わかりました」


 その指示にレイシャの側仕えであるルルーは逡巡したものの、すぐに了承の言葉を出し、控室から出て行った。


 ルルーが一瞬言葉に詰まったのは、側仕えとは言えレイシャに関わる者が、1度でも退場した場に戻る、というのがあまり良くとられないからだ。まあ、この場合は別に会場の中にまで戻る訳ではないのだから、そうはならないだろうが。


 ルルーが出て行ったことを確認してから、レイシャは大きくため息を吐いた。


(シレスの相手は誰? まさかとは思うけどエレーナ? そうなれば確かに政略の意図は変わらないのよね)


 そんなことを考えながらレイシャはルルーが戻って来るのを待つ。


 レイシャとシレスの実家は隣接した領地をもっている。隣接している領地間での婚約は別におかしなことではないが、この婚約は他の領地へのけん制を目的としていた。

 その相手領地は、レイシャとシレスの実家の領地に隣接しており、そこを管理しているのは侯爵家であり、近年、その侯爵家がより力を持ち、周囲に在った子爵家領を吸収したことで、我が領地も吸収されるのではという危機感を持ち、両家の繋がりを強くするために婚約が決められたのだ。


「戻りました、お嬢様」

「ごくろうさま。どうだったかしら?」


 会場を確認しに行ったルルーが戻ってきたことで、うつむいたまま考えこんでいたレイシャが顔を上げ、そうルルーに聞いた。


(シレスの事はどうでもいいの。でも、相手がエレーナだったらと思うと……。今まで可愛がっていた妹に裏切られたとなれば、どうすればいいのかわからないわ)


 レイシャは内心聞きたくない、と思いながらもルルーの言葉を待つ。


「シレス様と一緒におられた方は私が存じない方でした」

「……え? そ、そうだったのね。確認ありがとう」

「いえ」


(シレスの相手がエレーナではなかったことは良かったのだけど、エレーナを疑ってしまうのは駄目な姉だわ。後で謝らないと。

 でも誰なのかしら? ルルーが知らないという事は、少なくとも側仕えが付いて行ける場では私でも会ったことがない、ということでしょうし)


 エレーナの事を真っ先に疑ってしまったレイシャは、罪悪感を覚えながらもシレスの相手の事を考える。

 レイシャは別にシレスに対して未練がある訳ではない。両家の関係を無視してまで真実の愛を見つけたと言える相手が誰なのか、何かしらの意図があるのかを知ろうとしているだけだ。


(これは、私自身が見ないと駄目かしらね?)


 先ほどレイシャがルルーに確認に行かせたのは、もしシレスの相手がエレーナだったら見たくない、そう思ったからだ。しかし、ルルーが知らない令嬢だと言う以上、妹ではないはずだ。ならば、レイシャが確認に行きたくないと思う理由は無い。


「ルルー。私も一回確認してきます」

「え? いえ、あの。お嬢様がする必要は無いと思います」


 ルルーの言葉に一瞬、レイシャの思考が止まる。


(え? なんでルルーが止め……まさか!?)


 ルルーは嘘をついていたかもしれない。そう思い、レイシャの顔色が一気に青ざめる。


「嘘を言った訳ではありません。私が確認したのに、お嬢様が確認する必要は無い。そういう意味です」


 レイシャの顔色が悪くなったことに気付いたルルーがすぐに理由を話した。


「そ、そうなの。それならよかった」


 ルルーの言葉を聞いてレイシャは胸をなでおろし、大きく息をついた。


「そうだとしても、ルルーが知らなくても私が知っているかもしれないから、やっぱり私が確認に行った方が良いでしょう?」

「……そうですか」

「なので行ってきますね。すぐ戻るので待っていて」

「了解しました。行ってらっしゃいませ」

「ええ」


 レイシャはそう言って控室から会場へ向かった。



 レイシャは会場の入り口に着くと、中から自分の事が見えないように注意しながら中を覗いた。


 夜会はまだ半ばというところだが、所々大きな集まりになっている。おそらく貴族間にある派閥に関係しているのだろう。ただ、今のレイシャにとっては関係のない派閥の事を気にするところではない。


(どの辺りに居るのかしら。さすがにさっき私に婚約破棄を言い渡した場所に居続けることはないわよね)


 シレスの家が属する派閥の場所を確認するも、そこにはシレスの姿はない。

 普通、夜会などの場で属していない派閥の所へ行く貴族はいないが、相手がわからないため、レイシャはいくつかの派閥の場所を確認した。しかし、そこにもシレスの姿はない。


(居ないわ。どういう事かしら?)


 もしかしたら、あの後すぐにこの会場から出て行ったのでは? レイシャはそう考えたが、ルルーが相手の令嬢は見たことがない、と言ったのだから、ルルーが確認した時にはまだシレスはこの会場に居たことになる。


(私が会場から出て控室に戻った後、ルルーが確認しに行って戻って来てからすぐにここへ来たのよね。その間、それほど時間は経っていないのはずだから、居ない方がおかしいのだけど)


 レイシャはそう考え、今度は派閥の集まり以外の場所に居る者たちを確認していった。


 会場の中でポツポツと、数人で談笑している者たちが居る。あのような者たちは別の派閥に属しており、派閥の集まりの中では会話が難しい場合に個々で集まる。


(あっ、居たわ!)


 レイシャはその中で、2人組の男女の姿を確認した。片方の令息はシレスだった。なら、隣に居る令嬢はその相手である可能性が高い。


 シレスの姿を確認することが出来たレイシャは、その隣に居る令嬢をじっくりと観察する。


(あの相手は……いや、だれ?)


 結局、レイシャもシレスの相手が誰なのかはわからず、レイシャはその場を離れ、控室に戻った。

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