第19話
闇使いの鬼との戦いから数日が経過。百鬼達は束の間の平穏な日々を送っていた。
鬼の討伐以降、殺人事件は影を潜めたが、世間では連続殺人鬼工藤の逃走事件を連日報道している。
工藤はすでに消滅しているが、世間では未だに生存している物として扱われている。
清姫の術により、工藤消滅の記憶を消去された刑事達は、相変わらず犯人確保に躍起になっている。気の毒だが、今はそうするしかないのだ。
今朝もいつもと変わらない中学校生活が始まった。鬼に警戒しつつも、義務教育をしっかりとこなす。
教室ではいつも通り、授業前のわずかな間にクラスメイト達が思い思いの時を過ごす。
百鬼は友達とワイワイと過ごすでもなく、一人机に向かい読書にふける。紅葉は女子友達とガールズトーク。清姫は相変わらず机に突っ伏し睡眠。
しかし、いつもと違う光景が広ろがっていたのは斉藤の机だった。周りには、赤松、進藤、千藤のいじめっ子三人衆の姿がある。
とまあ、そこまではいつもの光景だが、何やら斉藤と赤松が強い口調で言い合っているのだ。
「おい斉藤、もっかい言ってみろよ」
「あぁ、何回でも言ってやるよ。宿題なら自分達でやってきてくれ。もう見せる気はないよ」
「てめえ調子こいてんじゃねぇぞ、この野郎。グズの斉藤のクセしてよぉ!!」
「グズ? あぁ、確かに今まではそうだったかもしれないね。でもこれからは違うよ。だから、クズの君達の言いなりには、ならない」
「なんだとこらぁ!! ぶっ殺すぞ!!」
赤松が勢いよく斉藤の襟を掴みあげた。あまりにも異様な空気に、クラスメイト達が一斉に注目をする。
「やだ、赤松また斉藤君いじめてる」
睨み合う斉藤と赤松。それを見ていた紅葉が慌てて駆け寄る。
「ちょ、やめなよ! 赤松離してよ!」
「うるせぇ!! 四条引っ込んでろ!!」
赤松は顔を紅潮させながら、襟を掴む右手にますます力を加える。それを嘲笑うかのような斉藤の表情が、更に怒りに拍車をかける。
「だからやめなって!!」
紅葉が強引に赤松の手を振り払うと、斉藤は無表情のまま、よれた襟を直した。
「くっ……てめえ、余計なマネを」
斉藤は屈辱にまみれていた。普段なら何でもホイホイと言う事を聞く、犬のような斉藤に噛みつかれた。しまいには女子に制止される始末だ。
「お前、放課後に屋上に来いや」
赤松が怒りに満ちた表情で捨て台詞を吐くように言った。
「何で? 何か良い事でもあんの?」
斉藤がすました顔で言うと、赤松は奥歯をギリギリと噛み締めた。
「いいから来るんだよ!!」
そう言って赤松は自分の机に戻って行った。取り巻きの進藤と千藤も小走りで戻っていく。
「斉藤くん、す、凄いじゃん! あの赤松に言い返すなんて! 私なんだかスッキリしちゃったよ!」
紅葉が感動のあまり声を弾ませると、斉藤は無表情で、はぁとため息を吐いた。
「あのさ、余計な事しないでくれるかな? これは僕自身の問題だから」
冷たい口調で言い放った。
紅葉は斉藤から出た意外な言葉に、一瞬戸惑いを見せながら「ご、ごめん」と小さな声で呟いた。
少し落ち込んだ表情の紅葉の元へ、百鬼が駆け寄る。
「大丈夫? 斉藤くんがそう言ってるなら、もうその辺でいいと思うよ」
百鬼の言葉に紅葉は小さく頷き、重そうな足取りで机へ戻った。
「おーい、何か騒がしかったぞー。席つけー」
呑気な声を出しながら、担任の池内が教室に入って来ると、生徒達が慌てて席へと着いた。
机に突っ伏していた清姫もムクッと起き上がる。くしゃっと長い髪を掻き上げると、視線は斉藤に向けられていた。
その後、赤松達は斉藤の机には寄り付かず、朝のようないざこざは発生しなかった。
しかし、赤松は事あるごとに斉藤に厳しい目線を浴びせ続けていた。
斉藤はそれを知ってか知らずか、淡々とした表情で過ごしていった。
授業も終わり百鬼は帰りの支度を始めていた。部活動に行く生徒達はそれぞれの場所へ向かうが、百鬼は家庭科部を退部していた。
理由はあまり活動がないのと、帰宅途中にパトロールを行う為だ。
実は闇使いとの戦闘後、皆と話し合って繁華街の巡回を行う事にしている。
鬼は神出鬼没であり、ゲームセンターが鬼のターゲットになっていた事案も考慮して交代制で実施しているのだ。
それでも個々の生活事情もある為、午後六時までが限界だ。あまり長い時間うろつくと補導される可能性もあるし、家族も心配する。あくまでも無理のない範囲でだ。
百鬼と清姫は毎日行っている。二人とも帰宅部という共通点はあるが、百鬼は両親を亡くし、紅葉の家に居候。紅葉も部活動がある日は帰りが遅いので、家に居ても退屈だ。だが、最大の理由は、闇使い戦でも披露した通り、ズバ抜けた戦闘力を有してる為だ。今後鬼とって脅威になる事は間違いない。
清姫は鬼導教鬼術士の娘という立場もあるが、精神感応の能力が重宝されている。鬼に遭遇すれば皆に思念伝達を飛ばし、共有できる。応援体制も整えられるので、非常に有効だ。
今日は百鬼、清姫、羅刹の三人で巡回を行う予定になっており、正門で学年の違う羅刹と合流する事になっていた。
百鬼と清姫が身支度を済ませ、教室を出た時だ。
「おーい! 赤松と斉藤が屋上で揉めてるぞー!」
廊下に男子生徒の声が響き渡った。他の生徒もざわざわと騒ぎだし、野次馬根性丸出しで、次々と屋上へ向かっていった。
「どうする?」
清姫が問うと、百鬼はコクンと頷いた。嫌な予感がしたからだ。
屋上へ着くと、十~二十人くらいの野次馬がすでに到着していた。
皆の視線の先にはフェンス越しで斉藤と赤松が、対面で何やら言い合っている。
「飛び降りろよ!! 飛び降りたら今までの事もチャラにして、今後一切お前に干渉しない!」
赤松のとんでもない言葉が屋上に轟いた。
「飛び降りろって……馬鹿じゃないからしら赤松君」
清姫は信じられないといった表情を作った。群衆の中からは、やれやれ!という声とやめてー!という声が入り交じる。
百鬼はビビる事もなく、一貫して冷静な表情を続ける斉藤に、妙な違和感を抱いた。
――斉藤君、急に人が変わったように強気なんだけど、これは一体……
赤松はどんなに強気になった斉藤でも、絶対に飛び降りないという確信を持っていた。
以前、斉藤は一度だけ赤松に歯向かった事がある。その時も同じように屋上へ連れていき、飛び降りたら今後一切いじめないという、滅茶苦茶な要求を出した。
結局、斉藤は失禁しながら大泣きをして許しを被った。
その時の記憶から、斉藤は最終的には飛び降りず、大泣きして謝罪するだろうと、高を括っていた。
「飛び降りるなんて、めんどくさいなぁ」
斉藤が意外な言葉を口にする。「怖い」ではなく「めんどくさい」である。飛び降りる事に関して、恐怖感を一切抱いてない。
意外な言葉にわずかな動揺を見せた赤松だが、どうせハッタリだろうと自分に言い聞かせた。
――斉藤!お前はどんなに意気がってもグズはグズなんだよ!!さぁ、いつものように頭を垂れて、俺に土下座して謝罪しろ!!
「ど、どうした? 早く飛び降りろよ! それともまだまだ俺の言う事を聞き続けるか?」
その言葉に斉藤の目が変わった。怒りに満ちた鋭い目線で赤松を睨みつける。
「……それは嫌だね。なら、飛び降りて終わりにしてやろう」
斉藤はそう告げると、高さ二メートル程のフェンスに足をかけ、ゆっくりとよじ登り始めた。
「え?」
予想外の展開に赤松が目を大きく見開いた。
「まさか! 斉藤の奴やるのか!?」
群衆から動揺の声が漏れ出す。
「おいおい、あいつ何してんだよ?」
「あの子、おかしくなった?」
騒ぎを聞き付けて、修羅と羅刹も屋上へ駆けつけていた。その向こうには紅葉の姿もあった。部活動の途中で抜け出したであろう、体育着のままだった。
斉藤は躊躇する事なく、フェンスをほいほいと軽快な動きでよじ登り、ついにてっぺんに辿り着いた。
「馬鹿な事は辞めて!!」
驚愕を露にした紅葉の声が響く。
斉藤はフェンスをまたがり、柵の外側に飛び降り、わずかな幅しかない床に着地した。
「きゃー!!」
女子の悲鳴が上がり、周りに極度の緊張が走る。
「戻れ! 戻れ!」
駆け付けた教員達がフェンス越しに焦りの声を上げるが、斉藤はそれには意を介さず澱んだ目で、地上を見下ろした。
「五階って、案外高いんだね」
斉藤はスリルを楽しんでいるのか、微笑みながらつぶやいた。
「斉藤君……本当に変よね。ヤケクソなのか、それとも落下しても大丈夫っていう絶対的な自信があるのか」
清姫が唇に指をあてがい、疑問を口にした。
「斉藤君……もしかして、鬼人?」
「え?」
百鬼の言葉に清姫が反応する。
その瞬間だった。
斉藤が水泳の飛び込み台から水中へ落下するようなポーズで、勢いよく飛び降りた。
「うわぁぁぁぁ!!」
「あいつ、本当にやりやがった!!」
「キャー!!」
絶望の声が屋上全体に鳴り響いた。
斉藤はグラウンド隅に置かれた花壇の上に落下し、その衝撃で身体がダミー人形のように力なく宙を跳ね上がり、地面に叩きつけられると、うつ伏せの状態になった。
屋上は時が止まったように一瞬の静寂に包まれた。
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