第18話

※本文には性的表現が含まれています


その日、斉藤琢磨は気分が激しく高揚していた。

洗面台の鏡に映る自分の顔を見つめる度、何度も笑みが溢れた。

こんな気持ちになるのは初めてで、興奮は収まりそうにない。

たまらず斉藤は下着に右手を突っ込み、自慰行為を始めた。

今でもあの場面を思い出すと、身体中の毛穴から精子が吹き出すんじゃないかと思う程、体験した事のない快感の絶頂に溺れそうになる。


斉藤はこの一時間前、下校途中の緑道で、まだ幼い小学生の女の子にわいせつ行為を働いた。

道を尋ねるふりをして繁みの中に誘い込み、所持していたサバイバルナイフを突き立て、下着を脱ぐように強要した。

女の子は震え、目に涙を浮かべながらスカートを脱ぎ、下着に手をかけた所で斉藤は、自らの右手で下着を脱がした。

女の陰部を生で見るのは初めてだった。母親の陰毛の生えた下半身なら、幼少の頃、風呂場で何度も見た事はあるが、他人の女は初めてだ。

初めての景色を前に、斉藤は感動を覚えた。それは金銀財宝が詰まった宝箱が口を開いて待ってくれているような胸の高鳴りを感じ、勢いよくそれに顔を埋めた。

陰部をぎこちない舌の動きで優しく愛撫すると、女の子は「あ……」と恥じらいの満ちた声を漏らした。

それを聞くとますます色めき立ち、激しく舌を出し入れすると、女の子のトレーナーを荒っぽくめくりあげた。

まだ未熟な乳房が露になると、それに食らいつき、乳首をチュパチュパと卑猥な音を立てながら、舐めまわす。

やがて斉藤はオーガズムに達した。もう死んでも構わないと思う程の感情が、一気に身体を貫いた。

陵辱にまみれた女の子は、ヒクヒクと小さな嗚咽を漏らしていた。それを見た斉藤は冷静さを取り戻し、下着を履かせ、めくりあげたトレーナーを下におろしてあげた。

目的が達成できたら、次はケアだ。

斉藤は財布から、五千円分のクオカードを二枚取り出し、女の子に渡した。

「今日はごめんね。これで内緒にしといて」

怯える女の子の頭を優しく撫で上げ、斉藤は何食わぬ顔で繁みから出ていった。


斉藤は幼少の頃から引っ込み思案で口数も少なく、常にいじめの的になっていた。最初こそは泣いてばかりいたが、相手が喜ぶ事をしてあげると、大抵はその場をしのぐ事ができると学び始めた。

喜ぶ事とは、金だ。

金を渡せば瞬時に優しくなる。いつしかいじめに対抗できる武器として、常に財布には万札を忍ばせていた。

やがて金さえあれば何事もうまくいくと認識していった。金さえあれば、相手は黙る。相手は喜ぶ。

だから、女の子も今日の事を許してくれるだろう。だって金さえあれば全て解決できるのだから。それは斉藤にとって、揺るぎない信念になっていた。

しかし、今後それも必要がなくなると妙な確信も持っていた。

何故、引っ込み思案で大人しい斉藤が、ここまで大胆な犯行に及ぶ事が出来たのか。

それはあの男に会ってからだ。

男た出会ったのは三日前の土曜日。普段は外出せず、家で勉強かゲームぐらいしかしないのだが、その日は珍しく外へ出た。

不知火駅前のオーガロードは不知火市最大の歓楽街だ。休日ともなれば市外からも人が訪れ、大いに賑わいを増す。

斉藤の目的は新作のテレビゲームソフトだ。商店街には大型電気量販店も充実していて、大体の外出目的がゲームソフトを買う為だ。それ以外には興味を持たない。

さすがに連休の初日という事もあって、商店街は人ごみで溢れかえっていた。斉藤は人の群れを縫うように歩を進める。

やがて電器店に着き、目的を果たし外へ出た直後だった。

「おやぁ、斉藤くん。ここで何してるのかなぁ?」

同じクラスの赤松と進藤だ。普段から斉藤をいじめのターゲットにし、金までたかっている。

「あ、いや、その、ゲームソフトを買いに……」

いまにも消えそうな声で答える。すると、赤松は斉藤の持つゲームソフトが入った袋を強引に取り上げた。

「お! ラストファンタジーの新作じゃねぇか!欲しかったんだよ、ありがとう!」

袋の中身を確認すると、赤松が歓喜の声をあげた。

「あぁ、それは……」

「何? 俺へのプレゼントだろ? そうだよな? なぁ!!」

赤松が斉藤に脅迫じみた口調で詰め寄る。やがて斉藤はそれに屈し、諦めの表情を見せた。

「そうか、そうか! やっぱり俺へのプレゼントか! 日頃からお世話になってるもんなぁ! よしよし、気が利く奴だ!」

赤松はそう言って、進藤と共にその場から去っていった。

斉藤は、はぁと力なくため息を吐いた。

――何が日頃からお世話になってるだ!!僕を散々いじめ、金まで巻き上げてるクセして!!ムカつく! ムカつく!ムカつく!ぶっ殺したい!

新作のゲームソフトのプレイを楽しみにしていた斉藤は、心の中で怒りの感情をぶちまける。

いつもそうだ。直接言葉に出来ない。常に心の中は感情の掃き溜めだ。

――僕は強くなりたい。

斉藤は切に願った。いじめを金や物で解決する人生なんて虚しい。力が欲しい。支配される側から支配する側へ――

斉藤は密かに権力に憧れていた。力で相手を黙らせ、服従させられれば、どんな景色が待っているのだろうか。

例え、それがどんなに歪んだ欲望だとしても……。


電器店を後にして、気落ちしながらしばらくオーガロードを歩いていると背後から「もしもし」という声が聞こえた。

最初は自分に向けられているとは思わず、やり過ごそうとしたが背中をトンと軽く叩かれ、それが自分に向けられているものだと認識した。

背後を振り返ると、黒色の法衣のような服を纏い、下駄を履き、五分刈りで、両目を閉じた、明らかに僧侶ですと主張するような若い男が立っていた。

「はい?」

厄介なのに捕まってしまったと嫌悪感を露にする。怪しい宗教の勧誘だろうか。

「失礼ですが、あなたとても大きな邪念が身体中から漏れだしていますね」

初対面の者に対していきなり何を言ってるんだこいつはと、ますます嫌悪感が強くなる。

「はぁ……すいません、急いでるので……」

とにかく怪しすぎるので相手にするのはよそうと、斉藤は踵を返し早足を始める。

「あなた、変わりたくありませんか? 今の自分の状況から脱出したいとは、思いませんか?」

その言葉にピタリと斉藤の足が止まる。あまりにもタイムリーな話なので嫌でも反応してしまう。

一瞬、間が空き斉藤は再び男の方へ姿勢を向けた。

「か……変わりたいです」

妙だ。何故か素直な気持ちが口に出てしまった。この男のペースに付いていってしまった。

「あなたは多くの欲望を心の中に閉じ込めすぎています。欲望、願望を直ちに解放しないと心の闇にあなた自身が喰われてしまいます。素直になりなさい。欲望のまま生きなさい。鬼の血を引くあなたなら出来る」

男の言葉の一つ一つが精神の奥深くにガンガンと突き刺さっていくようなに響き渡り、暗闇に吸い込まれていくような感覚に陥った。

その感覚の中で、鬼の血を引くという初めて聞いた言葉も、自然と受け入れてしまう。

自分は鬼なんだと、何の疑問も抱かず、いとも簡単に肯定を始めてしまう。

次第に瞼が重くなり、今にも睡眠に陥りそうなフワフワした気持ちになる。

「今すぐ自分は変えられます。さぁ、このネックレスを差し上げます。特別な念を込めてあります。あなたに勇気と力を与えてくれましょう! もちろん、お代はいただきません。新しいあなたに出会えますよ」

意識が混沌としながらも、男の言葉だけは鮮明に入り込む。

「さあ受け取りなさい! さあ! さあ!」

男の差し出したネックレスに、手が無意識に伸びてしまう。

ネックレスを掴み取ると、我に返ったのか目の前に元の景色がパーッと広がっていく。

気が付けば男の姿はなかった。商店街は相変わらず人の群れが流れている。

夢でも見ていたのだろうか。一瞬思ったが、右手にはネックレスがしっかりと握られていた。黒でチェーン状の一般的な物だ。

これを身に付ければ御利益があるというのか。まぁ、お金も取られなかったし損する事もないかと、斉藤はネックレスを首に巻いた。

しかし、鬼の血を引くという事はどういう事なのか。あの時は無意識のままにその言葉を受け入れてしまったが、そこだけはやはり引っかかる。

鬼って、あのツノの生えたアレか?

疑問を抱きながらも、斉藤は人混みに入っていった。


帰宅の途についた斉藤は、緑道の途中にある公園の前を通りがかると、一匹の猫が視界に飛び込んできた。

急に斉藤の胸が高鳴る。

――殺してみたい

普段は虫一匹も殺さない、いや生物全般に興味を持たない斉藤が、猫の姿を見ると、急激に猫を殺したいという衝動が全身を駆け巡った。

――何故だろう、生き物を殺す事に興味が沸いてくる。

斉藤は溢れ出る欲望に溺れそうな気持ちになった。

――今なら、今なら出来る!

斉藤がしゃがんだ状態で右手を伸ばすと、猫は人懐っこく駆け寄ってきた。優しく背中を撫でてあげると、呑気に毛繕いを始める。

猫の首には赤色の首輪が巻かれている。飼い猫だろうか。

斉藤は辺りを見渡した。今なら人の気配はないようだ。

公園にはトイレがある。その裏に回れば死角に入る。

斉藤は猫を抱えあげ、トイレの裏手に回った。相変わらず猫は警戒せず、身体を完全に預けている。

猫を下ろすと、カバンの中身を漁った。

斉藤が手に握ったのはサバイバルナイフだ。護身用としてではなく、興味本位で所持している。人様に見せた事も、もちろん使用した事もない。

握った右手に力が入る。

――さあ殺れ。殺るんだ。新しい自分への第一歩にしろ。

頭の中で囁く声が聞こえる。それが勇気に変わる。

猫の後頭部にはナイフが突き刺さり、切れ目から血が溢れ出る。そして更にえぐりを入れると、脳みそが露になった。

その瞬間、斉藤の身体に何とも言えない爽快感が走った。

――やれば出来るじゃないか!おめでとう!これから君は何でも出来る!

全身から感動が沸き上がる。

気が付けば、斉藤の陰茎は勃起していた。

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