第17話

「骨が置いてあるけど、それも持って帰れないのかな? 恐らく鬼に食べられた人達のだと思うけど、このまんまじゃかわいそうだし、家族も悲しむし、せめて骨だけは持ち帰って家族の元へ帰したい」

 行方不明になった桐山静の遺骨も含まれてる可能も高い。

「誰の骨かわかんねぇのにか?」

 修羅が髪の毛をくしゃくしゃと掻きあげて言った。

「DNA鑑定すれば身元は割れるが」

 古木の言葉に百鬼が表情を緩めるが、古木は険しい顔で続けて言った。

「しかし、その人骨の出所はどう説明する? 鬼に喰われた骨を結界から持ち込んだと説明できるか? 怪異などに否定的な警察が信用すると思うか? まずそこで無理がある。適当な場所を設定して、どこそこに遺棄してあったと虚偽の報告でもするか? それは罪にあたる。 俺たちはその時点で犯罪者だ」

 古木の淡々とした説明に、百鬼は次第に表情を曇らせた。

「お嬢ちゃん、悪いが俺たちにも家族がいる。俺はお嬢ちゃんぐらいの年頃の女の子の父親だ。職を失ったら家族はどうなるんだい?」

 斉木も追い打ちをかける。

 甘かった。良かれと思った事が、逆に大勢の人間達を困惑させる。妖怪や悪魔などが作り話とされてる現代社会では、この問題は障害が多すぎる。

 百鬼は俯いたまま唇を噛んだ。

「鬼はすでにいない。もう立証できない。残念だけどこの事件は未解決のまま終わらせる事しかできない。俺たちに出来る事は、あの遺骨に手を合わせてあげる事ぐらいなんじゃないかな」

 まさにぐうの音も出ない。

「伊吹さん、残念だけど刑事さん達の言うとおりかもしれない。被害者一人一人に寄り添ってあげられる程、余裕なんてない。私達は鬼を討つのみ。それだけこの戦いは無慈悲で残酷なのよ。想像以上にね……」

 清姫が顔を曇らせ俯く百鬼の肩を優しく叩いた。

 そして、全員が骨の溜まり場の前に立ち、一斉に合掌をした。

「じゃあ、改めて四条さんお願いします」

 この広域結界を崩さなければ、元の世界には戻れない。清姫が紅葉に大きな期待を込める。

 そして、この場にいる全員から期待の眼差しが送られる。全ては結界系鬼術を使用できる紅葉の腕に託された。

 痛いほど突き刺さる期待を背にした紅葉は、相変わらず不安げな顔で、ぎこちない動きで掌を天にかざした。

「もみっち、ファイト!」

 羅刹が小声で余計な声援を入れると、紅葉は明らかに嫌そうな顔に変わる。

 気を取り直し、瞼を閉じてフーーーーーッと大きく息を吐き出す。

「この一体を包む大きな闇よ! 速やかに消滅し、我々を光の世界へと解き放つのじゃー!!!!」

 紅葉は声を張り上げ、それらしい詠唱を行った。語尾の「じゃー」は魔法使いのお婆さんを思い浮かべて言ったのかは謎である。

 数秒の間はあったが、上空に広がる闇に徐々に光が差し始め、空間は一気に明々と照り映えた。

「うわー、すげえ! 魔法って適当に唱えても効果あるんだな」

 修羅がまばゆい光に照らせれながら、無意識に紅葉を茶化す。

 空間に明るさが満ちあふれると、そこに映し出された景色は、ゲームセンターの店内だった。

 全員が安堵の表情を見せ、大役を買った紅葉も顔を緩ませ、ほっと胸を撫で下ろした。

「紅葉! お疲れ様!」

 百鬼が笑みを見せた。それは天使のように眩しく、今まで憂鬱続きだったのが嘘だったと思える程の喜色満面の笑みだった。これは恥をしのんでやった甲斐があったと思える程、紅葉にとっては嬉しかった。

「さすがは鬼女紅葉の子孫ね。鬼術も様になってたわよ」

「いや、鬼女はちょっと……」

 清姫が最大限の賛辞を送ったつもりで言った「鬼女」というフレーズは、紅葉にとっては少しひっかかるらしい。

「あぁ、助かったぁ。まさに地獄からの生還だな」

 武井は緊張の糸が切れたのか、思わずその場に座り込んだ。

「さて……これから大変だぞ」

 古木は破壊されたトイレの壁を見つめると、安堵の顔から険しい顔に切り替え呟いた。

「あれ? 時計見てみろよ! 壊れてんのかな? 五分しか経ってねえぞ」

 修羅が店内の壁掛け時計に視線を移すと、闇の結界に落とされた時間から、たった五分しか経過してないのに気がついた。

「本当だ。私の腕時計も同じ時間だから、あってるんじゃね?」

 羅刹は言うと、左腕に巻かれた腕時計の時刻を皆に見せる。

「不思議ね。闇結界で流れる時間はそんなにゆっくりだなんて……」

 言うと清姫は何か思い付いたのか、慌てて古木達の元へと駆け寄った。

「店内の異変に気づいて誰か通報した様子は、今のところないようね……」

 そう言うと清姫は術を展開させたのか、目を発光させる。

 すると古木ら刑事三人、店内に取り残された店員と学生の三人は時が止まったかのように身体が硬直した。

「清姫ちゃん、何したの?」

 百鬼が異変に気づき、清姫の元へ歩み寄った。

「記憶を少しだけ消去したのよ。これでこの人達は、鬼とも遭遇してないし、闇結界の出来事も知らない。そして、私達が戦った姿も知らない。知られると後で厄介なのよ。私達は何者なのかとか、何故刀を不法に所持してるのかとか、鬼がいたとか……。相手は警察だから後で尋問されるし、学生たちはSNSで今日の出来事を拡散する恐れがある。まだ被害が拡大してないから、極力、鬼は秘密裏に処理したいの。今は、ね」

 あくまでも自己防衛の為だと言う事を清姫が説明した。なるほど、これは正論すぎると百鬼は大きく納得をした。

 清姫の目から光が消えると、古木達はテレビのリモコンの再生ボタンを押されたかのように、我に返った。

 やや間があった後、古木達三人はいつの間にか壊れたトイレに驚愕し、店員はそれには目もくれずカウンターへと戻っていく。学生二人は、弾痕が入りクモの巣状に割れているゲームのモニターを見て、無言で立ち尽くした。

「ちょっとかわいそうだけど、仕方ないわね」

 そう言って清姫が涼しげな顔を見せると、慌てふためく刑事たちの姿を修羅が笑いを堪えながら眺めた。

 そして百鬼達はそれをよそ目に、そそくさとゲームセンターを後にした。



 ***

 上空には闇夜が広がり、まだ四月下旬という事もあって、肌寒い風が吹いていた。

「第一ビル」という古びた六階建ての商業ビルの屋上に男が一人、胡座をかいている。

 屋上からは夜景が一望でき、目映い程の街の灯りが広がっていた。

 男はそれを眺める様子もなく、スマートフォンの画面に視線を落として微笑を浮かべていた。

 下界の灯りに映し出された姿は、ウルフカットにアッシュグレーというヘアスタイル、ダークスーツを着こなし、シャツの袖口にはカフスボタンが光っている。

 その風貌は一見、ホストかモデルのようだ。

「生体反応が消えた……。ちょっと想定外ですねぇ」

 男はそう言うと煙草を取り出し、ゴールドのジッポライターで火を点け、フゥーとゆっくりと煙を燻らせた。

「禍津さまぁ、闇使い君死んじゃったよ?」

 後ろから高い声が聞こえ、そちらに視線を移すと、女が一人ニコニコと笑みを浮かべて立っていた。

「火宅、いたんですか」

 女は軍服風の膝丈まである黒のワンピース姿で、茶色の帯革にシルバーチェーンを巻き付け、頭には軍帽、右手には日本刀。いわゆるゴスロリファッションだ。金色のロングヘアーで、顔に少しあどけなさがある。

「いたんですか?って知ってたクセに」

 女は男の耳元に唇を近づけ、囁くように言った。

 男は目を閉じて、少し鬱陶しそうにフッと鼻で笑う。

「あー、禍津様相変わらず意地悪ぅ~」

 女は少し頬を膨らませ、男の横に腰をおろした。

「闇使いは少々おいたが過ぎましたね。十二人も殺しましたか。これじゃぁ鬼人も食い荒らしてしまう」

「んー、彼も中級の鬼で結構な術師だったんだけどぉ、食べる事しか考えてない単細胞ちゃんだったねぇ」

「問題は彼を殺した物がいる、という事実。何者なのか……。現代に鬼殺しのような相当腕が立つ人間がいるとは、思えないんですよね」

 男は穏やかな表情で話したが、明らかに動揺が入り混じっていた。

「そんでどーすんのさ? そいつら探し出して、殺しちゃう?」

 女は鞘から刀を抜き、刃先に映る自分の顔を見つめた。

「いや、もう少し様子を見ましょう。もしかしたら面白い物が見れるかもしれませんし」

「禍津様、余裕だねぇ。ま、あなたがそう言うなら、いいわ」

 女は少し甘ったるい声を出し、男の肩に寄りかかった。

 男は相変わらずそれを見向きもせずに、正面を向いたままだった。


 男の名は禍津。鬼の中でもトップレベルを誇る暗殺鬼術師集団「暗黒鬼面衆」の首領であり、明治時代に鬼人を覚醒させて大量虐殺事件を起こした首謀者だ。

 一方、女の名は火宅。暗黒鬼面衆の術師の一人。

 彼らは明治の事件以降、日本を揺るがす脅威として政府にマークされる。

 政府は一部軍隊を投入し、殲滅を試みるが返り討ちにあい、軍に大打撃を与えた。

 追い詰められた政府だが、妖怪退治を専門にする、とある呪術一族に以来し、見事討伐に成功する。

 この出来事は政府に非公認として扱われ、記述も残されていない。それは鬼の存在を国民の多くに知れ渡れば、大きな混乱を招く恐れがあった為だ。

 江戸時代初期まで鬼は人間に恐れられる存在として、幅広く認識されていた。が、弱い鬼は力を付けた人間に次々と殺され数が激減し、やがて表舞台から姿を消していき、人々の記憶から風化されていった。

 故に、この現代まで鬼は空想上の生き物としてサブカルチャー的な扱いをされてきたのだ。

 しかし暗黒鬼面衆が再びこの世に解き放たれてしまった。

 鬼人の覚醒というパンドラの箱を抱え、人間を破滅に追いやる残虐非道の鬼達はゆっくりと動き出したのである。

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