第14話
鬼による被害は徐々に拡大していった。犠牲となったのは現在十二人。全て不知火市の住民である。
特別手配をかけ捜査網を強化しているのにもかかわらず、それを嘲笑うかのように犯行は行われていった。
当然警察への批判は猛烈だった。マスコミ各社は連日のように、批判的な報道を流し警察の信用は失墜寸前であった。
古木率いる特別捜査チームは、未だに足取りを掴めずにいた。
防犯カメラを増設したが、 工藤らしき人物を捉えられず、捜査は難航を極めた。
公共交通機関の警戒は、主に各道府県の応援要員三百人があたっているが、こちらも苦戦を強いられている。
学校などの教育機関も通学路の警戒警備の強化、施設の巡回などピリピリムードが漂っていた。
一方、百鬼は通学を再開させていた。
担任や生徒からの同情の眼差しが激しく、息詰まる感じがとても嫌だったが、日に日にそれもなくなっていった。
黄泉と現世の狭間から帰還した後、数珠への鬼反応は全くなかった。これは壊れてるのかと、修羅が散々文句を言っていたが、百鬼は来るべき日に備え、気を引き締めて過ごしていた。
そんな中、隣のクラスの桐山静が昨日から行方不明になっていた。
それに加えて、別の学校に通う二人の中高生が、連日立て続けに消息を絶つという事実も判明した。捜索願も出され、警察が動き出したがやはり特別手配中の工藤との関連性が有力視されていた。
百鬼達五人は放課後、鬼と桐山静、二人の未成年の捜索を独自で開始した。
桐山静と二人には共通点があった。それはゲームセンターに立ち寄った後、消息を絶っているという点である。
確かに桐山静はゲーム好きで、少し内気な子であった。小学校の頃も下校後ふらっとゲーセンに寄って、リズムゲームなどの音ゲーを黙々とこなしてるという噂は何度も聞いた事がある。夕方以降も入り浸っていた為、度々教育指導を受けていた。
ゲームセンターは、南地区でも六店舗ある。鬼が獲物を物色する為に潜んでた可能性も高い。
すでに警察の聴き込みも入っているだろうが、警察が捜索中に鬼と出くわしたら間違いなく皆殺しにされる。
それはとてつもなくパニックに陥る為、先回りして鬼を退治する他ないのだ。こちらには数珠があるので、それを頼りにするしかない。
捜索は二組に別れて行う事になった。
百鬼、紅葉、羅刹チーム。
修羅、清姫チーム。
やはり修羅と羅刹は別々にしておいた方が無難だ。
ゲームセンターに通う未成年達を狙っているなら、必ず尻尾を出すはずだ。五人は駅前繁華街のパトロール及びゲームセンターへの入念な捜索を開始した。
百鬼チーム、修羅チームは二手に別れ不知火駅前に広がる繁華街へと入った。
午後四時の繁華街は、帰宅途中の学生、買い物に訪れた人間などがメインだ。居酒屋、風俗等も軒連ねているので、午後六時を回れば、会社帰りのサラリーマンなどが押し寄せる。
百鬼チームはしばらく繁華街を徘徊した後、風俗街入口付近にある「ゲーム王国」を捜査する事にした。 「ゲーム王国」は音ゲーに力を入れているのか、太鼓やダンスなどのゲームが十台も設置してある。桐山静好みの場所である。
とりあえず、しばらく鬼の反応を待つことにした。多少ゲームをプレイしないとかえって怪しまれる為、適当にプレイする事にした。
ゲームセンターなど数える程しか行った事のない百鬼と紅葉は、何のゲームをプレイしたら良いのかわからず、戸惑いながら店内をうろついていた。
逆に羅刹は行き慣れてるのか、千円札を両替機で百円玉に交換すると、迷わずスロットゲームコーナーに移動した。
「た、高野先輩早いですね」
紅葉が少々呆れ顔をしながら、スロットゲームコーナー横のクレーンゲームコーナーに移動した。
「うーん特にめぼしい物がないわね……」
紅葉が百円玉を握りしめながら、ゲーム台の前を右往左往していると、百鬼が近寄り、耳元で囁いた。
「警察官いるよ」
紅葉が百鬼の視線の先を追うと、紺色のジャケットを羽織ったガタイが良く、精悍な顔つきの男性と白のブラウスを着た女性が、店内を見渡せる奥のカウンター脇に立っていた。
やはり、ゲームセンター内を警戒する為の捜査員が配置されている。
問題点は、あまり長時間居続けると、帰宅を促され、最悪補導対象になってしまう。
現在の時刻は午後四時二十分。六時くらいが限界か。
百鬼は適当に百円で三回プレイ出来るお菓子のクレーンゲームを選んだ。
いざ、やってみるとサクサクとお菓子を拾い上げ、携行していた小さめのエコバッグが、景品のお菓子でパンパンに膨れあがってしまった。
「紅葉もこれやれば? 百円で三回も出来るし、一つも取れないってまずないでしょ」
「そうだね。 これ毎日やってると……うちら破産しちゃうね」
紅葉は深くため息を吐き、百円玉を投入した。このまま何も起こらないと、明日からもゲームセンター通い。さすがにこれは不効率な気がしないでもなかった。
修羅と紅葉もパチンコ通りと呼ばれてるパチンコやスロットの店がずらりと並ぶ通りにあるゲームセンター「ケムコアミューズメントパーク」に入店した。
入るや否や修羅は、新台のシューティングゲームの椅子に腰を降ろし、お金を投入する。修羅もやはり行き慣れてるのか。
清姫は台を物色する様子もなく、自動販売機横のベンチに腰をかけた。全く興味がないといった顔でスマホの画面に視線を落とした。
修羅は、レバーを巧みに操作し、ボタンを連打するといった一連の流れを黙々と実施した。
が、ゲームオーバーが気に食わないのか、すでに五百円も投入し再度チャレンジを繰り返している。
さすがの清姫も呆れたのか「お金なくなっちゃうわよ」と助言をするも、聞く耳を持たずといった感じにゲームに没頭していった。
スロットゲームのコインのジャラジャラとした音や、ゲームの爆発音に嫌気がさしてきた清姫は、逃げるようにしてトイレへと向かった。
普段から「静」を好む清姫にとっては、雑音以外何物でもない。トイレは外の雑音を遮断してくれる為、つかの間の安息タイムだ。
尿意を模様した訳ではないが、とりあえず個室へと籠り、スマホをいじってみる。誰か入ってきたら出ようと決めていた。
しかし何故か妙に落ち着かないので、ものの三分で個室から出ると、洗面台で手を洗い、はぁと小さくため息を吐いた。
その時である。清姫がドアノブに手をかけた瞬間、右腕の数珠がブルブルと振動を発したのだ。
「え?」
清姫が思わず声を漏らし、後方に視線を移した。
視線の先に映ったのは、身長二メートルはあるだろう、全身に筋肉の鎧を纏った全裸の「鬼」であった。
「きゃっ!!」
悲鳴をあげる清姫を舐めるように観察する鬼は、身体中が土気色の肌、剥き出しになった狼のような牙、鷹のような鋭い爪、憎悪に満ちた鋭利な眼差し、額から直線に伸びた一本角といった容姿で、間違いなくそれは「鬼」そのものだった。
「上手そうな娘だな」
鬼はビチャビチャと不快な音をたてて、舌舐めずりをした。
唐突な鬼の出現で清姫の動揺は激しく、膝から崩れ落ちそうになった。
するとガチャ! という音と共に修羅がトイレに駆け込んできた。
「く!! で、出やがったかぁ!!」
鬼の姿を確認するや否や、修羅の怒号が響いた。
鬼は動ずる事なく修羅に視線を移した。獲物が二匹も舞い込んで来たのを幸運と思ったのか、不気味な笑みを浮かべる。
「こっちも上手そうだなぁ」
「くそ! 」
修羅が顔を紅潮させ、身構えると外からドタドタという騒音が聞こえ、半開きの扉から男三人が雪崩れ込んできた。
「お、鬼か!!」
先頭の男は古木だった。後ろには柴崎と武井の姿がある。
連日の行方不明事件の件で、不知火駅前の繁華街オーガストリートにあるゲームセンターは特別捜査チームが張り込み捜査を行っていたのだ。
「てめぇら! こんな狭い所に一気に入ってくんじゃねぇよ!」
修羅が古木達を睨み付けた。武器を出そうにもこの狭い空間では、思い通りに動けそうにない。
「君たち! 危ないから逃げなさい!」
古木は腰に装着したホルスターの拳銃に手をかけた。少女二人を逃がせば、流れ弾に当たるリスクがなくなり躊躇なく発砲できるという算段か。
「うっとおしいわ! 邪魔者は引っ込んでろ! 俺は若い娘を喰いたいんだ!!」
鬼は苛立ち、古木達に鋭い視線を浴びせ威嚇した。
すると、古木に視線を絞りニタァと薄ら笑いを浮かべた。
「おーん? 誰かと思えばあの時の刑事さんじゃねぇかよ。 おかげさまで鬼に変化しちまってよぉ」
古木はカッと目を見開き、拳銃を取り出した。
「やはり、工藤かぁ!!」
逮捕時の工藤は痩せ細ってる印象だった為、隆々とした筋肉を剥き出しにしている鬼を工藤だとはすぐに認識できなかった。
「ご苦労さんだな。 俺を探してたんだろ? まぁそれは無理だな。おめえらはこの小娘二人を喰った後、ぐちゃぐちゃにしてぶっ殺してやるからよぉ」
「二人! 早く離れて!」
古木は修羅と清姫に手招きをする仕草をしながら、ゆっくりと工藤に銃口を向けた。
「バカ野郎! こんな玩具じゃこいつは殺せねぇ!」
叫ぶ修羅の目が黄色に発光すると、数珠が弾け飛び、太刀炎々龍に変化した。
「ん? てめぇ! なにもんだぁ!!」
修羅の異変に工藤が怒号を上げると、激しい震動が起こり壁に亀裂が入り、個室のトイレや洗面台の水道から水が噴き出した。
更に、低い天井も亀裂が入り、パラパラと瓦礫が砂埃と共に落ちだし、崩壊の危機が迫っていた。
「危ない!! 早く出ないと!」
清姫が宙を舞う砂埃にたまらず、口を抑えた。慌てて、皆がトイレから逃げ出す。
外へと飛び出すと、駆け付けてきた百鬼、紅葉、羅刹が目を見開きながら立ち尽くしていた。
三人は、アミューズメントパークの鬼の様子を数珠の念写によって受け取っていたのだ。
「お、お前ら来てたのか!」
修羅は百鬼達の姿を確認すると、少しだけ安堵の顔を浮かべ、清姫にアイコンタクトを送った。
ガシャン!!と急に大きな音が轟くと、トイレの壁を破壊して工藤が外へと飛び出した。
勢い余ったのか、つんのめりながらも体勢を保ち、怒りの眼差しを浴びせた。
「おやおや、またもや知ってる顔がいるぜぇ。 鬼人のお姉ちゃんじゃねぇかよ」
工藤は怒りで肩を震わせながら、百鬼と紅葉の存在を確認すると、人指し指を向けた。
――あの時の鬼!!
百鬼は奥歯をギリッと噛み締めた。
パン!!
急に乾いた音が轟くと工藤の右肩を弾丸がかすめた。流れ弾がゲームの画面に当り、クモの巣状のひびが入る。
発砲したのは柴崎だった。工藤に向けた銃口から、硝煙がもくもくと立ち込めた。
「あぁ?」
工藤はまるで効いてないといった感じで、うすら笑いを浮かべた。
「ダメか!くそ!」
柴崎は悔しさを滲ませながら、ホルスターに拳銃を収めた。
「さっきからガチャガチャとやかましいんだよ!! てめぇら皆殺しだ!」
工藤が怒りわめき散らすと、辺りが急に闇に包まれ、別世界へ転送されたように、店内のゲーム台等が姿を消し、まるで違う光景が広がった。
「ど、どこよ、ここ」
百鬼が、薄暗く禍々しい空間を見渡すと、工藤が不気味な高笑いを始めた。
「闇空間だよ。 俺はどうやら闇を操る能力を持ってるらしい」
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