第13話
葬儀が無事終わり、百鬼は予定通り、しばらくの間紅葉の自宅に厄介になる事になった。
百鬼は親友と生活できるという事もあり、少しずつだが落ち着きを取り戻していた。
紅葉と誠も複雑な思いを抱えながらも、暖かく出迎えた。
夜は、誠が仕事に出掛ける為、二人で料理を作ったり、風呂に一緒に入ったり、一緒の部屋で寝たりと、まるでお泊まり会のように、ワイワイ楽しんでいる。
午前0時を回り、紅葉は部屋の灯りを消し布団の中に潜り込む。紅葉のベッドの下では、床に敷いた布団に寝っ転がる百鬼が大きなあくびをしていた。
「ふわぁ~。 ねぇ、今夜は眠れる気がしないなぁ」
「私も。 白羅様にまた会いに行くしね」
「あの黄泉の国と現世の狭間? あそこ苦手なんだよねぇ。 真っ白だし精神的にきつい」
「なんで白羅様ってあんな所にいるんだろうね? 鬼は不老不死じゃないの? それかとっくに死んでるとか?」
「あそこにとどまってる理由が謎だよね。 紅葉聞いてみれば?」
「嫌よ。 ただでさえ明日は武器貰いに行くんだし、それだけでしんどそう」
「そうだね。 明日からいよいよだね。 私達の生活が激変する……」
「気合い入れないとね。 すでに私達は戦いに巻き込まれてるんだし」
紅葉の「戦い」という言葉が示す通り、百鬼の両親殺害が鬼達との戦いの狼煙になった。
百鬼はすでに、燃えたぎる闘志、怨み、怒りを胸に抱え覚悟を決めていた。
親が殺され数日しか経過していない。普通の女の子なら何ヵ月も立ち直る事が出来ず、伏せてしまうだろう。
しかし、百鬼は尻に火が着いたように鬼達との戦いを選択した。これほど早く気持ちの切り替えが出来る自分は、やはり鬼の血が流れているのだと、妙に納得してしまい、暗闇の中苦笑いを浮かべた。
次の日、五人は道衆の呪術のもと鬼城門から、黄泉と現世の狭間に再び降り立った。
相変わらず深い霧が立ち込め、無機質な空間が広がっている。五人は移動時に発生した頭痛で、顔をしかめながら白羅を探した。
「おーい! 白羅様! どこにいるんだ? 霧で何も見えねぇよ」
修羅が霧に覆われた前方に大声を向けた。
しかし、応答がない。
「チッ、どこ行ったんだよあのオッサン」
「ここにおるわい」
修羅の前にかかっていた霧から、ぬんと白羅が姿を現した。
いきなり厳つい顔面が出現したので、修羅は驚きのあまりその場にしりもちをつく。
「い、いるならすぐに出て来てくれよぉ」
「すまぬ。ここに来た目的は把握しておるぞ 」
相変わらずの威圧感たっぷりの目をギョロリと動かし、百鬼を追った。
「百鬼よ、大変じゃったの。 そなたのご両親にお悔やみ申し上げる」
そう言って両手を合わせ、目をそっと閉じた。しばらくの間黙祷が続き、口を開いた。
「お主の両親は黄泉の国へ帰還し、神として甦り自然界に解き放たれる。 お主をいつまでも見守ってくれる、安心せい」
百鬼はその言葉に、目を閉じてそっと頷いた。少し涙腺が弱くなったが、ぐっとこらえた。
「私……」
そう言いかけた百鬼の肩は震えていた。
「私悔しいです!! お父さんとお母さんはもう、帰ってこないけど敵討ちは絶対にしたいんです!! このままでは終われません!」
珍しく興奮した百鬼の姿を目の当たりにした四人は、驚きを隠せなかった。
中でも特に親しく、長い時間を身近で過ごしてきた紅葉にとっては、初めて見る百鬼の姿であった。故に、動揺は大きかった。
普段はふわふわして、自己主張も強くなかった百鬼がここまで感情を出すとは、と。
百鬼の目は淡い赤色に発光していた。以前、清姫が紅葉に術を使用した時にも見られた目の発光。これは一体何が原因なのか、紅葉は疑問を抱いた。
「目が光を放っておるな。鬼人の特徴の一つじゃ。 力が最大限に発揮される際に起こる現象で、特にお主は今、相当の威圧感を放出している。 ここまでの圧力を持つのは珍しい。 やはり酒呑童子の血か」
白羅の言葉通り、百鬼は近寄りがたい程の威圧感を放っていた。まるで激しい竜巻が目の前で起こってるようだった。
「ぶ……武器を……下さい」
百鬼がみるみる怒りの形相に変化していく。これには四人は言葉を失うと共に恐怖すら感じた。
「まずは冷静になれ」
白羅が見たこともない焦りの顔を浮かべた。白羅ほどの威厳ある鬼が、動揺を見せる百鬼の圧力。
これが最強の血が通う鬼人か。と四人は固唾を飲んだ。
百鬼の目は光が消え、気持ちを落ち着かせるように、ふぅと小さく息を吐く。
「失礼しました」そう言った百鬼の先ほどまでの強い威圧感は消滅していた。
「うむ。お主らも前へ 」
白羅は四人を前へ出るように手招きをして、百鬼を基準にして横隊を作るように促した。
すると黒色の数珠を一人一人に手渡していった。
漆黒の玉が光沢感を纏い、一見ベーシックな数珠に見えるが、親玉にはそれぞれ文字が彫ってある。
百鬼は「風」、紅葉は「空」、修羅は「火」、清姫は「水」羅刹は「土」といったように自然を意味する文字だ。
「親玉に彫ってある文字は、その数珠の所有者であった鬼神がそれぞれ統治していた五大元素の一つじゃ。 風は風の神、水は水の神と言ったようにな」
皆が興味深そうに手に持った数珠の文字を眺める中、修羅が腕にはめてみた。すると数珠が振動し、修羅の目が黄色く発光した。
「おお? こ、これはどうなってるんだ?」
焦って数珠を腕から外そうと試みるが、急に絞まりだし修羅が焦りの表情を浮かべる。
「うむ。 数珠がお主に反応したようじゃの。 鬼抻様が無事お主を選んで下さった。さ、皆も腕にはめるがよい」
白羅の言うとおり、四人が腕に数珠をはめると、自然に絞まりだし振動が伝わった。
目も、百鬼は「淡い赤色」、紅葉は「赤色」、清姫は「青色」、羅刹は「緑色」とそれぞれの色に発光を始めた。
「思ってた通りじゃ。 鬼神様はお主らを認めて下さった。適正があったという事じゃ」
「これは何の数珠なんですか?」
百鬼が戸惑いの表情を見せながら問う。
「この数珠には鬼神様の魂が宿っておる。 そして武器にも変化する万能な数珠じゃ」
「このアクセ、武器になるん?」
羅刹には数珠がアクセサリーとして使用されるパワーストーンと同じ認識のようだ。
「念じるのだ。 武器になるように。心の中で。 数珠はお主らの思念を読み取り、それに応じてくれる」
百鬼はそっと目を閉じ、心の中で念じた。するとたちまち数珠が光を放出し、玉が弾け飛び、黒の短刀に変化した。
短刀は黒鞘と呼ばれる、柄と鞘が漆黒を纏った六寸の刀で、鎧通しという刃が極端に厚い種類の刀だった。
「おぉ! そのドスかっこいいなぁ!」
「ドスって、ヤクザじゃないんだから」
修羅に思わずツッコミを入れる紅葉。
「その短刀は、風の鬼神シナトベ様が所有していた鬼神五刀の一つ、『
「か、風虎……」
百鬼は鞘から刀を抜き、刃先の光沢をマジマジと見つめた。
「お主らも念じてみるがよい」
四人が目を閉じて、念を送ると次々と数珠が飛び散り、武器が現れた。
紅葉は空の鬼神の武器「
柄が褐色、鞘が紅褐色の打刀。
修羅は火の鬼神の武器「
柄と鞘は唐紅という濃い紅色の太刀。
清姫は水の鬼神の武器「
柄は白銅色、鞘は漆黒の打刀。
羅刹は土の鬼神の武器「
柄は土色、穂は十文字槍の槍。
「お主らは皆、鬼神様が認めて下さった。武器が己を護ってくれる! 臆せず戦うがよい!」
全員に無事武器が行き渡ると、鼻息が荒く興奮した様子の白羅が、五人を鼓舞するように叫んだ。
「か、かっけぇ……」
興奮してぶるぶると震えた手で持った刀に見惚れる修羅に対して、清姫は冷静な顔で「これ、使いこなせるのでしょうか」と問いかけた。
「刀には鬼神様の魂が宿っておるので、戦の際は導いてくれる。経験がなくても、体が反応するから安心せい」
「それと……」と白羅は続けた。
「紅葉、清姫は鬼神術を身につけておる。 紅葉は結界、治癒。清姫はすでに持っておった精神感応に記憶操作が加わる。 記憶の改ざん等が使用できる。 これは祖先の持っておった術が継承されておる」
「私が……術を?」
信じられないといった表情を浮かべる紅葉が、手のひらに視線を落とした。
「あの……どうすれば使えるんですか?」
「結界を張りたいのなら、張る範囲を念じてみろ。 治癒なら治療したい者の箇所に手をかざして念じればよい。 あまり難しく考えるな。そうなるように思い浮かべればよいのだ」
白羅のざっくりとした説明にも、紅葉は半信半疑の状態だったが、精神感応を得意としていた清姫は、余裕といった表情を見せていた。
「紅葉が治療で、清姫がテレパシーか。RPGゲームなら僧侶と魔法使いってとこか。 なら、アタシは戦士って所か?」
修羅が声高らかに得意げな顔を見せる。
「えー、いいなぁ。じゃあ、私は何な訳ぇ~?」
羅刹の問いに修羅がニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「おめぇは遊び人に決まってんだろ!」
「はぁ~? ぶざけんなし! ヤンキーお前は戦士じゃねぇし、盗賊がお似合いだ!」
「あぁ? ぶっ殺すぞ! クソビッチが!」
修羅と羅刹の幼稚な言い合いがしばらく続くと、白羅が見かねてゆっくりと二人の元へ近寄る。
「もう、ここらでいいか?」
ぬん! と厳つい顔面を近づけると、二人はその圧力に屈し、慌てて「は、はい……」と小さく言ってようやく黙った。
「あの……武器と術の説明はわかりました。 鬼達の所在がわかるような何かはないんですか?」
戦うと言っても、鬼は神出鬼没だ。自らの居場所を親切に教えてくれるはずもない。四人もその質問には大きく頷いた。
「数珠が導いてくれるわ。 鬼の強い反応を感じ取ったら、数珠がお主らの思考に介入し、念写をしてくれる」
つまりこれからは完全に数珠頼りになるという訳だ。
「それと」と言って白羅が続けた。
「鬼人覚醒化の首謀者は、恐らく『暗黒鬼面衆』という鬼神術を得意とした鬼達じゃ」
「暗黒鬼面衆……!?」
その禍々しい名前に、ただならぬ不気味さが漂っている。五人の顔が一瞬にして強ばる。
「奴らは、禁じ手とされている覚醒術を巧みに操り、過去にも大きな事件を起こしている」
「大きな事件?」
百鬼が右手の風虎を強く握りしめた。
「明治中期、不知火とは別に鬼人が多く住んでおった地域があった。 奴らは覚醒術で鬼人を次々と覚醒させ、殺戮と強奪の限りを尽くし百人余りの人間が犠牲になった」
「でもよぉ、そのなんとか鬼面が自分たちでやりゃあいい話じゃねぇのかよ」
「奴らは支配欲が強く、駒を動かし、その光景を楽しむという少し変わった一面を持っておってな、鬼人が盗んだ金品、食糧も手中に納めておった。 何故なら、奴らは人間社会に溶け込み、人間としての生活を好む為、表だっては極力行動せん。一人一人は強大な力を持った鬼じゃが、可能な限りは鬼人を兵隊として扱うのじゃ」
「ひ、ひでぇ」と思わず修羅が漏らす。
「つまり、外見は人間そのもので、見分けるのが困難な鬼って事?」
紅葉の背中に嫌な汗が流れた。
「その通り。それに鬼としての気配を完全に消す事が出来る厄介な相手じゃ」
「数珠が効かない……」
思わず百鬼が顔を曇らせる。
「鬼になった鬼人は、元に戻る事はありえるんでしょうか?」
眉をひそめた清姫が、微かな希望を抱きながら問いかけた。
「残念ながら、ない。 鬼と化したら元には戻れん。 鬼が人間に化ける事はあっても、鬼人が鬼化すればそれまでじゃ」
「ち、片道切符って事かよ!」
修羅が怒り顔で、舌打ちをした。
「悲しいけど、殺らなきゃいけないって事だね」
百鬼の言葉が全てを物語っていた。残酷な現実を突きつけられたのだ。何の罪もない鬼人だが、凶暴化した鬼になれば、被害が出る。それを食い止めるには、自らの手で殺さなければいけないのだ。それが、たとえ親しい友人でも、親でも。
「不知火市の人口は、約二百二十万人、うち鬼人は十二万人くらいって、パパから聞いた事あるわ。もちろん、不知火市だけでね」
清姫がポツリと呟く。
「なら、十二万人が鬼にされる可能性があるって事ね……」
紅葉があまりの数の多さに、果てしない霧の空を眺めながら、物憂げな表情を見せた。
「そ、そんな数を相手にしなきゃなんねぇのか」
修羅が奥歯をぎゅっと噛み締めた。
「マジか……」
羅刹は言葉を失う。
「それでもやるしかないよ……。やるしか…… 」
そう呟く百鬼の背中は、ふつふつと闘志がみなぎるような凄みを放っていた。
四人はそれをじっと見つめていた。
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