第11話
百鬼は白羅の問いに、コクンと頷き、右手を胸に当てた。
「はい、とても凛々しくて、とても強いお方でした」
「うむ。 お主の祖先は、最強の名を欲しいままにした、伝説の鬼酒呑童子じゃからのう」
白羅の言葉にまず最初に反応したのは、清姫だった。
「酒呑童子って……! 日本の三大妖怪と言われている玉藻前、大嶽丸と並ぶあの酒呑童子? 」
「え? あのお方って、そんなに有名な方だったの? どうりで強い訳だね、ハハ」
百鬼は、思いもよらない事実に呆気に取られ、最後は笑うしかなかった。
「三大ナントカにアタシのご先祖様、茨木童子様がいないのが気にくわねぇけどなぁ」
修羅は腑に落ちないようで、舌打ちをしてから言った。
「ちなみに、茨木童子は酒呑童子の部下じゃぞ」
「な、な、なんだって! 」
白羅の思いもよらぬ告白に、修羅は顔を紅潮させて、百鬼に強い視線を送った。
「い、言っとくけどよぉ! アタシはおめぇの舎弟になんか、ならねぇからな! 覚えとけよ! おめぇのご先祖様が偉いだけだからな!」
興奮する修羅に、困惑しながら苦笑いを浮かべる百鬼は「わかってる、わかってる」とたしなめた。
「でも、あんなに強いお方が、あっさりと倒されてしまったんですけど、あの男の人は一体?」
「酒呑童子を討伐したのは、魔物狩りで有名な源頼光と、四天王と呼ばれた家臣達じゃったから、相手が悪かったな。最強と呼ばれた男達じゃから」
源頼光は平安時代の武将である。頼光四天王と呼ばれる家臣を引き連れて、酒呑童子のほか牛鬼、土蜘蛛といった大妖怪を次々と葬った妖怪退治のエキスパートだった。
「そんなに強い人が……。でも私のご先祖様がどんな人なのか、少しわかった気がします」
「うむ。 お主らの祖先は皆、名高い鬼達じゃ。 その血を引いているという事は潜在能力も高い。戦闘においても、十分に発揮されるであろう」
白羅が少し高ぶった様子で言ったが、百鬼は顔を曇らせた。
「あの……。 戦う事について、もう少し時間をいただけませんか?」
少しためらった様子で言う百鬼だが、他の四人も複雑な表情を見せた。
「ほう、何か懸念でもあるか」
熱気を帯びた様子を見せていた白羅だが、冷静に問いかけた。
「ご先祖様が凄い方だったという事はわかりましたが、だからと言って戦える自信も覚悟もまだ、ありません」
百鬼は首を横に振り、視線を落とした。いくら優秀な鬼の血筋を引いているといっても、鬼と即戦闘できるのかと言ったら、躊躇するのも無理ない話だ。
「祖先の記憶に触れる事によって、潜在能力は引き出された。 すでにお主らは、人間の範疇を越えた戦闘力を備えておる。 武器も与えよう」
「武器?」
修羅が反応した。
「そうじゃ。その昔自然界を司っておった、鬼神達が使用していた伝説の武器じゃ」
武器という言葉に、顔を曇らせる百鬼。中二の普通の女子が、命のやりとりをした経験などある訳がなく、ますます尻込みをする。
「すいません、決心がつきません。 いくら武器を貰えると言われても、時間が欲しいんです。 お願いします」
頭を垂れ懇願する百鬼に視線を向ける四人もまた、同じような心境だった。
自分達は、果して鬼と対峙して戦う事ができるのか、殺されてしまうんじゃないか、深い懸念が生じる。
「ふむ……全員同じ気持ちか?」
白羅が深く息を吐いてから言った。
「ア、アタシはやってやろうって、気持ちはあるんだけど、正直、少し考えちまうな。 相手が化けもんだしさ」
無鉄砲に見える修羅も、さすがに慎重な様子だ。
「私も同じ意見です。今ハイやりますなんて、軽々しく言えません。時間が必要です」
紅葉が言うと、羅刹が俯きながら「私も」と続いた。
「私は、最初やってやろうって気持ちを持ってました。 ですが、覚悟ができていませんでした。時間を下さい。 納得いく答えを見つけてきます」
清姫は、悔しさを滲ませながら言った。自分から皆を誘っておいて、いざというときに、怖じ気づいてしまった自分を、呪いたかった。
白羅は五人に一通り目を送ると、フッと息を吐いた。
「わかった。 こちらも無理にとは言わん。 闘志が湧かなければ、いくら能力が高くても戦えん。 それにお主らにとっては、浮き世離れしてたかもしれん。 一応時間はやるが本当に無理じゃったら、他に方法を探るので心配するな 」
白羅は言うと、五人を鬼城門へと誘導した。
先頭の白羅が歩を進めると、行く手を阻むようにかかった霧が、避けるようにして左右に霧散していく。
「あの、聞くの忘れてたんですけど、ここは一体どこなんですか?」
目標地点に差し掛かる直前に、百鬼が思い出したかのように、尋ねた。
「黄泉と現世の狭間じゃよ」
「よ、黄泉って……」
紅葉の顔色が変わる。
「黄泉とは、早い話があの世の事じゃ」
「マ、マジか?」
修羅の背中には、ジトっと変な汗が滲んだ。
「安心せい。 お主らには結界を張ってあるから、黄泉の使いは手出しは出来ん」
「黄泉の使い……」
五人は血の気が引いた顔を見せた。結界がなければ、たちまち黄泉の世界に引きずり込まれるという事か。
「今日はご苦労であったな。 悪鬼共の動向によっては、一刻の猶予もないかもしれん。 決心がついたのなら、また来るがよい」
鬼城門が見えると、五人は円を囲むようにして立った。皆、疲労に満ちた表情を浮かべている。
白羅は、呟くように詠唱を始め、青色に発光した目を見開き「五蘊転送!」と叫んだ。
五人は鬼城門に吸い込まれていった。
「おかえり」
道衆はそう言って戻った五人を出迎えた。
白羅に会えた事、祖先がどのような人物なのかを、五人はそれぞれ事細かに道衆に伝えた。
しかし、最終的に決心が付かなかったと、清姫が涙ながらに語ると道衆は無言で頷いた。
清姫は不甲斐なさを感じていた。共闘を訴えていた立場ながら、最後は鬼との戦いに恐怖を覚え、前へ踏み出せなかった事を。
と同時に鬼術士である父の顔に泥を塗ったのではないかと、激しく自分を責めた。
道衆は清姫の頭を二回撫でると、優しく抱き寄せた。
「あんまり責めないで。 父さんも去年から体調崩してしまって、鬼との戦闘となると不可能だし、他の術士も鬼と戦える程の力がある者が見当たらない。 まだ十四、十五の女の子に背負わせるなんて、酷な話なんだよ。 いくら潜在能力が高く、鬼と渡り合える力を持ってるからといっても、君らはまだ子供だ」
五人は無言のまま俯いていた。その中でも修羅は時折、悔しさに満ちた表情を見せた。
ケンカなら散々した、度胸もあるケンカも強いと自負していたつもりでも、鬼という怪異な存在を相手にするというのは、一筋縄にはいかないというのはわかっている。
「今日はご苦労様。 疲れてるだろうから家でゆっくり休んで」
道衆は五人を労い、それぞれ帰宅するように促した。
百鬼と紅葉は共に帰宅の途についた。上空は夕焼け曇が広がり、少し冷たい風が吹き込んでいた。
緑道を進む二人の足取りは重かった。
紅葉がふぅとため息を吐くと、つられて百鬼もそれに続くように、はぁとため息を吐いた。
「何か色々あって疲れちゃったね」
百鬼の頬はげっそりしたように痩けていた。
「うん……。 戦うなんて無理な話だよね。 武器を貰えるっていっても、剣道すら経験がないのに」
「本当だよね。 でも何で私達なんだろ? 潜在能力って親とか親族とかでも受け継いでるはずだよね?」
「子供の方が優れてる理由ってのがあるのかな? 聞けばよかったな。でも、まだ怖くて聞けない」
紅葉がぶるっと頭を横に振った。
しばらくすると緑道を抜け幹線道路に差し掛かった。土曜日なだけあっていつもより交通量が多い。
この普段見ている光景が、これから鬼によって地獄絵図に塗り替えられるのだろうか。想像しただけでも百鬼はどんよりとした気分に陥った。
交差点を走る救急車のサイレンの音がより一層、陰鬱さに拍車をかける。
救急車を見送ると、二人は信号を渡り「サケのイブキ」の看板を目指した。百鬼の自宅は両親が運営する酒屋の2階部分だ。今日は紅葉を招待して、食事をする予定になっている。
「百鬼の家に行くなんていつぶり?」
「んー、去年のクリスマスかなぁ。 あの時は小夜ちゃんも呼んだんだよねぇ」
「あぁそんな最近だっけ? 小夜ちゃんも、別々の中学校になっちゃって三人で遊ぶ機会なくなったよねぇ」
「うん、だから嬉しそうにしてたよ。 また行きたいって」
二人が別の中学校に入学した幼なじみの話で盛り上がってると、三十メートル先に「サケのイブキ」の看板 が見えてきた。
「サケのイブキ」は店の前が駐車場で、六台分の駐車スペースがある。客が来ているようで、二台の車が停めてあった。
居住階は、店の奥にあるバックヤード内の階段から出入りできるようになっている。
店の自動扉を潜ると、入口右の日本酒コーナーに並んでいる店の看板商品「童子」に目が入った。
なるほど、酒呑童子の家系だから酒屋であり「童子」というオリジナル商品に力を入れてるのかと、二人は妙に納得した。
中央に設置されたレジ奥のバックヤードを目指すが、百鬼は店内の様子が少しおかしい事に気づいた。
レジ前に客二人が並んでいるが、レジに人がいない。
閉店は午後八時だが、店内の壁掛け時計の針は、午後五時三十分を指していた。この時間は一番客入りが多い。
この時間は夕食の準備の為、母の佳代は一旦離れるが、店主の父四郎とアルバイトの大学生明音の二人が接客をしているはずだが、今日、明音は所要で休んでいた。
なら、四郎はいるはずだ。精算待ちで並ぶ二人の客は、キョロキョロと店内を見渡している。
見かねた百鬼が「どれくらい待ってるのですか」と尋ねた。
「もうかれこれ十分くらい。 先客が商品がないから探してくれって、店長に言ってさぁ、在庫確認しに行ったっきり帰ってきやしない」
「その商品を求めていたお客さんはどこにいるんですかね?」
「おー、そういやその人いねぇな」
百鬼は激しい胸騒ぎを覚えた。
そして震え出した右手で紅葉の腕を引っ張り、バックヤードに駆け込んだ。
扉を開けた瞬間、ツンとした臭気が鼻の奥を突き刺した。血の臭いだ。
周りには在庫商品の段ボールが所狭しと積まれている。百鬼は脈打つ回数が速くなり、足もガクガクと震えだしながらも、ゆっくりと歩を進めた。
そして絶望はやってきた。
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