第10話

 鬼は、僧侶のような黒の袈裟を身に纏っていた。そして、一人一人を見定めるかのように、ゆっくりと目で追う。

 五人は、鬼の姿にすっかり圧倒されてしまい、全身が硬直してしまい、ピクリとも動かない。

 ――これが、本物の鬼? すごい迫力……。

 百鬼を襲った鬼人などと比べ物にならないくらい、睨まれると穴が空いてしまうかのような眼光、鉄の塊のように厚みのある体。

「お主らが、選ばれし五人か」

 低く野太い声が、辺りに響き渡った。

「はい……」

 清姫が少し、上ずった声で返事をする。

「道衆からは聞いておるな? 悪鬼が暴れて、これ以上放っておくと、この国は死者の溜まり場になってしまう、とな」

「あ、あの……」

 百鬼は少しだけ沸いた勇気を振り絞り、鬼に問いかける。

「なんじゃ」

「は、白羅様でよろしいんでしょうか?」

「いかにも、ワシが鬼導教の開祖白羅じゃ」

 百鬼は安堵の表情を浮かべると、隣にいる紅葉に小声で囁いた。

「次は紅葉が質問してよ。私とりあえず勇気出して喋ったから」

 紅葉が、思わず目を見開く。

「え? 順番に聞いてくの?」

 百鬼が無言で頷くと、紅葉が困惑な表情を浮かべ、唇を震わせた。

「えー……あの……そのー……」

「なんじゃ。何が言いたいのじゃ」

「ひぃー!! ごめんなさい! ごめんなさい!」

 白羅に完全に萎縮する紅葉。

 すると、紅葉は隣の修羅に向けて耳打ちをする。

「ちょっと! あんた喋んなさいよ!何さっきから黙ってんのよ!」

 修羅は、慌てた素振りをみせた。

「バカ野郎。 こんな化け物見たことねぇよ。早く逃げねえと喰われるぞ!」

「全部聞こえとるわい」

 白羅が呆れた口調で言った。

「うわぁぁ!! う、嘘です!!」

 修羅が思わず土下座をし、何度も頭を下げる。

「わははははは」

 白羅は、天に轟くような野太い声で笑った。

「は、はは、ははは……」

 五人も、それに合わせて顔をひきつらせながら、愛想笑いを始めた。

「硬くなるでない。もっとフレンドリーに語ろうぞ」

 ――フ、フレンドリー? 何故、白羅様ともあろうお方が、そんな現代語を?

 百鬼の思考が追い付かない。

「唐突に聞くが、お主らは鬼共と戦う覚悟はできているのか?」

 ――ひえっ! 急に核心を!

 急な問いに五人が黙りこくると、白羅は、手招きをする仕草を作った。

 ――やばい! 怒ってる!

 五人に極度の緊張が走る。

「一人ずつ前へ。お主らの祖先が誰なのかを教えてやる」

 その言葉に、百鬼の緊張が解け口元がゆるんだ。

「ぜ、ぜひ! 聞かせて下さい!!」

 百鬼が目を輝かせて、いの一番に白羅のもとへ進んだ。

 ――知りたい! 私のルーツを!!

 自分の運命を受け入れるには、まず祖先の歴史を知り、真実に近づきたいと、百鬼は強い気持ちを抱いた。

 他の四人も、先ほどまでのガチガチな緊張状態から解かれ「祖先」という言葉に関心を示した様子だ。

「お主の脳に、祖先の歴史の記憶を映してやろうぞ」

 白羅はそう言うと、熊のように大きな掌を、百鬼の額にそっと当てた。

 額に熱が伝わり、やがて全身の血が、沸きだつように激しく暴れだし、百鬼の目の前に闇が広がった。

 そして、様々な光景が脳内に飛び込んできた。

 その中でも一際目立っていたのは、美しい顔立ちをした、長髪の青年だった。

 白色のひたたれと言う前合わせ部分に、紐の付いた服と、下半身に丈の短い黒い袴を履いている。

 ――うわぁ、すごいイケメン……。

 青年は、庶民らしき女性数人と談笑していた。女性達は明らかに好意を寄せているようで、うっとりとした視線を送っている。

 ―― これだけイケメンだもんね。みんな目がハートになってるよ。

 百鬼がしばらくぼんやり眺めてると、パッと風景が変わった。

 ――何?何これ?

 映し出されたのは、青年が、畳が敷き詰められた広い部屋の一室で、二~三十人くらいの男達と酒を呑み交わしている光景だ。宴だろうか。

 周りの男達は、一本角を生やした者、極端に長い牙を生やした者、額に目がある者など、特徴の違う鬼ばかりだった。

 ややあって、その中に刀を持った男達十人くらいが、乗り込んできた。

 ――え?奇襲?

 男達が、一斉に青年に斬りかかりにいく。

 しかし、青年は動じる事なく、腰に吊るした太刀を素早く鞘から抜き取とると、次々と斬り返した。

 ――は、早いし、強い!

 男達は、瞬く間に斬り殺されてしまう。

 鬼達が、横たわった骸を、邪魔だと言わんばかりに蹴り上げ、宴は何事もなかったかのように、続いた。

 驚いた事に、青年と談笑していた女性達も、宴の席におり、鬼達にお酌している。

 すると、人間の男二名が酒の一升瓶を片手にやって来る。男達は青年にそれを手渡すと、深々と頭を垂れた。

 ――この人は偉い人なのかな?お酒ばっかり呑んでるけど……。

 百鬼の意思とはお構いなしに、次々と脳に光景が送られてくる。

 青年が鬼達を引き連れ、武士との戦う様、人間も混ざっての宴、恋文を渡される青年……。

 百鬼はそれらを食い入るように眺め続けた。

 特に武士との戦闘では、一人で数十人を相手にし、圧倒的な強さで勝利をした。

 それを目にした百鬼が、あまりの強さに、呆気を取られるぐらいだ。

 そして再び、宴の光景が映し出された。

 しかし、少し様子が違う。

 山伏の格好をした男五人が、青年と鬼達に混ざって酒を酌み交わしている。

 酒が進み、大いに盛り上がっていたが、青年と鬼達が大あくびをして、次第にその場に倒れ込むようにして眠ってしまった。

 そして、 男五人はそれを見計らっていたのか、眠りについたのを確認するやいなや、携行していた武具を装備し、鞘から刀を抜き、青年と鬼達に次々と斬りかかっていったのだ。

 宴の席は、あっという間に血の海になった。

 周囲に鬼達の臓器が飛び散り、多くの者が絶命している。

 青年は首をはねられたが、執念なのか、生首のまま一人の男に襲いかかった。

 生首は勢いよく跳躍し、男の頭に食らいついたが、すでに被っていた兜が、それを防いだ。

 青年はそこで力尽きた。

 百鬼はその光景を焼き付けるように目を凝らし、込み上げる感情を必死に抑えた。

 祖先の記憶は、そこで途絶えた。


 気がつくと、百鬼の視界には再び霧の世界が広がっていた。眠っていたのだろうか、仰向けの状態だった。

 周りにいる四人も、記憶の世界から戻ってきたのだろうか、続々と目を覚ました。

「うぅ……少し頭が痛い」

 百鬼は頭痛に顔をしかめながら、起き上がった。

「どうだ? 知ることができたか? お主らの祖先がどのような生き様、死に様を送ってきたのか」

 白羅はその場にドカッと腰を下ろし胡座をかきながら、五人に目をやった。

「……はい。私のご先祖様は、悲しい死を遂げました」

 清姫が手で頭を押さえながら、立ち上がった。

「お主の祖先は、恋多き少女でな、積極的に男に迫る癖があった。安珍という修行僧に恋をし、会う口約束をしたが、安珍は煩悩から逃れ、約束を破った。それに激怒し、燃えるような怨嗟で大蛇に化け、追い詰めた。最後は梵鐘という釣り鐘に安珍を閉じ込め、火を放ち殺した。そして、自身も入水自殺をした。その少女の名は清姫」

 清姫の頬が光っていた。

 鬼という運命を背負った少女が、叶うことのない恋に生き、絶望して死んでいく様を目の当たりにした。

 少女の心情を思いやると、心が痛かった。

「清姫って、名前も同じなのか。しかし、お前が恋に生きるタイプには、見えねえけどなぁ」

 修羅がからかうと、清姫は顔を紅潮させて俯いた。

「ちょっと、ヤンキー! それは言い過ぎじゃね? キヨちゃんだって女の子だよ? 年頃になればちゃんと恋するよ」

 羅刹が、修羅のデリカシーのなさを、見るに見かねてフォローする。

 しかし、修羅の言った言葉は図星かもしれないと、清姫は思った。

 今まで恋愛経験など、全くない。人を好きになった事がない。告白された事もない。もちろんした事も。

 幼少の頃から、周りから美少女だと囃し立てられたが、感情を表に出すのが苦手で、常にポーカーフェイスを崩さない。

 鉄仮面と呼ばれた事もあり、周りから嫌煙された時期もある。

 だが清姫が見た祖先は、恋多き女性で、異性に対して積極的だった。

 これほどまでに、自分の気持ちに素直に、相手に想いを伝えられる姿を見て、自分の将来に憂心を抱いた。

「ビッチ! ところでおめえの先祖は誰だったんだよ!」

 相変わらず修羅が騒がしく聞く。

「私は、なんか空を飛んでる神様みたいな格好した女の子が、人間に変身して、イケメンの彼氏とイチャついてたよ。あ、でもその子ケンカが強くて、悪魔みたいな奴らに、火で攻撃して全滅させてたよ」

 羅刹が自慢げに語るが、修羅は何の事か理解できず、ポカンとする。

「ふむ、お主の祖先は羅刹天という鬼神じゃ。 戦いの神と呼ばれた毘沙門天という神に、夜叉と共にに支えておったのじゃ。 人間の生活に興味を抱き人間に化け、都で暮らしておったのじゃが、男と恋仲になり神ながら、身籠ってしまったんじゃな」

「すげぇ! 私、神の末裔じゃん!! マジ神だし、やべぇ!激アツ!」

 羅刹は目を輝かせるが、修羅が嫌悪に満ちた視線を送る。

「ビッチ神か」

「うっさい!餓鬼が!」

「が、餓鬼? あの腹ポッコリのキモい奴らか。 てめえ、ふざけんな!」

 羅刹と修羅が言い合いを始めたが、白羅が近づき、二人の顔を覗き込む。

「その辺で、よかろう」

 白羅の威圧感に再び、二人は萎縮した。

「で? 餓鬼じゃないんだったら、あんたのは?」

「おう! アタシのご先祖様は、かっこよかったぞー。 顔も良いし、強いしよぉ。敵なんてあっという間にぶっ殺してたぞ」

 修羅が興奮を抑えきれず、身振り手振りで熱弁をふるった。

「茨木童子といって、京の都で暴れまわった、鬼の中でも五本の指に入るぐらい、戦いに長けた鬼じゃな」

「ほら、ほら、ほらー! 言ったろ? 最強だってよー」

 白羅の捕捉説明に、気分を良くし、鼻息を荒くする修羅。

「あのー……」

 紅葉が、控えめに右手をあげる。

「なんじゃ?」

「私のご先祖様、鬼っていうより魔法使いみたいな人だったんですけど……」

「魔法? 呪術の事か?」

「呪術? って言うんですかねぇ。 術で病の人を治療して、ものすごく感謝されたり、手から火や水を出して、悪者をこらしめてました。 それに、綺麗な人間の女性にしか見えません」

 紅葉はそう言って、首を傾げた。

「ハハハハハ。 鬼だからと言って、全部が角を生やしてる訳ではないぞ。 鬼と言っても多種多様じゃからの。 それと、鬼女紅葉と呼ばれたお主の祖先は、医学、手芸、文芸に秀でた才色兼備の女じゃったから、 たくさんの男達に言い寄られてたな」

「でも、最後は殺されちゃいましたけどね……」

 紅葉は憂いのある表情で、言った。

「本質は鬼じゃからの。 盗賊という一面もあったので、最後は悪鬼として武将に退治されてしもうたな」

 紅葉は、盗賊団の長という顔も持っていたが、盗んだ金を貧しい村人達に渡したりと、優しい一面も持ち合わせてた。

 しかし、悪事を働く鬼として、王朝に目を付けられ、武将平維盛に討ち取られてしまう。

 いくら、周りに信頼され、良好な人形関係を構築しても、最後には鬼としての本能が働いてしまう。その逆らえない運命にもまた、紅葉は切なさを覚えた。

「さぁ、どうじゃったかの? お主は」

 白羅は百鬼に視線を送った。

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