第9話

 書斎へ通されると、中は六畳くらいのスペースで、周りは壁を覆い尽くす程の本棚で、ぎっしりと埋まっていた。

 収納された本の背を一通り見回すと「今日から始める楽しい祈祷」「月刊鬼」「ゆるゆる祈祷ライフ」 等、どこにそんな本を売っているんだと、つっこみたくなるような、マニアックな本がズラリと並んでいた。

 中には「やってみよう! 家庭菜園」という普通の実用書も混ざっていたのが、唯一の救いか。

 道衆は、本棚の一つを両腕で引っ張ると、スライド式になっていて、手前に移動した。

 すると、本棚で隠されていた壁に扉がある。

 道衆が扉を開くと、地下室へ続く階段が現れた。

 ろうそくを手にした道衆は、手招きをして、皆を連れて階段を降りていく。

「おお! ロープレの隠しダンジョンか!」

 修羅が思わず、興奮気味に叫ぶ。

 階段を恐る恐る、降りていくと、中から流れ出す、ひんやりとした空気が不気味な雰囲気を醸し出した。

 地下室に降り立つと、道衆が周りに設置してある、蝋台一つ一つに火をつけ始める。

 ろうそくの火が、辺りを照らし出していくと、紅葉が悲鳴をあげた。

「きゃあ!! 何よこれ!」

 照らし出されたのは、様々な形をした鬼の像であった。

 どの鬼も怒気を帯びた表情で、直視するのも躊躇うくらい、見事なまでの圧倒感。

 部屋の中央部分には、いくつもの漢字が記された、一見魔方陣のような円形が床に刻まれていた。

 百鬼達は、この迫力に飲み込まれそうになっていた。

 スタイリッシュなデザイナーズハウスの中に地下室と鬼の像。このアンバランスさが何とも言えず不気味だ。

「す、すげえ……」

 皆が言葉を失う中、修羅は唾をごくりと飲んだ後、呟いた。

「ちょっと、驚かせてしまったね。この鬼の像達は昔、鬼人達が造った物でね。 ほんの一部を譲り受けて大切に祀ってあるんだ。 来訪者が見たら驚くだろうから地下に置いてあるんだよ」

 道衆が、苦笑いをした。

「やっぱり、鬼ってだけで怖がられるんですかね?ところで、鬼導教ってどうやって、作られたんですか?」

 百鬼が、鬼の像を見渡しながら聞いた。

「そうだね。まずはそこから説明しなくちゃいけないよね」

 そう言って道衆は、皆を座るよう促して、口を開いた。

 道衆の説明はこうだ。

 鬼導教は室町時代初期、修行僧の鬼「白羅」が立教した宗教だ。

 鬼神を崇拝し、祖先を祀り、その教えを代々継承していく事を目的とし、多くの鬼人達が入信している。

 鬼は元々、鬼神と呼ばれる自然を司る神である。

 だが、やがて人間の怒り、怨みなどの情念が生み出した人を殺し、食らう「悪鬼」と呼ばれる一般的な鬼が、世を蔓延る事になる。

 あくまでも、鬼は自然界の神という存在が正しく、悪鬼になり、欲望のまま悪事を繰り返す鬼達を良しとせず、これを滅し浄化させるのが鬼導教の真の教えだという。

 しかし、この鬼導教には、悲しい歴史がある。

 江戸時代末期、ある国には多くの鬼人が住んでいた。

 鬼人達は身体能力に優れ、力がある為、藩に建築、護衛などの仕事を与えられ、大変重宝されていた。

 しかし、疫病が蔓延し、人々が大量に死んでいく深刻な問題が起きる。

 藩が原因究明をしていた最中、城に出入りする商人が、洞穴で鬼神を祀っている鬼人達の姿を目撃する。

 商人は、藩に報告。それを耳にした大名が、疫病は鬼人達の呪術による仕業と決めつけ、鬼人狩りを開始。

 鬼人たちは、大量に殺害される。

 命からがら生き延びた、残りの鬼人達は、長い逃亡の末、ある未開の地に辿り着く。

 鬼人達はそこを開拓し、外部から人も移り住むようになり、発展していく。

 その地こそが現在、百鬼達が住んでいる、不知火市なのである。

 ひとしきり説明を終えると、道衆は、中央にある円形の前に立った。

 円形には「地」、「水」、「火」「風」、「空」と五つの文字が、中央にある太陽と月のような紋章を、囲むように刻まれている。

 円形の広さは、道路に設置されてある、一般的なマンホール二個分くらいという所か。

「これは、一体……」

 百鬼はそれに、神秘的な魅力を感じながら、道衆に尋ねた。

「鬼城門さ」

「鬼とか召還したりすんのかよ?」

 悪魔召喚で使用される、魔方陣に似ているのか、修羅が興味津々に聞いた。

「鬼は出てこないよ。こちらから行くんだよ。白羅様に会いに」

「白羅様って、鬼導教を創ったっていう……」

 紅葉が目を丸くした。

「その通り。この鬼城門の中に白羅様がおられる」

「白羅って、死んでない訳ぇ?」

 羅刹が、毛先をいじりながら、呑気な口振りで言う。

「鬼城門の先に、おられる。まぁ、直接会って色々と話してみるといいよ。君達のご先祖様の事も」

 道衆はそう言うと、皆を鬼城門を囲むようにして立つよう、促した。

「いやいや、いきなり言われても心の準備が出来てないし、それに私達が戦う事に決定しているの?なんでみんなは、あっさりそれを受け入れちゃってるの?」

 しかし、紅葉は納得がいかない様子で、それを拒んだ。

 無理もない話だ。素質があるから鬼と戦えやら、今から教祖に会えやら、常識の範疇を超えすぎている。

「おい、四条! 腹くくれよ。ここまで来てなんだよ? この国の未来はアタシ達にかかってんだぞ?」

「重すぎなのよ!」

「まあ、話を聞くだけでもいいんじゃない? それから先は自分達で決めれば」

 百鬼は紅葉と修羅が言い合いに発展しそうになりそうな所を、割って入った。

 百鬼は不思議と落ち着いていた。

 いや、常識外れの連続で感覚が麻痺しているのかもしれない。

「もちろん、それでいいよ! 強要はしないさ」

 本心は定かではないが、道衆が笑顔を作り、言った。

「百鬼がそう言うなら……。もう訳がわからないけど、すでに常識を超えちゃってるしね、ウチら」

 紅葉が口を尖らせながら、渋々と了承した。

「じゃあ、行くけどいいかい? ちゃんと戻ってこれるから安心して」

「とっても不安で、怖いけど、が、頑張ります!」

 百鬼が笑顔を貼り付ける。

「本当に大丈夫なの? でも、まぁ話だけでも聞いてあげるかな」

 紅葉は強気に言うが、不安な表情は隠せない。

「よっしゃ! かかってこいや!」

 修羅は相変わらず無鉄砲な口振りだ。

「これって、遊園地のアトラクションみたいで、面白そうじゃね?」

 羅刹は、ディズニーランドに来てるかのように、はしゃいでいる。

「…………」

 清姫は、無言だった。

 道衆は、目をつむり、鬼城門を囲む五人に右手の掌を突き出し、ブツブツと聞き取れないくらいの小声で、唱え出した。

 すると、鬼城門の太陽と月の紋章から閃光が放たれ、周りの五つの文字が赤色に染まり出す。

 地鳴りも起こり、五人は立ってられるのもやっとなくらい、激しい振動に揺られた。

 道衆は、カッと目を見開いた。目は青色の光を放っていた。そして「五陰転送!!」と叫んだ。

 その瞬間、五人は鬼城門に吸い込まれるように、姿を消した。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」

 皆、ジェットコースターで急下降していくような衝撃が、全身に走る。



 ――あれ?目が見えなくなっちゃったのかな?何も見えない……。体が異常に軽い感じがする。

 ――私どうしちゃたったんだろう? ここは……あ! 八瀬さんのお父さんに呪文かなんかをかけられて、白羅様に会いに来たんだ。

 ――だんだんと視界が開いてきた。みんなどこに行っちゃったんだろう?

 百鬼の視界が戻り、辺りを見渡すと、霧がかかっており、白い闇が一面に広がっていた。

「おーい、みんな大丈夫ー? てか、ここどこー?」

 ――あ! 紅葉の声が聞こえる!

「紅葉ー!! どこー?」

 百鬼は声のする方向に向けて叫びながら、霧をかき分けるように歩を進めた。

「あー、いたー」

 紅葉がモヤモヤとした霧の中から、姿を徐々に現した。

「そこに、いんのかー?」

「オニちゃん、もみっちの声がする」

 修羅と羅刹の声がどんどん、こちらに近づいてくる。

「あー、いたぁ。やっと見つけた」

 百鬼の周りにようやく、皆が姿を現すが、清姫の姿がなかった。

 百鬼が周囲を見渡すが、姿が見えない。

「おい、八瀬!どこだよ! つーかオッサンもいねぇじゃねぇか! もしかして、アタシ達をハメやがったか?」

「いるわよ」

 霧から突然、清姫が姿を現したので、修羅は驚きで体をのけぞらせた。

「人聞き悪いわね。 パパは来てないわよ。来るなんて、一言も言ってない。私達をここへ送っただけ」

 少しツンとした表情で清姫が言った。

「え? どうやって帰ればいいの?」

 不安げ百鬼が言う。

「白羅様が、戻してくれるってパパが言ってたわ」

 清姫の言葉に少し、疑念を抱いてるのか、修羅が眉をひそめた。

「本当だろうな? なんかまんまと乗せられちまった感があるけどよぉ」

「かかってこいとか、大口叩いてた分際で……」

 羅刹のチクリとした一言に、修羅が右手の拳を出しかけるが、しまう。

「もう腹くくって来たわけだし、今さらギャーギャー言うのは、やめようよ」

 そう言った紅葉の目は真っ直ぐだった。開き直ってるのか、もう、全て受け止めようとしてるのかは、表情からは、伺えなかった。

「ところで、目的の白羅様は?」

 皆の視線が一気に清姫に集中した。

「わ、私も初めて会うから、わからないわ」

 少し不安な面持ちで、思わず清姫が横を向く。

「しかし、どこなんだよここは。真っ白じゃねえか」

 修羅がそう言って、その場をほっつき歩いてると、何かにぶつかったようで、硬い感触が伝わった。

「ん?何かにぶつかったぞ?」

 何かわからず、修羅は手でその感触を確かめていると「うしろ」と微かな声が聞こえた。

「あ?何だって」

「だから、うしろ」

 声の主は紅葉だったが、少し怯えるような口振りだった。

「ん? うしろ?」

 修羅が振り向く。

「え?」

 振り向いた先を確認した修羅は、腰を抜かしたのか、その場にしりもちをついた。

 そこには、身長二メートルを優に超える巨人が仁王立ちしていた。

「ひいっ!お、鬼!!」

 修羅が声を震わせながら、絶叫した。

 闘牛のように前方に湾曲した太く鋭い二本の角、大きく見開き怒気を含むような目、口角から露出した牙は、剣のような重厚感を放つ。

 そこには周囲が飲み込まれてしまうぐらい、威風堂々とした佇まいの鬼がいた。

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