第8話
翌日の土曜日、百鬼と紅葉は約束通り清姫の自宅へ向かっていた。
清姫から、教えてもらった住所を頼りに、スマホの地図アプリを使いながら、歩を進めていく。
午前中は曇って気温も低めだったが、午後から日差しが出て、少し汗ばむような陽気になってきた。
しばらくして「あれじゃない?」と、紅葉が指したのは、全体が四角く、壁が真っ白で、窓枠が茶色、方流れ屋根が特徴な、モダンな平屋建てが見えてきた。
「おしゃれ! デザイナーズハウスってやつ?」
百鬼が、あまりの外観の美しさにため息を吐いた。
「八瀬、こんなおしゃれな家住んでんの?」
紅葉が少し、嫉妬気味に言う。
徐々に近づいて行くと、家の前に人影があるのを、確認した。
「誰かいる?」
百鬼が言って、ようやく確認できる距離まで行くと、そこに茨木修羅が立っていた。
虎の刺繍が入ったスカジャンと、丈の長いスカートという、ガッチガチのヤンキースタイルだ。
「げ……帰っていい?」
紅葉は、修羅を見るなり踵を返そうとするが、百鬼が肩を掴んで制止した。
「何でおめぇらがいるんだよ」
修羅が、二人を見るなり早速つっかかって来る。
「いや、それはこっちのセリフだし。あんたも何でここにいるのよ」
紅葉が、害虫を見るような嫌悪に満ちた視線を送った。
「八瀬に呼ばれたからに決まってんだろ!」
「お、同じだね。ところで、茨木さん。何でお家に入らないの?」
少し空気が悪くなりそうだったので、百鬼がとっさに間に合入る。
「あぁ、集合は一時だろ? まだ十二時五十五分。早いと思ってよぉ」
修羅が少し頬を紅潮させながら、口を尖らせた。
「いや、真面目か!」
紅葉がとっさに突っ込む。それを見た百鬼の顔から、笑みがこぼれた。
「バカ野郎! アタシは時間にはうるさいんだよ! 一分一秒が生死を分けるって、言うしな」
「生死って、あんたどんな人生送ってきたのよ」
修羅と紅葉のまるで漫才のような掛け合いに、百鬼がついに吹き出す。
これほど笑ったのはいつ以来だろうと、最近の殺伐とした日常を思い返した。
「ていうか、あんたも……」
紅葉が言いかけた所で、背後から声が聞こえた。
「あれれー? こんなにいるわけー?」
少し甘ったるい声の方向を見ると、金髪のふわりとしたカールで、デニムのジャケット、ホットパンツ姿の、ギャル風女子がいた。
「高野先輩?」
彼女は高野羅刹。百鬼たちより一学年上の三年生。羅刹もまた、幼少期からの顔馴染みである。
「オニちゃんと、もみっち!あー、後誰だっけ?」
羅刹が、わざとらしく言う。
「てめえ、ぶっ殺すぞビッチ」
「うるせーなー、ヤンキーがぁ」
まあまあと、百鬼が二人をなだめてると、家のドアが開いた。
「何やってんの? 入らないの?」
中から清姫が姿を見せた。
「あ、八瀬さん」
百鬼がそう言うと、清姫の服装に目が行った。
チェック柄のフリルのワンピースといった服装だ。
「わぁ、八瀬さん、すっごいガーリー」
学校では、机で寝てるだけの陰の薄い存在だが、私生活ではちゃんと女の子しているんだと、そのギャップに感動した。
「本当ね。ちょっと意外」
紅葉も、普段の清姫からは想像できないような格好に、少し驚きを見せた。
「あら、あなたたちも可愛いわよ」
清姫の言葉に、百鬼と紅葉がお互いの姿を確認して、「うーん」と首を傾げた。
ちなみに、トップスは百鬼がピンクのカーディガン、紅葉はチャコールのライダースジャケット。
ボトムスは百鬼がデニムパンツ、紅葉は黄色いプリーツスカートだ。
「まぁ一人除けば、みんなイケてるよ」
羅刹が修羅に冷ややかな視線を送る。
「お前なぁ」
修羅が握り拳を付くって、目をひそめた。
女子の集まり特有の服装トークで盛り上がったが、清姫が一段落着いた所を見計らって、皆を家に通した。
家にあがると、清姫の父親道修が笑顔で出迎え、リビングに案内する。
部屋には、木製のテーブル、ライトグレーのソファー、白のパイプチェア等、モノトーンカラーで統一されたシックな 空間になっていた。
「うわぁー……」
皆、洗練された部屋に感動を覚え、言葉を失うぐらい、ウットリしてしまった。
「今日は悪いね。お休みの日にわざわざ呼んでしまって」
そう言って道衆は、トレーに乗ったショートケーキを配った。続いて清姫が紅茶を運ぶ。
「いえ! とんでもないです」
百鬼は、新鮮な空間に見惚れながら言った。
皆がケーキを食べ終える頃、道衆が真剣な眼差しで口を開いた。
「最近、起きている物騒な事件を知ってるよね? 百鬼ちゃんと紅葉ちゃんは、怖い目にあったけど、この事件は鬼の犯行だ。実は、何者かが鬼人を意図的に覚醒させ、人を襲わせてるんだ」
意図的に覚醒させているという言葉が、引っ掛かる。これは裏に糸を引いている物がいる、という事か。
百鬼と紅葉の顔が一瞬にして、強ばる。
「放っておくと、とんでもない事になる。災害レベルに人が殺される危険性があるんだ。家族も仲間も……」
先程までの賑やかさは、そこにはなく、重苦しい空気だけが流れた。
「あの……それで、何で私達なんですか?」
百鬼が言うと、道衆は目を閉じた。
「もう、清姫からは……聞いてるんだよね?」
「はい」
「君達を呼んだのは他でもない。鬼達と渡り合える程の能力を秘めている可能性が高いからだ」
道衆が目を開けると、皆が呆気をとられた表情を浮かべた。
いきなり突拍子もない事を言われたので、無理もあるまい。
「あのさぁ、おっさん」
修羅が思わず口に挟む。
「ん?なんだい?」
「そんな事情を知ってるなんて、そもそもおっさんの正体はなんだよ」
道衆を怪訝な目で見つめる。
「あ、ごめんね! 僕の正体は、鬼術師。まぁ、簡単に言っちゃうと祈祷師だね」
「え? 祈祷師って、お祓いとかする人ですよね?」
百鬼が聞くと、道衆が名刺を一人一人に配り始めた。
名刺には「鬼導教 鬼術師 八瀬道衆」と記載されてあった。
皆は何の事だか理解できず、名刺を黙って見つめている。
「百鬼ちゃんの言うとおり、お祓いを専門とした職業だよ」
「なら、おっさんがやればいいんじゃねぇか? 祈祷師は悪魔とか、悪霊とかを退治する仕事だろ?」
修羅が、口を尖らせる。
「鬼は……お祓い程度では退治できないんだよ。妨害行為ぐらいは、出来るけど、完全に滅する事は不可能だ。それに、仕事のし過ぎで一回ぶっ倒れてしまって、身体が思うように動かん」
「じゃあ……どうすりゃいいんだよ」
「物理攻撃だ」
「物理攻撃?」
「武器を使用して、鬼の弱点である頸動脈を斬るか、自己再生する時間を与えず、体を切り刻むしかない。だが、それは相当鍛練を積んだ、鬼との実戦経験があるプロにしか出来ない」
皆、道衆の現実離れした話に付いていくのがやっとだという、渋い表情をしている。
「実戦経験ないのに、戦えるんですか?」
百鬼が何故か手をあげて、質問をする。
「五柱鬼神という神様が使用していた武器なら通用すると思う。元々、自らの邪念などから生まれた悪鬼を、退治する為に使われた武器だらかね。それに対応できるかが問題だけど」
「無理じゃん」と、百鬼がお手上げのポーズをする。
「いや、君達の血筋はとても優秀だ。 無限の可能性を秘めている」
そう言った道衆の目は、輝いていた。
「あのよう……」
修羅が怪訝な表情で、道衆に聞く。
「さっきから、鬼人とか鬼とか言ってっけど……一体何の話をしてるんだ?」
その言葉に、皆の表情が一瞬固まった。
修羅は、今までの話をまったく理解できていなかった。というより、何の目的で来たのかも、わかっていなかった。
「ちょ、ちょっと清姫?」
慌てた表情で、道衆が清姫に視線を送る。
「え? 茨木さん、もしかして自分が鬼人だって事……知らない?」
不安げな顔で清姫が聞くと、修羅は大きく頷いた。
「ごめん、てっきりもう知ってるものかと……」
清姫がショックのあまり、深く俯く。
道衆が鬼人について、長々と説明をすると、修羅は真顔になって聞き入った。
そして話終えると、深刻な表情で沈黙する。
―― あーあ、そりゃ、そうなるよねぇ。
百鬼は修羅に同情した。
やや間があって、修羅が口を開いた。
「そっか……。小さい頃、鬼の祭りみてえのに参加したのも、ケガがすぐ治っちまう体質も、そういう事だったのか」
「鬼導教は鬼人とその家族にしか参加資格がないから、すでに把握してたんだけど、修羅ちゃんのご両親より先に、話をしちゃって、ごめんね」
道衆は、俯く修羅を思いやった。
「……けぇ」
「え?」
「かっけぇ!! 鬼人かっけえ!!」
修羅の予想外の一言に、皆、固まる。
「鬼の血が流れてるなんてすげえ!! 無敵じゃねえか!! ちくしょう、親父は、何で教えてくれなかったんだよ!! よっしゃぁ!! 悪い鬼、全員ぶっ殺すぞ!!」
修羅の表情を見て心配したが、取り越し苦労に終わったようだ。
単純なのか、馬鹿なのか。修羅が高揚する気持ちを抑えきれず、やたらと気合いを入れているのを見て、道衆と清姫は、ほっと胸を撫で下ろす。
「ところで、高野先輩は知ってたんですよね?」
紅葉が、羅刹に問いかける。
「当たり前じゃん? 小学生の時に親に聞かされたよ。そら、ショックだったよ。普通の女の子じゃないじゃんって。一週間くらいメソメソしたよ。でも、普通に生活できてるし、友達だっている。人間と変わらない毎日送れてるから……今は、単なるオプションとして考えてるよ」
羅刹の前向きな言葉に、百鬼は勇気を貰った気がした。
血筋なんて関係ない、自分らしく堂々と生きている人達が、周りにたくさんいる。それだけでも心強い。
紅葉も同じ思いなのか、羅刹の言葉を真っ直ぐな眼差しで見つめていた。
「パパ、能力の話をしてあげて」
清姫が言うと、道衆は頷いた。
「君達にずば抜けた能力がある、と言ったが、それは名高いご先祖様の血を継承してるからなんだよ」
「え? それって強い鬼の血が流れてるって事か?」
修羅が目を輝かせて、前のめりになる。
「そうだね。とてつもなく強い鬼の血が……」
「マジかよ! 早く教えてくれよ」
「その前に、あるお方に会ってもいたいんだ」
「あるお方?」
道衆は席から立ち上がり、手招きをして書斎へ案内した。
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