苦いけど好きな香り

 先輩の言葉の意図が分からない。

 先輩は私にとって尊敬している人だ。


「分かんないか?」

「おっしゃる意味が分かりません」

「たかが後輩のためにここまでしてコーヒー探したりしないよ」

「俺の仕事は美味しい物を提供する事が仕事って言ってたじゃないですか」

「それもあるよ。あるけどさ」


 先輩はムスッとする。

 私は何か悪い事を言ってしまったのだろうか?


「何か失礼な事してしまったのでしょうか」

「スズハラは悪く無い…いや鈍感なのは悪いか?」


 先輩は考え込む。

 何だ鈍感が悪いって、ますます先輩の考えている事が分からなくなる。


「分かんなくても良いよ」

「ちょっと気になるじゃないですか!」

「あーはいはい。気にすんなって」


 雑に返して私の頭を撫でる。

 少し雑だけど優しく撫でてくれる先輩だから好きになったんだとまた好きという感情を募らせる。

 でもここで受け入れたら好きなんだとバレるのが怖くなり私は抵抗をする事にした。


「ちょ、やめてくださいよ!もーせっかく髪セットしたのにー」

「全然変わってないように見えたけど」

「マジで言ってるんですか?ココ見てくださいよ!」


 私は自分の前髪を指さす。


「ワックスで固めたんですよ!清楚な感じにするために髪に少しだけ巻いたし!」

「細かい」

「女の子にとっては大事な事なんです!」


 先輩は分かってない。

 好きな人に少しでも良く見られたいっていう女心を。


「大事、ねぇ…誰か見せたい人でもいるの?」

「い、いません!からかわないでください!」

「ごめんごめん反応良いからからさ」


 私は恥ずかしくてそっぽを向く。

 こんな関係がずっと続く訳ではないと分かっていても思ってしまう。

 先輩が誰か他の人のと結ばれて幸せになるまででいい。


「私は子供じゃ…」


 無いんですよ。そう言いたかった。

 言おうとした。

 でも言葉を紡ごうとしたのに、目頭が熱くなる。


「え?!あ、大丈夫か?!」


 先輩は慌てた様子でポケットからハンカチを取り出して、私の涙を拭ってくれる。


「ごめんなさい」

「どうしたよスズハラ急に泣くなんてさ…ちょっと待ってろ」


 そう言って先輩は外に出てopenのドアに掛けてある看板をcloseに裏返す。


「良かった丁度お客さんいなくて」

「まだ閉店時間…」

「良いって。泣いてる人がいるのに店開けっぱなしにするほど冷たい店長じゃないって」


 また迷惑をかけてしまった。

 ズシリと罪悪感が積もる音がする。


「話してくれるか?」

「話しても私の事後輩だって思ってくれますか?」

「…当たり前だろ」


 その言葉さえ聞ければ大丈夫…だと思う。


「私…さっきも言ったんですけど、先輩の事が好きです。先輩がカフェを開くって言ったときは、会えるんだって思って嬉しくて」

「……」


 先輩は頷きながら真剣に聞いてくれる。


「でもこんな時間ってずっと続く訳無くて、先輩にいつか大切な人と結ばれたらこの気持ちは先輩にとって…迷惑なものになるから」


 ポタポタと止めどなく涙はテーブルに落ちて小さな水たまりを作る。


「ごめんスズハラ嘘ついた」

「え?」

「後輩としてお前をこれから見るの無理だわ」


 先輩は気をつかってそう言ったくれただけだ。

 やっぱりそうだよね。

 告白してくる奴を後輩としてまた見るのって話すのって気まずいよね。


「…そうですよね!確かに気まずいですよね」

「ん?違う違う!俺とお前の中で盛大なすれ違いが起きてる!」

「それ以外にどんな考えがあるんですか」

「何でこういう時だけ調子の良い事言わないんだよ!」

「勘違いとかしたら恥じゃないですか」

「…勘違いで良いよ」


 勘違いで良い?

 何を言っているのだろうか?


「急に私にとって都合の良い事言わないでください」

「ええ…俺結構勇気出したんだけど」


 先輩は困っているのか唸っている。


「言葉じゃ分かんない?」

「え、まぁはい。冗談にしか聞こえて無いですけども」

「…あっそ。お前が俺の事好きならやっても文句言うなよ。受け付けるつもり無いけど」

「何…」


 先輩の顔が近いすごい近い。

 何かやわらかいものが私の口に当たる感触がある。

 それが何か認識する前に離れて視界には耳まで赤くなっている先輩がいた。


「……」

「恥ず…おーい!スズハラ?」

「…ハッ!何でございますでしょうか?!」


 意識がどこかに数秒の間旅行していたらしい。


「で、どう?冗談じゃ無いって分かった」

「は、はい…」


 半分放心状態で私は頷いた。


「私初めて…」

「俺もだよ?!」

「嘘だ!卒業式の日告られてたじゃ無いですか!」

「断ったよ!」

「はぁ?」


 断った?

 すごい良い雰囲気だったのに?


「どうして?」

「タイプじゃなかった後は…夢より大事なものなんてないからって返した」


 即答。私がまるでそれを言うのが分かっていたと思われるくらい即答。


「じゃあ尚更私の事が…す、好きな理由が」

「覚えてるか?開店したばっかの頃」

「お客さん全然来なくて暗かった時ですか?」

「そうだけど、言い方」


 先輩がすごい落ち込んでいた時期。

 お客さんがあまり来なくて一時期赤字が続きお店を畳もうと思っていたのだ。

 私は諦めてほしく無くて、毎日のように来て説得していた。


「あれが無かったら俺今頃は店畳んで、会社員してたよ」

「あんなに叶えるために努力してた先輩に諦めて欲しくないんです」

「ありがと」


 先輩は優しく笑う。

 諦めなくて良かった先輩頑固だから1ヶ月くらい説得していたような気がする。


「良かったです。好きな理由と関係無いのでは?」

「ある。明るくて、俺の事ちゃんと見てくれてさ…こんな奴のために学校もあるはずなのに毎日通ってくれて必死に諦めないでくださいって。後輩だと思ってたのにこいつとずっと一緒にいれたらなって思ってさ」


 そんな都合の良い事あるのだろうか。

 夢を見てるのではないだろうか。


「スズハラ返事くれるか?」

「これは…夢ですか」

「夢じゃ無いって」

「好きでいて良いんですか」

「良いに決まってる」


 嬉しくて感情があふれてきて、私の目から大粒の涙が落ちていく。

 先輩はそれを笑いながら拭っていた。


「スズハラは泣き虫だな」

「先輩のせいですよ」

「俺のせい?じゃあ責任取るよ」


 先輩がまた私の口を塞ぐ。

 今度は何が起きたか理解出来る。

 コーヒーの香りがするが、不快感は無い。

 むしろ好きな香りな気がした。



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私はコーヒーが飲めない 赤猫 @akaneko3779

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