私はコーヒーが飲めない

赤猫

苦くて

 私はコーヒーが飲めない。

 苦くて美味しいと思えない。

 カフェオレならいけると思って飲んでみたのだが、お子様舌の私には飲めなかった。

 好きなフクムラ先輩が淹れてくれるコーヒー飲みたいのになぁ…。


「先輩は何でコーヒー飲めるんですか?」

「大人だから?」

「私が子供みたいじゃないですか」

「お前は子供だよ。早く注文言えよスズハラ冷やかしなら帰れよ」

「ひどい!可愛い後輩が来てるのにその言い方は無いのでは?」


 先輩は私の言葉に苦笑いをする。


「可愛い?騒がしいの間違いだろ」

「私大人しいよ!」

「大人しい奴は毎回週末に店来て騒いでないだろ」


 そう私は週末の2時に先輩が高校を卒業してから開店したカフェに通ってる。

 先輩とは家庭科部でお世話になっているのでこうしてお店の収益に貢献している訳で。


「分かりましたよ注文しますって…コーヒーと日替わりケーキで」

「飲めないのにまた頼むのかよ」

「今日は飲める気がする」

「それ何回目だよ。淹れるけどさ?砂糖とミルク多めに準備しとくよ」


 ここのカフェはネルドリップという方法で淹れているらしい。

 紙フィルターではなく布フィルターを使っていて、口当たりが滑らかになると教えてくれた。


「スズハラお前週末毎回ここに来るけどさ、他にやりたい事とか無いの?」

「部活は休日無いですからね」

「そうじゃなくてさ。友達と遊ぶとか彼氏いるならそいつと過ごすとか」

「ある訳無いですよ」


 先輩が好きだから他の人は目に入らない。

 これを本人言うのは恥ずかしくて言えないが。


「へぇー」

「聞いておいて興味無さそうに返すのやめてくださいよ。先輩はどうなんですか彼女さんはいないんですか?」

「いないよ。カフェやってるって言ったら大体の人が自分を優先してくれないんだって言うからさ」


 ため息を漏らして先輩は言う。


「そうなんですか」

「いないもんかね。一緒にお店やってくれる人は」

「私やりましょうか?」

「忙しい時に頼むわ」

「お給料めっちゃ良くしてくださいね」

「お前の頑張り次第でな」


 本当は給料なんていらない。

 先輩と一緒にいれる口実が欲しいだけ。


「ほれコーヒー」

「私一応客何ですけど」

「スズハラにかしこまるのはちょっと…」

「えー」


 私は目の前に置かれたコーヒーを見る。

 キレイなこげ茶で色を見るだけならいけそうと思う。

 匂いはコーヒー独特の苦い感じの匂いがする。

 でも嫌な匂いでは無い。


「今日はブラジルってやつにしてみたんだけど苦味と酸味が控えめな感じだったからスズハラでもいけると信じたい」

「大丈夫ですって」


 今日はブラック飲める気がする。

 私はゆっくりとカップに口を付けてコーヒーを口に流し込む。


「ゲホッ!ゴホッ!苦い!」

「あーあ。言わんこっちゃない。無理して飲むなよ。これもダメかー」


 呆れた様子で先輩はチョコレートケーキを置く。


「ほらケーキ食って口直ししとけ」

「はい…あ、でもコーヒーはちゃんと飲みます!自分で頼んだんで!」

「そこで真面目になるなって、俺の仕事は美味しい物を提供する事。美味しくないなら美味しくするのが俺のやる事だから」


 先輩は真面目だと思う。

 私がどれだけコーヒーを飲めなくても美味しい淹れ方とか、豆もわざわざ調べてくれたりしてくれている。

 最近は淹れ方の研究もしてるそう。


「ありがとうございます。ケーキ美味しいですね」

「良かったよ…はいこれ」


 甘い匂いがする。

 嗅ぎなれていて私が好きな飲み物であるココアだ。


「あのこれ」

「コーヒー俺飲むから良いよ」

「あ」


 先輩はそう言って私からコーヒーの入っているカップを取り上げる。


「少し苦いかもなスズハラは苦手かも」

「あ、ああ…」


 先輩は気にしていないかもしれないけど…私の口付けたところに先輩の口が…!

 いわゆる関節キスというやつだ。


「どうした?」

「な、なんでも無いです!」

「何だよ急に。本当に変な奴だな」

「変じゃないですぅー!先輩の馬鹿!」

「おいおい何だよ」


 こんな事言いたくないけど先輩が鈍感すぎて、私だけが意識しちゃってもやもやする。


「変って言ったの怒ってる?ごめんって」

「…違います」

「美味しくないコーヒーばっか出るから嫌になった?」

「…違いますよ。コーヒー飲めなくて申し訳無いくらいです」


 めんどくさいだなと思われていそうで怖い。

 先輩の前ではいい子で明るい後輩でいようって思ってたのに。


「もっと良い後輩でいようと思ったのに」

「お前は十分いい後輩だよ」


 先輩の優しさが痛いほど胸にしみる。

 泣きそうだ。


「こんなわがままな後輩が良い後輩な訳ないです」

「毎週飽きずに来て笑って先輩って呼んでくれる。俺は恵まれてるよ」


 先輩はカウンターから出てきて隣の席に座る。

 少しだけ離れようとしようとするが、肩を掴まれて固定される。


「あの…」

「逃げようとするから」

「逃げないので離してもらっても?!」


 降参だ。

 これ以上は心臓がもたない。


「何で怒ってたんだよ」

「コーヒー…」

「コーヒー?どうして…あ」


 先輩は気づいたのかどんどん顔が赤くなる。

 私もつられて顔が熱くなる。


「わ、悪い!嫌だったよな?!」

「嫌とかでは…」

「本当に嫌ならって言いから。お前優しいから言っちゃうんだよな」

「違います。私は…」


 もうこの際言ってしまおう。

 これで断られたらただの後輩に戻るだけだ。


「先輩の事好きなんですから。嫌な訳がありません」

「…likeの方?」

「ら、loveの方です」


 言っておいて何だが恥ずかしい。

 自然とうつむいてしまう。


「…良い先輩って難しいな」

「え?」


 顔を上げると困った顔をした先輩がいた。

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