第26話

 ――イベントが開始され、開場には大勢の人たちが入ってきた。


 順番に並ぶ人々は皆新作の小説を持っており、レイは一人一人丁寧に握手をしてからサインを書き本を返していく。


「こりゃ大変だ、何時まで掛かるか見当もつかないな」


「凄いよね、これだけの人が面白いと思うんだから」

「やっぱり本人に会って、握手したくなるんだよ」


「今のところ、バグの反応も無いな」


 シュウとリンは会場を見渡しながら話をし、バロウはレーダーをチェックしながらそれに答えていた。


 ――2時間程経過し、ようやく並んでいたお客の最後尾が見えてくる。


 最後まで丁寧に丁寧に握手とサインをしていくレイ。


「ふぅ、お疲れさまでした」

「ようやく捌ききれましたね、いやぁなかなか大変な人数でした」


 大きく息をつき、飲み物を飲んでいるレイにバロウが近づいていく。


「お疲れさまでした、本当に大変なイベントでしたね」

「最後まで特に異常は見られませんでした」


「そうですか、それは何よりです」


 会場に夕陽がさす頃、スタッフ達は片付けの作業に入っていた。


 3人は挨拶を済ませ、会場を出ようとしていた。


「何もなかったな、今日はここまでか?」


「何もないなら、それに越したことないよね」


「そうだな・・」


 シュウとリンは仕事が終わったような空気だったが、バロウは何か考え込んでいる。


「どうかしたのか?」


「監視カメラの映像は、結構暗くなった時間帯でな」

「もしなにかあるなら、もう少し張り込んでもいいかもしれないと思ってな」


「なるほどな、どうする?」


「取り敢えず一旦出て車で少し待機してみよう」


 シュウにバロウが返事をすると、3人は会場を出て車に戻る。


 車内で飲みかけだった飲み物を口にしながら、時間を潰していた。



「もっと、楽しい世界を作ろう・・・・」



 薄暗く、視界が悪くなってきたころ、突然レーダーが警告音を発した。


 シュウは倒していた座席を起こし、バロウはレーダーを確認する。


「来たな、バグの反応だ」

「結構な量だぞ、気を引き締めて行くぞ!」


「オッケー!」


 車を降りるとリンもキリっと表情を改め、バグの反応に向かって走り出す。


 先ほどイベントが行われた会場内で、無数のモヤがバキバキと物を壊す音が響いていた。


 その中で、うっとりとした表情をしながらブースターを掛けバグを生み出すレイの姿があった。


「あんた自身がバグを作ってたのか」


「レイさんやめて!体が壊れちゃうよ!」


 少し驚いたシュウとリンだったが、体制を整えグラスを起動し武器を構える。


 辺りには様々な物語に登場するようなモンスターや騎士の姿をしたバグが何匹も佇んでいる。


「君たちは昼間の・・・・」

「武器?そうか、君たちにはなにか力があるのだね」


「フッ!」


 レイの言葉を聞きながら、バロウが一体バグを粉々に砕いた。


「こういうのを始末するのが俺たちの仕事でね」

「抵抗するなら力ずくになる、それにそのグラスは体に毒だ今すぐ使用を中止しろ」


「力ずく・・いいでしょう」

「言ったでしょう?こんな世界つまらないんですよ」

「空想の物語でしか満足感を得られない、機械に埋もれた人間の果て」

「壊してしまいたい、壊れてしまいたい!」


 声を大にして叫ぶレイ、するとバグ達が一気に活発になり3人に向かう。


 唸り声を上げながら突進してくるモンスターをシュウとリンは一つ一つ斬っていく。


「ハハハッ!凄い!まるでアニメの主役の様だ!」


 息を荒げながら、レイはさらにバグを生み出していく。


「レイさん落ち着いて、それ以上は本当に体が持たない!」


 声を掛けながらバグを斬るリン、バロウとシュウも着実にバグを捌いてく。


「いいんですよ!こんな気持ちは初めてだ!」

「私は今戦っている!生きている!」

「目の前の景色が!色が!音が!今ここにあるすべてがリアルだ!」


 大きな声を出しながら歪んだ笑顔でレイは笑っていた。


 しかし徐々にに息が上がり汗が滴る、次第に出てくるバグも勢いがなくなってきていた。


「ふぅ、すげー量だったけどここまでだな」

「おいアンタ!これが現実だぜ!」


「ハッ!」


 シュウとリンが勢いよく駆け込み、最後のバグを切り裂いた。


 ブースターを壊す間もなく、レイはその場にぐったりと膝をついた。


「ハァ・・ハァ・・」

「フフ、フフハハハハ!」


 いきなり笑いだすレイに、シュウとリンは警戒する。


 しかしレイはどこか清々しい表情でこちらを見ていた。


「そうか・・そうか・・」

「現実とはこんなにも刺激的な物だったのだな」

「初めて、生きていてよかったと思ったよ・・」


 レイの顔を確認しながら、バロウがゆっくり歩いてきた。


「警察には連絡させてもらう」


「あぁそうだね、私は罪に問われるのだろうか?」


「器物損壊とブースターの使用だが、自首する形にすればそう大した罪じゃない」


「ハハ・・それはよかった、今とてつもなく創作意欲が湧いているんだ」

「早く次の作品が書きたくてね・・」


 そういってレイはリンとシュウをじっと見つめた。


「君たち・・名前はなんていうのかな?」


「リンです」


「シュウだ」


「リンに、シュウか」

「君達を次回作のモデルにしたい、時間はかかるだろうが読者として、待っていてくれないだろうか?」


 リンとシュウはきょとんとしながら顔を見合わせた。


「わかりました、楽しみに待っています」

「だから、また素敵な作品をこの世界に残してください」


 リンはレイの顔をみてニッコリとほほ笑んだ。


「ありがとう、そう言ってくれると、救われるよ」


 レイは疲れた笑顔でリンに応えた。


 ――しばらくして、警察車両が会場に到着した。


 自首という形で、レイは警官に連れられて行く。


 リンはその姿を眺めながらサインをもらった本を抱きしめていた。


「自分の作品その物が、現実逃避だったのかもな」


 ボソッと呟くシュウ。


「大丈夫、あんなに素敵なお話が書ける人だもん」

「いくらでもやり直せる、きっとこれから楽しい人生が待ってる」


「そうだな」


 そっと目を閉じるリンを見て、バロウは穏やかに返事をした。


「お前たちが主役の話も楽しみにしとかないとな!」


「そういわれると恥ずかしい・・」


「ぷっはは!」


 バロウの言葉にリンとシュウは思わず表情が緩む。


 笑顔で車に乗り込む3人、会場を後にしながらも楽しい話題は尽きることがなかった。

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