世界を彩る物語

第25話

 ――拠点にて、雑務をしているバロウを横目にシュウが中央のテーブル横に腰掛ける。


「何だリン、本読んでるのか?珍しいな」


「うん、最近気に入ってる小説」


「電子書籍じゃねーのな」


「本の方が、なんとなく好きなの」


 椅子に座り込み、リンは熱心に読書をしていた。


 シュウはグイッとリンが手に持つ本を覗き込んだ。


「レイ・スティーブン・・ねぇ、聞いたことある気もするな」


「結構有名だよ?最近色々ヒット作書いてる人」


「ふーん」


 そんな話をしていると、バロウがこちらを見ながら口を開いた。


「そのレイ・スティーブンって人の所から仕事の依頼が来てるぜ」


「ホント!?」


「あぁ、護衛をして欲しいんだと」


 そういってバロウは中央のテーブルに資料映像を映した。


「今度その人がサイン会するらしくてな」

「ただ、この間その会場にバグらしき影が目撃されてる」


「監視カメラに写ってたのか?」


「あぁ、元々アイドルとか色々なイベントで使われる会場なんだけどな」

「何回かそこでサイン会してて、その時に確認したそうだ」


 シュウの顔を見ながら、バロウが淡々と説明する。


「ま、なんだ、こんな状況だが普通の仕事もしないとな」


「そうだね、折角だから私もサイン欲しい」


 リンはワクワクした様子で本を抱えていた。


 ――翌日、3人は車に乗り込み依頼のあったサイン会会場に向けて出発した。


「俺は良くわかんねーけど、やっぱりこういうのは直筆がいいのかね?」


「そりゃそうだよ!本人に会ってその場でサイン貰うんだよ、凄いことだよ!」


 ぼやくシュウに口調が熱くなるリンだった。


 そのリンを見て、バロウはどこか安心したような表情を見せる。



 ――会場に到着すると、そこには沢山の人が今か今かと入口前に並んでいた。


「お~流石売れっ子作家、すげぇ人だな」


「握手会とサイン会を兼ねてるんだって!私も後で行こう」


「スタッフに確認してくるから、ちょっと待っててくれ」


 シュウとリンにそう言うと、バロウは会場スタッフに事情を説明する。


「おし、説明はしたから自由に中に入れるぞ」

「これを首にさげてくれってさ」


 バロウが2人に会場関係者用のネームプレートを手渡す。


 会場内に入ると中はまだ数人のスタッフしかおらず、開場に向けて黙々と準備が行われていた。


「開場まであと30分くらいあるな、一応本人に挨拶に行くか」


「行く!」


 リンは嬉しそうにバロウに笑いかけた。


 3人は会場内を進み、控室に到着した。


 ノックをし、中に入ると整った顔の綺麗な目をした男性がひっそりと座っていた。


「レイ・スティーブンさんですね。」

「我々は会場の警備を依頼されて来た者です、開場前に挨拶をと」


「そうでした、ご丁寧にどうも」

「私なんかのイベントにわざわざ申し訳ないですね」

「最近アイドルのイベントとかで色々物騒な事が起きてるらしくて」


「そのようですね、我々が全力で警備に当たりますので」


 男性はゆっくりとバロウに頭を下げた。


「あ、あの!イベントが無事に終わったら私にもサイン頂けませんか!?」


 緊張した様子のリン、声が若干裏返っている。


「フフ、可愛い警備員さんですね」

「サイン位いくらでも差し上げますよ」


 そういってレイはゆらっと手を差し出した。


 リンはとっさに持ってきた本を出す。


「これは、結構昔の作品ですね」

「異世界ファンタジー、一時期流行ったのでのっかってみたら結構売れてね」


 クスっと笑顔で話しながら、慣れた手つきでさらっとサインを書くレイ。


 サインを書き込んだ本をリンに手渡す。


「ありがとうございます!宝物にします!」


「そんな大袈裟な、大したものじゃないですよ」


「こんなに面白い作品が書けるんだから、それだけで凄いですよ!」

「どうやって考えるんだろうって、いつも気になってるんです」


 嬉しそうに話をするリン。


「どうやって考えるか・・かぁ」


 天井を見上げ、どこか儚い顔をするレイ。


「きっかけは、この世界が嫌になった事でしたねぇ」


「え?」


 意外な答えに、リンは驚きを隠せないでいた。


「いや、大した話では無いんですけどね」

「元々私はその辺の会社員だったんですよ」

「でもホラ、今はこんな時代でしょう?」


 ぼんやりした目で、レイは話を続ける。


「なんでも機械化なんでもデジタル、人生を見失う人も多い」

「私もその一人でした、段々自分なんていらないんじゃないかって」

「この世界がつまらなくなってしまったんですよ」


 レイが俯いた視線の先に、今回のイベントの目玉作品が一冊置かれていた。


「それでね、物語を書こうと思ったんです」

「この世界がつまらないなら、自分の手で楽しい世界を作ろう」

「そう思ったんですよ」


 レイは3人に向けてニコッと笑った。


「ふーん、それでこんだけ売れる面白い作品が出来るんだもんなぁ。」


「うんうん!やっぱりすごいよ!」


「フフ、ありがとう」


 シュウとリンの反応をみて、レイは嬉しそうにしていた。


「そろそろ時間ですね、我々は警備につきます」

「何かあれば直ぐに呼んでください」


「はい、よろしくお願いしますね」

「では、私は行ってきます」


 バロウが確認すると、レイは小さくお辞儀をして部屋を出ていった。

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