第二章 誓いの継承
第二章 誓いの継承(1)
1
大陸には、地母神ネイを奉じる民が暮らしている。
浅黒い肌に黒曜石のごとき瞳と髪をもつ人々は、自分たちを〈
約四百年前、冬でも凍らない港を求めて南下してきた北の民が上陸し、この地の平和は破られた。〈
人と異なるすがたをもつ生きもの――
数百年が過ぎ、幾度か戦乱はあったものの、二つの民族は交じり合い、言葉も、人の血と信仰も雑ざっていった。
話は、数日さかのぼる。
フォルクメレとの共存をえらんだネルダエ部族のひとつ、〈
「アゲイト。親父どのがお呼びだ」
倉庫の前に鍋や刃物をならべて市に持っていく物を選んでいた少年は、部族の男に声をかけられた。首をかしげると、雑に切った前髪が右目にかかる。
「
「早く行けよ」
男はくいと顎を振り、自分の仕事に戻っていった。アゲイトは迷った。〈マオールブルク〉へ出かけることは前もって報告している。休みも貰っているが、親方の命令は絶対だ。
アゲイトは道具えらびを中断し、
ラダトィイ族の集落はアイホルム大公領の西端、〈中央山脈〉にある。カロン(曲がり流れる)川の上流、深い緑の森に囲まれた谷のなかだ。鋼を鋳造する炉をすえた
アゲイトの父は
アゲイトは、建物の東南――炭焼きや見習いの職人がつかう入り口から、中へ入った。
明け方
アゲイトは炉を迂回して近づき、父の前に片膝をついた。
「お呼びですか、
アゲイトの父フェルテジル(「資格を与えられた者」の意)は、引き締まった体をもつ
「アイホルム大公家の
「はい」
「悪いが、日延べしてくれないか。
アゲイトははっと息を呑んで顔をあげ、父を
ネルダエは長子相続だ。フェルテジルは、ほんらい
鋼つくりは過酷な労働だ。炉にあけた穴から熔けた鉄の色をみて作業工程を決める親方は、炎の熱によって片目の視力をうしなうさだめにある。ネイ神は五体満足な者しか王として認めないので、完全に失明する前に次の王をたてなければならない。アゲイトはフェルテジルの一人息子であり、次の王に定められていた。
アゲイトは膝の上で拳を握り、父の左右の瞳をみくらべた。
「早いのではありませんか? 父上」
フェルテジルは、己の人生を受け入れた者が浮かべる穏やかな微笑みとともに応えた。
「まだ仕事は続けられるが、お前の修業をはじめる前に、挨拶に行く。一緒に来なさい」
アゲイトは、(あとでクレアに謝らないといけないな)と思いながら頭をさげた。
*
ネルダエの
アゲイトとフェルテジルは、数人の長老たちとともに村を発ち、カロン川沿いの道を進んだ。三日分の水と食糧を積んだ
カロン川は〈中央山脈〉を南から北へ、その名の通り曲がりくねって流れている。ラダトィイ族の集落の北にそびえるモールラー(大きな尾根)を迂回すると、川幅はひろがり湿原へと姿をかえる。
アゲイトが
「
フェルテジルが朝食の干し肉をかじりながら日焼けした腕をのばし、南西を指した。口髭の端をもちあげ、微かに笑う。
「歴代の
そういうと、フェルテジルは荷を小さくまとめ、
「歩くのですか?」
「道がある。私の通ったあとをついて来い」
少年は、母方の伯父のさしだすトネリコの杖を手にとった。
「気をつけて行けよ」
「ここで待っているからな」
大叔父(祖父の弟)にも励まされ、アゲイトは浅瀬に足を踏みいれた。
~第二章(2)へ~
(注*)
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