23話 悪夢の後の朝食は

暗闇の中に、幼い私―アレックス―はいた。

まるで黒いペンキ缶の中に、放りこまれたような漆黒。

何も見えず、聞こえず、感じない空間に取り残されている。

なぜこんな所に、私はいるのか。

お父様とお母様、姉さまはどうしているのか。

たった一人、何もわからないまま……


「みんな、どこにいるの? 一人は嫌だよぉ……」


誰かが私に気づくのを期待しながら呟くのは、もう何度目だろうか。

零れ落ちる涙を、誰も拭いはしない。

どれほど歩いても、どれほど眠っても、世界は変わらない。


無知で孤独で、怖がりだったあの時の私は、ある時、心の底からこう願った。


「もう消えてしまいたい……」


『それはいけない、幼き娘よ。お前は……』



 ゆっくりと目を開けると、部屋のカーテンが風に揺れているのが見えた。そこから日光がちらちらと顔に当たって、思わず顔をしかめてしまう。

 起き上がりカーテンを開けると、そこから見えるのはのどかな風景。街中で朝市ををやっていて、老若男女の声が部屋に聞こえてくる。中には親子連れもいるのか、子供の可愛らしく幸せそうな声も聞こえてきた。


 正直、今の私が一番聞きたくないものだった。普段だったら、楽しそうな親子連れなんて、微笑ましい光景だと思える。

 けれど『今朝の夢』のせいで、『あの日』をより鮮明に思い出してしまった。

 親子連れの優しくて温かな日々に、過去の自分を重ねてしまうの……


「本当に良い朝ね……」


 嘘つき。そんなこと思ってもないくせに。

 心の中で皮肉を呟きながら、私は身支度を整えるために洗面台へと向かった。



「それで今日はどうするの? ハワード」

「それについては、朝食を食べ終わってからでもいいかな? なんていったって、なんだからさ」

「まぁ、言えているわね」


 ホテル内のレストランで、私たちは打ち合わせも兼ねて、朝食を取っているところだ。

 それにしても、この国の朝食は洗練されているわね。『イギリスの朝食を一日に三回食べたい』なんて言われているのも頷ける。

 だって、美食の国イタリア育ちの私の舌を、この朝食は唸らせたんだもの。それ以外の食事は、っていう感じだったけれど……

 でも素敵な朝食のおかげで、今朝の夢のことは少し忘れられることができそう。


 そうこうしているうちに、互いの皿が空となった。食器が片付けられると、ハワードは口を開く。


「ちょっと見せたいものがあってね。きっと、君も驚くはずだよ」


 見せられたのは、何枚かの写真だった。それを受け取ってよく見ると、昨日行った洞窟内の写真だということがわかる。

 地面に置かれた光るガラス玉の写真、壁面に映し出された映像、そして一番最後の写真は私を大いに驚かせるものだった。


 

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