15話 答え合わせ

「嘘だろ君、あれだけ時間があったのに、暗号が少しもわからなかったのかい? 」

「少しは考えたし、憐れむような顔をするのやめてくれないかしら?? 私は馬鹿じゃないけれど、あなたみたいに天才肌でもないの。私は戦闘担当で、あなたは解読解析担当。適材適所よ!」

「だっていくら君が脳筋だからって、少しくらいはわかるだr いえなんでもありません暗号について解説させてください」

「よろしい」


つま先でハワードのすねを狙おうとすると、

彼はすぐに冷や汗をかいて早口で弁明した。さっきのことがあるから、すぐに蹴らないでおいたけど。それだけでもありがたく思いなさいよね。

 歩きにくい岩礁地帯から階段を上り、広々とした草原へと二人で戻る。歩きながら進捗を聞いてみると、なんと彼は暗号についてほぼ解けたらしい。

 さすがねと褒めようとしたけれど、さっきまた私をからかってきたから、誉め言葉は暫くお預けにしようと決めた。


「じゃあ、暗号文について一緒に整理してみようか」


 観光客用のベンチに座ると、彼は暗号文が大きく書かれたiPadを取り出した。私は隣に座って、覗き込むようにそれを見てみる。


『赤き竜の生誕の地へ向かえ

その軌跡を辿り、鍵を集めよ

王の勝利と復活

死を滅ぼす矛

羊飼いが鍵を持つ。

潮騒に耳を傾け、光は失われる

そして、真実は映し出される』


「僕は最初こう考えた。『王の勝利と復活』の王とは、アーサー王のことで、『死を滅ぼす矛』という遺物が、この場所に隠されているんじゃないかってね。君はどうだい?」

「えぇ、私もあなたと同じことを考えていたわ。でも、アーサー王伝説にそんな矛は登場しないし、あちこち探しまわったけれど、それが隠されていそうな、怪しげな場所はなかった……」


 城でなにかヒントが見つかるかと思ったけれど、どこへ行ってもそれらしいものはなかった。

 それに、アーサー王伝説について少し調べてみたけれど、この文章に関わるような伝承はなかったし。あら? じゃあもしかして……


「もしかして、『王』はアーサー王のことではないし、『矛』も伝説に関係ないってこと? 」

「そうだ。赤き竜はアーサー王であり、その生誕の地ティンタジェルを指し示している。そのせいで、それ以降の文章もアーサー王に関係があると思いこんでしまった。

僕らは無理やり伝説に結びつけようとしたせいで、まんまと暗号の罠にはまってしまったのさ」


 私はそれを聞いて合点がいき、それと同時にふとなにか引っかかった。

 アーサー王伝説に関係ないなら、伝説に関係するティンタジェルや赤き竜について、わざわざ書かなければいいじゃない。

 なのに書いているということは?


「『赤き竜の生誕の地』と書いてある以上、やっぱりここに手がかりがあるということよね? 

じゃあ3つ目以降の文章は、手がかりそのものじゃなくて、何か別のもの…… そう! 場所とかを示しているんじゃない?」

「その通り!じゃあ、早速その場所に行ってみようか」


 その場所を突き止めたという彼は、そこへ案内すると言って立ち上がった。

 話を聞けば、どうやらすぐ近くにあるみたい。謎解きの答え合わせの時間がもうすぐだということに、私は胸の高鳴りが抑えられないのを感じた。

 そこに向かいながら、彼は続きを話していく。


「場所を示すこの2つのキーワードは、実は同じシンボルを表す別称なんだ。さぁアレックス、もうすぐ答えが聞こえるはずだよ」

「答えが『聞こえる』……?」


 驚いたのもつかの間、段々と聞こえてきたのは『歌声』だった。美しい歌声が何層にも重なり合い、重厚なハーモニーを作り上げている。

『O what peace we often forfeit,』(何と平静さを失うことか)

『O what needless pain we bear,』(何と不要な痛みを抱くか)

 聞き覚えのある歌詞に、木漏れ日のような暖かな曲の雰囲気。幼いころの思い出が、母様と一緒に歌った記憶が呼び覚まされるこの歌……


「これは賛美歌312番『いつくしみ深き』ね。じゃあもしかして」

「2つのキーワード、『王の勝利と復活』『死を滅ぼす矛』は、神の受難の象徴であり、神が死から蘇った復活の象徴でもある。

そう、これらは全て『十字架』の別称なんだ。そして、それが飾られている場所がここ、『聖マテリアナ教会』だよ」


 城跡と同じような石造りの建物の周りには、大理石でできた数々のお墓が建てられている。裏手の広々とした庭で、教会の合唱団が賛美歌の練習をしているようだった。

 観光客はほとんどおらず、静かで小さな教会がぽつんとここに建っている。墓地が広がっているにもかかわらず、不思議と陰鬱な印象は抱かなかった。


「確かに教会には、十字架が必ずあるわ。でもティンタジェルには、他にも教会があるはず。どうしてここだと断定できるの?」 

「そう聞くと思ったよ。でもこれを見れば、君もここで違いないと思うはずさ。建物の形を見てごらん?」


 彼はまたバッグからiPadを取り出すと、地図アプリを開き、聖マテリアナ教会を上から見た地図を見せてくれた。

 どういうことか、早くに理由を知りたくてiPadを横取って見てみると、あっと思わず驚き声を上げてしまう。


「この教会、『十字架』の形をしているわ! 

『十字架』のある教会であり、その建物の形も『十字架』を象っている。2つのキーワードは、これを表しているということなのね! じゃあ5つ目の文章『羊飼い』は、もしかして『牧師』?」


 キリスト教・プロテスタントの教職者だから、この教会には必ずいるはず。それに『牧師』の語源は、ラテン語で『羊飼い』を意味するもの。

 ということは、この教会の牧師が手がかりを握る人物だということになる。その考えを説明すると、彼は微笑を浮かべて言った。


「その通り。後半ほとんど自分で考えられたじゃないか! うん、やはり君は素晴らしいね」


 予想外の誉め言葉に、一瞬動揺して固まってしまう。

 いつもなら、ここで「やっとわかったのかい?」とか言ってからかったりして、すぐにほめるようなことをしないのに……

 心の中の動揺や驚きをかき消して、すぐに平静を装う。


「当然よ。あなた私を誰だと思っているの? さぁ、その人に聞きに行きましょう」

「はいはい、今行きますよ」


 私は顔を隠すようにそっぽを向くと、先に教会へと駆けだした。

 今になって嬉しさで顔が真っ赤になってしまう、そんな情けない、私らしくない様子を彼に見られたくなくて。

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