14話 油断大敵

「ふぅ……これで、片付いたかしら」


 最後の一匹を始末し終えると、私は槍をしまった。遺物を顕現した時と同じように、手首のスナップを効かせて一振りすれば、ただの警棒に元通り。どういう仕組みなのか、わかっていないけれど、なんとも不思議な力だこと。

 ふいに、両腕と肩に鋭い痛みが走る。思わず顔をしかめて、腕を抑えた。

 草原から岩礁地帯に向かい、魔物との戦闘と、さすがに遺物を使いすぎたかもしれないわね。遺物を使えば使うほど、使用者の体に負担がたまってしまうから。


 時間を確認しようと、腕時計を見る。戦闘時に壊れたのか、時計のガラスの盤面は砕けていた。その破片に、ちらりと映ったのは『緑色の影』


「っ!?」

「しねぇええぇぇええぇえええ!!!」


 岩陰からもう一匹、傷だらけのインプが私に向かって飛び掛かってきた。虎視眈々と、私が油断するのを待っていたというの?!

 遺物を発動させようとするけど、インプとの距離が近すぎて、発動が間に合わない。人間の武器は、奴らに効くことはない。

 眼前に奴の爪が迫る。反射的に腕で顔を覆ったその時、


「あぎゃっ!?」


 黄金に輝く光弾が、インプの顔面を半壊させる。醜い断末魔をあげながら、奴は塵となって消えた。

 魔物を倒せたということは、遺物を誰かが使ったということ。そしてその誰かを、私は知っている。

 太陽の装飾が施された、黄金の拳銃。遠く離れた場所にある、私が下りてきた階段に、それを構えて立っていたのは……


「ハワード!」

「はぁ……はぁ……」


 急いで彼の元へ戻る。彼は息も絶え絶えといった様子で、汗だくになりながら立っていた。いつも振る舞いに気を付けている、彼らしくない出で立ちに、思わず動揺してしまう。


「ハワード、あなた大丈夫?」

「……電話」

「え?」

「電話に全然でないし、連絡もしてこないし……」


 そんなまさかと思って、バッグの中を確認してみる。確かにスマホには、彼からのメッセージや着信履歴が十何件もあった。

 時間を見てみれば、私がちょうど岩礁地帯に向かっている時だった。走るのに無我夢中で、着信音に気がつかなかったのね。


「ねぇ、君の強さを疑っているわけじゃないし、不安に思っているわけでもない。だけどアレックス、さっきの君はあまりに油断しすぎだ! 

君がどれだけ強かろうと、人間いつ死ぬかわからないんだ! 人生なにが起きるかわからないんだよ!! 君が襲われかけてるのを見て、僕が、僕がどれだけ……」


 ハワードは私の両肩に手を置くと、そう叫んだ。声は震えて時折上ずり、指が食い込むほど、力いっぱい私の両肩を握りしめている。何よりいつも涼しい顔をした彼らしくない、そんな泣きそうな顔をされたら、罪悪感で胸がしめつけられてしまう。

 彼がここまで冷静さを欠くのは、何年もの付き合いだけど初めて見る。戦闘能力に自信はあるけれど、さっきは疲れもあって油断していた。知能も能力も低いインプだからと、侮りすぎた。

 これは、完全に私のミス。彼にここまで迷惑かけて、心配させるなんて、相棒として失格ね。


「あなたの言う通りよ、返す言葉もないわ。さっきは油断してしまったし、あなたに沢山心配をかけてしまった……ごめんなさい」

「それから、助けてくれてありがとう」


 嘘偽りない謝罪と感謝の気持ちを口にすると、彼は少し落ち着いたのか、私の両肩から手を離した。

 まだ何か言いたそうにしたげだったけど、はぁと大きなため息をついて、手で頭を抑える。


「まったく……殺神部隊にいる以上、危険な目に合うのは承知の上だけど、さっきみたいな油断や、この僕をこれほど心配させるような行為は、もうやめてくれよ。いいね?」

「えぇ、誓うわ。これからもよろしくね、相棒さん」


 私がそう言うと、彼はふっと優し気に笑った。

 殺神部隊である以上、いつも危険と隣り合わせ。いつどこで、誰が死んでもおかしくないし、実際にもう何人も犠牲になっている。

 相棒を失った隊員は、目も当てられないほど悲惨だ。もぬけの殻のようになって、性格ががらりと変わってしまう。もし自分たちが、そうなってしまったら、考えるだけでも恐ろしいわ。

 だから例え『神の遺物』を用いたとしても、彼は死なせない。私も死なない。二人で生き残ってみせる。

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