11話 女は駆ける
草花をなぎ倒して、女は走り去る。人から離れるように、巻き込まないように。
その速さは、人間のそれではなかった。彼女の姿を捉えた者が、幻覚だと思うほどに。
女は駆ける、駆けていく。石で造られた階段を乗り越え、手すりを飛び越え、人がいない方に。
女を追いかけるナニカは、人ではない。一般人を巻き込んでしまえば、彼らは死ぬだろう。
あぁっ! 本当に鬱陶しい奴ら!!
久々に本気を出して、大地を駆ける。1秒でだいたい20m、時速約60kmというスピードで突き進んでいく。
こうでもしなければ、何も関係の無い人たちを巻き込んでしまう!
ハワードとの集合時間まで残り15分くらい、私が手がかりを探していた時だった。
首筋に走る、誰かの殺意のこもった視線。これは私の直観に近いけれど、今まで外れたことがない。長年の戦闘経験のおかげかもね。視線の方向を向けば、ニタニタと笑う化け物共が、宙に浮いて私を見ていた。
その瞬間、私は足に力を込めて走り出した。
走りながら振り向けば、私を追う化け物の姿が視界に入った。蝙蝠のような翼に小柄な体躯、緑色の皮膚に、鋭い牙と赤い目。
奴らの名は、「インプ」
知能が低いけれど、その数の多さとしつこさ、悪質な体臭は、かなりキツイものがある。楽園の使者が、「召喚系」の遺物を使った証拠ね。こんな観光地で、何も知らない人たちがいるというのに……
奴らのような魔物は一般人には見えないけれど、彼らにダメージを与えることはできる。だから、なるべく人気のない場所へ誘導して、戦闘に人を巻き込まないようにしないと!
坂を下って、階段を下って、どんどん北に向かえば、そのまま海辺に出ることができるはず。ハワードのように、一瞬で物事を覚えるような才能はないから不安だけど、そこならば肌寒い今、人が集まることはないと信じたい。
失速しないまま、「危険・立ち入り禁止」と書いてある看板を無視して進む。
すると私の予想していた通り、海辺にでることができた。上から海へと繋がる階段を飛び越えて、あっという間に最下層につく。
そこは、ビーチのような浜辺ではなく、岩がむき出しとなった、岩礁地帯だった。普通の人なら、ここで戦うには足場が悪すぎるでしょうね。
でも私には関係ない。
「で、どうするのかしら? 降参するなら今しかないけど?」
私に追いついたインプ共は、翼を使って空を飛んでいる。全部で20匹くらいかしら。私は投降するように促す。情報収集のためであって、決して慈悲をくれてやっているわけではない。
「こうさん、こうさんんんん???」「するわけない、するわけない!」
「おまえ、ばか、よわい、しぬ!!!!」
「うえから、さしころそう!」「とびながら、にくをえぐろう!!」
奴らは、実に愉快そうに、心の底から面白そうに、程度の低い罵倒を、私に浴びせた。
きっと、自分たちは飛び回れるから、私を殺すなんて余裕だと思っているのね。
この私を、嘲笑うなんて……
「ひき肉になる準備はよろしくて?」
腰に巻いたホルスターから、黒い警棒を取りだした。手首のスナップを利かせれば、遠心力で長さが伸びる。
本当になんてことの無い、ただの警棒よ。見た目はね。
なんの変哲もない、ただの黒い棒を取り出す私を見て、奴らは再び嘲笑した。
強がっていると、最期のあがきだと、自分たちよりも弱いと、決めつけている。
このウジ虫共は、どれだけ私の神経を、逆なですればいいのかしら。
「この私に喧嘩を売ったこと、後悔させてあげる。無様に許しを請いながら、死になさい」
こうして私は、警棒に、『私の遺物』に力を込めて握りしめた。
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