10話 指し示す場所
暗号文を整理してみよう。
僕は休憩用のベンチに腰掛けて、あの手紙を思い起こす。
一度か二度見れば、覚えられるから、なんなく文面が頭に浮かんだ。
『赤き竜の生誕の地へ向かえ
その軌跡を辿り、鍵を集めよ
王の勝利と復活
死を滅ぼす矛
羊飼いが鍵を持つ。
潮騒に耳を傾け、光は失われる
そして、真実は映し出される』
イギリスの赤き竜といえば、ウェールズの国旗にあるあの竜のことだ。そしてその竜は、ブリテンの守護者であり、アーサー王を表しているとされている。
2文目は、『アーサー王に関係のある場所を見て回って、何かを集めろ』という意味だと思う。とはいっても、候補地は山のようにあるけれどね。
まずは、『赤き竜の生誕の地』という言葉通り、彼が生まれたとされる、ティンタジェルに来たのはいいものの……
「こまったな……」
思わず苦笑いをして、大きくため息を吐いてしまう。
あちこち調べ回ったけれど、何も手がかりらしいものが見つからない。
それに、2文目以降の意味がわからない。『王の勝利と復活』は、彼が蘇るまで眠るとされる伝説の島、アヴァロンのことかもしれない。ならなぜティンタジェルに行かせる? この場所には、何もないのか?
『死を滅ぼす矛』や『羊飼いが持つ鍵』はサッパリだ。アーサー王に、そんな矛や羊飼いは登場しないし、それを暗喩しているような、人物や物もない。
『潮騒』は、おそらくこのティンタジェルの海で、『光は失われる』と『真実は映し出される』は、夜になったら、何か起きるということなのだろうか?
ベンチの背もたれによりかかり、思い切り背伸びをする。こうすることで複雑になった脳内を、明瞭にすることができるからだ。
上空に広がる雲一つない青空が眩しい。曇りがちなティンタジェルで、これほどの晴天は奇跡と言えるだろう。
いつもであれば、その青空に見とれていたかもしれないけれど、今はそんな気分になれないな。
アレックスは、どうしているだろうか……
そろそろ、待ち合わせの13時になるから、一旦謎解きは諦めて彼女に合流しようかと、ベンチを立ったその時だった。
O what ○○ we often ○○feit,(何と○○を○○ことか)
O what n○ss pain we ○○,(何と○○○痛みを○○か)
どこからか、歌が聞こえる。1人じゃない、大勢の歌声だ。けれど、歌詞がよく聞き取れない。
歌声は、この丘の下から聞こえる。急いで階段を駆け下りて、歌が響く方へ足を動かした。
目の前に広がっていたのは……
スマートフォンで現在位置を特定し、『この建物』のことを調べる。
衛星写真、上空からの画像が示したのは……
「そうか! 『王の勝利と復活』と『死を滅ぼす矛』は、同じ場所を表していたのか!!」
そしてその場所とは、ここだ。聞こえた歌に、この建物……
ならば『羊飼い』は、『彼』を示しているに違いない。
急いでアレックスに連絡をしよう。暗号が解けた興奮と悦びが、抑えられない。
電話を耳にあてて、3コール。仕事に関して、かなり真面目な彼女だから、4コール目が鳴ることはまずない。
彼女は、どんな顔をするだろうか。悔しがる? それとも驚いて、素直に褒めるだろうか。
ここで僕のすねを犠牲に、彼女をからかえば、また面白い反応を見られるかもしれないな。
けれど……
「おかけになった電話は、現在、電波の届かない場所にあるか、電源が切れて……」
電話に出たのは、彼女の声ではなく、無機質な機械音声だった。
よっぽどのことがなければ、彼女が『電話を切る』なんてこと、するはずがない。
それに、ティンタジェルは田舎だけれど、電波が届かないほどではない。事前に調べておいたから、間違いないはずだ。
スマートフォンで、僕ら殺神部隊に着けられているGPSを追跡すると、ここからそう遠くない場所に、彼女はいた。
せきを切るように、そこに向かって走り出す。整備されていない道だから、走りにくい。肺と心臓が、締め付けられるように痛い。
「間に合ってくれ……」
絞りだすように、祈りを声を出した。何に対して祈っているのか、わからないけれど、これだけはわかる。
彼女は今、危険な状況にいる可能性が高い。
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