7話 赤き竜

「はぁ。全然終わらないわね。続きは明日にする?」


 ハワードに話かけたけど、返事はなかった。

 彼はずっと、本棚の本を調べている。

 凄い集中力で、それらの本を速読して、その内容を記憶しているの。

 本当に、頭の構造どうなっているのかしら?


 もう一時間は経つけれど、手がかりの『手の字』も見つからないわ。

 気づけば、月明りが書斎を照らしている。

 私はため息をついて、机の周りをもう一度調べてみることにした。


 机の上には筆記用具や、アリシアが置いた「流刑の神々」があった。

 横にある棚は、3つの引き出しがある。

 中には、レポートの資料やメモが入っていた。

 それらを読んでみたけれど、大学職員への伝言や、生徒への評価シートで、事件とは関係なさそう。


「何度読んでも、調べても、何も出てこないわ……」


 朝からの電車移動にここでの調査、さすがに体力も、集中力も切れそう。

 心が少し折れそうになったときだった。


「あら? この引き出しって……」


 もう一度、棚の方を見てみる。

 上から下にかけて、引き出しの容量が、大きくなっているタイプのものだった。

 その一番下、一番大きい引き出しに、少し違和感を感じたの。


 この引き出し、容量の割に底が浅いわね。


 もしやと思って、底板を軽く押してみる。

 すると、ガコンという音とともに、底板が傾いて外れた。

 やっぱり! 二重底だったのね!!


「ハワード! こっちに来て!!」


 周りの環境が一切わからないほど、集中しているハワードを、大声で呼びつける。

 一瞬びくりと背中が跳ねて、驚いた様子で、私に気づいた。


「どうしたんだい? うわ、もう外が暗くなってる……」

「あれから一時間以上は経っているわ。それより見て!」

「これは……」


 底板が外れると、引き出しの中に、一枚の便せんが見えた。

 黄土色の便せん、そこには「デクスター・ワイズ」というサインが書いてあった。


「教授直筆の手紙みたいだね」

「でしょう? 褒めてくれても良くってよ?」

「ははは、すごいすごい。ごふっっっっっ」


 思いっきり棒読みだったので、ハワードの横腹に、肘鉄を食らわせてあげた。

 まぁ、私優しいから? 本気でやらなかったけれど。

 お腹を押さえて、うずくまるハワードは放っておいて、私は便せんの封を切った。

 紙を破る音がする度に、教授が残した秘密に近づいていると思うと、少し緊張してしまう。


「よし、全部切れたわ。ハワード、今から中身を見るわよ」

「待った、僕も一緒に見るよ」


 いつの間にか復活したハワードと、恐る恐る便せんの中から、中身を取り出した。

 てっきり、古文書や地図が出てくると思ったけれど、中に入っていたのは、普通の手紙だったわ。

 しかも、たった一枚しかない。

 たった一枚の紙切れに、彼は一体、何を残したのかしら?

 折りたたまれた、紙を開いていくと……


「なにこれ、何語なの? アルファベットと、見たことがない文字が使われているわ」

「これは『古英語』だよ。イギリスで5世紀から11世紀まで使われた、今の英語のご先祖様ってことさ。まぁ、僕は読めるけどね」


 困った様子の私を見ながら、自慢げに彼はそう答えた。

 私だって、多くの言語を習得しているけれど、さすがに古代言語は専門外よ!

 むかつくけれど、今は彼の知識に頼るしかないわ。

 ハワードは、じっと紙を見つめると、リアルタイムで古英語から英語に翻訳して、それを読み上げた。


『赤き竜の生誕の地へ向かえ

その軌跡を辿り、鍵を集めよ

王の勝利と復活

死を滅ぼす矛

羊飼いが鍵を持つ。

潮騒に耳を傾け、光は失われる

そして、真実は映し出される』


 読み終えると、ハワードは食い入るように紙を見つめながら、


「アレックス、『赤き竜の生誕の地』次に僕らが行くべき場所が、わかったよ」


 と呟いた。

 紙から顔を上げると、満面の笑みを浮かべ、目を輝かせながら、私の方を見た。

 私は驚きのあまり、言葉を失ってしまう。

 だって、信じられないでしょう? たった1回読んだだけで、彼は場所を特定したというの?

 混乱する私を置いて、彼は興奮が押さえられない様子で、続けた。


「赤き竜の生誕の地、これは、ティンタジェルだ」

「ティンタジェルって確か……」


 聞いたことがある。確か、このコーンウォール地方にある、海沿いの町よね。

 そして、あの場所で有名なものといえば……!


「赤き竜、それは、ウェールズの国旗にもあるあの竜であり、その化身である『ある王』を指すんだ」


「今回関わってくるのは、最も有名な王の伝説、『アーサー王伝説』だよ」

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