2話 相棒は性格に難ありのようで

「これはまた、随分と派手にやったんだね。アレックス?」


 カランとドアベルが鳴る。新手かと思わず身構えてしまったけれど、その必要はなさそうね。

 金髪のゆるいカールに、スカイブルーの瞳、なにより、このイラッとする言い方をする男は、私の知り合いで一人しかいないわ。


「ハワード、あなた今までどこに行っていたの?」

「こんばんは、僕にも一杯いただけますか?」


 ハワードは、床でのびている男共や壊れた椅子の残骸を、軽やかによけながら、カウンターの前に立った。

 マスターが慌てたように、急いでエールを注いでいる。


「ちなみに、さっきの質問だけど」


 並々と注がれたエールをごくりと一口飲むと、ハワードが口を開いた。


「君が『ちょっと、汚い手で触らないでくれる?』って、叫んだところから外で見てた」

「……はい?」


 ぎろりと、隣のハワードを睨んでしまう。その顔を見て、店主はビクッと震え上がってしまったけれど、この金髪お馬鹿は、相変わらずニコニコしていた。


「信じられない! 自分の相棒が絡まれているのに、何もしなかったっていうの?!」

「いやぁ、面白いことになっていたからね、つい録画してしまったよ~。あっだ!?!?」

「決めた、今からあなたを殴るわ。ボコボコにね」

「もう殴ってますよ?! 殴るというより、僕のすねを蹴りましたよね!?」

「ごめんなさい、思わず足が出てしまったの。ちなみに、反省も後悔もしていないわ」

「して!! 今ので僕のすね、折れたと思うんだけど!?」


 いや本当に、思わず蹴ってしまったけれど私悪くないと思う。

 私の機嫌と肖像権を侵害したこと、万死に値するわ。本気じゃないだけありがたく思いなさい。

 ハワードは仕方ないといった様子で、渋々とスマホからデータを削除した。

 こうしてデータの削除と、半べそをかいたマスターの懇願によって、休戦協定はここに結ばれたのだった。


「ホントに助かったよ。あいつらには困ってたんだ……にしてもお嬢さん、随分と強いんだなぁ」

「ふふ、お役に立てたようで良かったです」

「ところでな……お前さんたち、一体何者なんだ?」


 代金を支払うと、マスターが私たちに尋ねてきた。

 確かに、彼の疑問は最もだわ。目の前で5人の暴漢が、一瞬で私に倒されたのだから。

 かといって、私たちの正体を明かすわけにもいかず、答えに困ってしまう。もし素性がばれたら、どうなるかわからない。この店も、彼も。

 結局、彼の問いに答えることができないまま。私たちは店を後にした。


 鈴が付いた扉を閉めるとき、彼がスマホを急いで手にしたのが目に留まる。恐らく……


「すぐに、ここを離れたほうがいい。多分だけど、あの人警察を呼んでいるから」

「そうね……」


 彼は私に感謝をしてくれたけど、未知の存在を心から信頼できるほど、根っからのお人よしでもないらしい。

 当たり前ね、それが人間という生き物だもの。自分の安全安心が一番重要だわ。


 時刻は午前12時を回り、人通りが少なくなっていた。春の真夜中のロンドンは、予想以上に冷え込んでいる。

 コート着てくればよかったと、今更後悔してももう遅いわね。

 思わず、ジーンズのポケットに手を入れて温めた。吐いた息が白くなる。生まれ故郷のイタリアとは大違い。


「寒いのかい?」


 ちゃっかり厚手のコートを着たハワードが、私に問いかける。この人はイギリス・ロンドン育ちだから、気候の変動を予測できたようね。

 自分のミスがこの人にばれるのも恥ずかしいし、無視を決め込むと、彼は突然自分のコートを脱ぎ捨てた。


「これ着なよ。見ているこっちが、寒くなるからさ」

「ちょっと、あなたはどうする気なの?」

「僕は、ここが生まれ故郷だからね。この程度の寒さには慣れているのさ」


 そう言うやいなや、彼は先に進んでしまった。

 慌てて追いかけて、ブラウンのコートを返そうとするけど、「君が着なよ」と、突っぱねられてしまう。

 あの人、寒がりのくせに……なんだか、悪いことをしたような気がするわね。

 普段は、人をおちょくったり馬鹿にしたりするくせに……調子狂うわ。

 ほんとに……


「ほんとに性格で、損してるわよね。あなた」

「ねぇ、なんで今悪口言われたの? 僕の優しさ、無駄にする気???」

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