第1-3話 『大桐秋夜』

 入学して直ぐ、同じ学科の二人とつるむようになった。太田翔おおたしょう一宮大成いちみやたいせいと言う。同じ学科と言う点以外、接点がない。

 翔は知性の塊ような顔つきをしていて、見るからに頭が良さそうだ。黒渕メガネもそれを強調する為の小道具のように光る。

 大成は名前の通りに「大きく成った」が持ちネタの背の高い男だった。背ばかりが無駄に大きく、ちょっとゲスいところがある。見た目も性格も、俺達に共通点なんてなかった。

 しかし、大学の交遊関係に置いて『同じ学科』というものは成程、とても大事な縁だった。


「あっ、芳樹、アイツ。知ってる?」

「うん?」


 講義が始まる前、大成が指を指した方向に目をやると、その指の先には大層綺麗な顔をした短髪美人がいた。


「何、」


 気の無いふりをしてその意図を訊く。大成は「女だと思う? 男だと思う?」なんてにやにやと続けた。ちょっと感じが悪い。こいつ、ほんと、こういうところがある。

 そんな大成には眉をしかめて、直ぐにその人へ視線を戻した。

 中講義室のこの部屋で、その人の周りだけ人が居ない。皆、遠巻きにその人を見ていた。話しかけたいけどかけていいものか、と皆、躊躇しているんだろう。わかる。その人を取り巻く空気だけ、何だか別世界のようだった。端正な顔ってのは、この人の事を言うのかと思った。まるで人形みたいだ。服装こそパンツスタイルではあったものの、それが逆に良い。ほんと、性別不明だ。それ故に、皆、声をかけられないのかもしれない。


「あー………、おとこ」


 それでもやっぱ、男だろう。胸無いし。背も小さくて華奢だけど。大成も「アイツ」って言ってたし。


「ちぇ、なんだ。つまんねぇの」


 大成の台詞から、それが正解であると分かる。隣で翔が笑った。トレードマークの黒淵メガネをずらして、涙を拭いている。


大桐秋夜おおぎりしゅうやクンって言うらしいよ。大成、女だと思って声かけたら、見事撃沈よ」

「うっせぇ。いや、俺、シューヤ君ならイケるかも。そっちの道に目覚めてもいいかもしれん」

「『男かよッ!』ってあんなに大声で言っといて?もう、絶対口きいてくれないぜ」


 尚も可笑しそうに笑う翔。いつの間にそんな愉快なことがあったんだ?俺とこの二人の時間割はほぼほぼ同じだった。一緒に組んだから。


「昨日の夕方よ。めっちゃホットなニュース。お前、早々に帰ってたろ?」

「あー。なるほど」


 俺の疑問を察した翔が教えてくれた。ほんと、こいつ、気の回る奴だ。ちょっとだけ、そんなところが下の兄ちゃんに似ていた。

 昨日、俺は早速バイトの面接を受けてきたのだ。四年間の自由を貰えたと言え、与えられるまま全てのものを甘受するのは良くない。バイトして、得たお金を少しは家計にキャッシュバックしたい。…いや、自分の小遣いくらい稼ぐつもりで。

 雑談を続けていると鐘が鳴り、講義が始まる。頬杖をついて、少し離れた手前に座る彼ー大桐クンーを眺めた。

 艶やかな黒い髪。小さい顔。伏し目がちの睫毛が長くて、少しだけ妖艶な感じもする。彼の周りだけ、やはり誰も座っていなかった。ポツリ、という表現が似合うのに、それがその孤高の空気ゆえかと思うと何か神聖な感じがした。不可侵。ーーきっと、誰もがそんな幻想を抱いていた。


(………いや、でも、人間だし)


 寂しかったり、するんじゃねぇの?

 そんな世話焼き思考回路を後押しするように、グループワークの為、四人一組で班を作るように指示があった。よっしゃ、と心の中でガッツポーズする。急いで立ち上がり、彼の横に座った。


「な、一緒に組まない? 俺ら三人で、丁度一人足りないんだよね」



「…………いいけど」


 突然の襲撃にも関わらず、彼は静かに視線だけをやって、小さく呟いた。その顔立ちからつい女の声を想像してしまっていたが、想像よりも低いその声は確かに男の声だった。


(えっ、感じわっるッ…!)


 いくら美人でも、それは良くない。

 俺の急な席替えに続いて、大成と翔が後からやってきた。


「やあ、また会ったね。シューヤ君。運命感じちゃうね?」

「…………何処かで会いましたっけ?」

「ッぶ、ははは! 忘れられてやんのっ!」


 キメ顔で固まった大成に、翔が腹を抱えて笑った。


(…あ、なんだ。これはこれでちょっと、面白いかもしれない)


 前言撤回してみよう。感じが悪いわけではない。このクールさが、彼の“味”なのだ。

 俺も笑えば、「お前ら、煩い」と教壇から注意を受ける。「こいつがすんませーん」と大成。やっとフリーズが解凍したらしい。それにしても、感じが悪いのはやっぱりこいつの方だ。

 それから、いつ見ても一人で居た秋夜に、見付ける度に声をかけて、いつの間にか『四人でいるのが当たり前』になった。

 この春から一人暮らしを始めた奴らも多く、この三人もそうだったが、俺はわりと直ぐにそれ以外の奴らとも打ち解け、気が付けば、同じ学科の殆どが知り合いみたいになった。


「………なぁ、お前らとよく一緒に居るさ、あの可愛い子なんだけど………。やっぱ、誰かの彼女?」


 そんな風に訊かれることは一度や二度ではなかった。友人の友人、と言う風に知った顔は増えていき、この話題は尽きない。その度、内心、にんまりと笑う。しかし決まって、外見は何気無い顔をして、「ああ」と気の無い風を演じる。


「俺の彼女」

「っ…! やっぱお前の彼女だったかーっ! いいな! あんな美人!」

「だろだろ?」


 気分がいい。俺はすっかりその味をしめていた。

 まぁ、俺が好きなのは別の奴なんだけどね。










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