第1-2話 これまでの一年。これから、また一年。

 秋夜しゅうやのアパートに集まって、皆で時間割を組んでいた。

 それは、スマホの機能の中の電卓を真剣に叩きながら単位の計算をしなければいけない。単位の計算を間違えれば、卒業に差し障る。兎に角、とても懐かしい緊張感だった。

 もう入学してから一年も経ったのか……。

 なんて、ふと干渉に浸る。


「もうあれから一年経ったんだなぁー」


 同じことを考えていたようで。しょうがそんなに懐かしむような色も携えずに、ただ、感想のように述べた。

 黒淵メガネの向こうには、やっぱり哀愁のようなものは見受けられなかった。


「色々あったなぁー…」


 俺もそれに乗っかって、ただ感想のように呟きたかったのに。いざ言葉にすると本当に色々あり過ぎて、つい、感情が乗ってしまった。

 同性への初めての恋だとか、失恋だとか、ピエロとして一肌脱いだりだとか。その恋の終焉を無事に見届けたかと思ったら、まさかの俺が男に口説かれたりとか。

 『自由』の象徴のような梨木先輩との出会い。極度のブラコンのめいとの出会い。

 それから、大成たいせいとのキスーーーーー………。


「ンッ、ごっほッ……!」

「? どうしたの、芳樹よしき? 顔が赤いけど…」

「ははーん? まさか、俺とのやらしいこと考えてたんだな」

「ちがわい!」


 大成と俺のやりとりに、「あーはいはい」みたいな空気が流れるのが通常になってしまった。秋夜はなんとも顔に出ないが、翔はやれやれと言うような顔をして、余計に俺を不快にさせる。


「あ、俺、一般教養に心理学取りたい」


 翔の表情について指摘するのも面白くないので、話を逸らすーーーと言うか、本来の目的である時間割りを組む作業に軌道を修正した。

 翔がどれどれとカリキュラムを読んで、「あー、月曜の二限なー、」と歯切れ悪く言う。


「オレ、月曜は昼からにしたいんだよね。日曜に深夜バイト考えててさ。だから悪いけどオレ、パス」

「………ごめん。おれも、このまま『哲学Ⅱ』取りたいから。心理学も取ると、単位、余分になっちゃうからやめておく」


 翔と秋夜の二人に断られ、まぁ一人の講義があっても面白いかも知んないなと思っていると、隣から「しゃーないな!」と張り切った声がかかる。


「俺も取ってやるよ!」

「お呼びでねぇーよ!」

「またまたぁ! 照れちゃって!」


 そんな軽口を叩きながら、大成は自身のカリキュラム表に載る「心理学」の文字をでかでかと丸で囲った。


「照れてねぇって…」


 大学の講義の選択は自由だ。

 だから必要以上に拒絶するものでもなく、大成も取りたいなら勝手に取ればいいとは思う。……やっぱ、知ってる奴がいると試験前は助かるし……。


「じゃ、オレ、秋夜と一緒に『哲学Ⅱ』取ろうかなー。木曜三限だし。哲学って、面白い?」

「…………おれはすきかも」


「へぇ」とだけ言って、翔は木曜三限の『哲学Ⅱ』の文字を丸で囲む。大丈夫かな、こいつ。然して感心があるようには見えない。多分、少しでも楽に単位を貰いたい為に足並みを揃えているのだろう。翔は本当に、器用に生きている。

 それからは、やっぱり皆、大体同じような時間割りに決まり、皆で電卓を叩きあって単位の計算に間違いがないか再三確認しあった。

 さて。

 大学二回生。

 二十歳の誕生日があることも、楽しみだった。

 これからの一年に、想いを馳せる。


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