第1-3話 誰、あいつ。

 誰だアイツ、と。

 俺が思ったのだから、隣に居た秋夜は尚のこと思っただろうと思う。

 構内に徐に置いてあるベンチ付近の自販機前で、かなえちゃんと、見たことの無い男が話している。

 叶ちゃんは珍しく、なんだか警戒心を剥き出しにした顔をしていた。かと思えば、急に親しげに笑ったりした。


「…………誰だろ、」

「…………さぁ」


 秋夜のいつもの感情に富まない声音が、この時ばかりはわざとそうしているように聞こえた。

「行ってみようぜ」このままじゃ、何と無く良くない気がしたし、俺も気になった。秋夜は「邪魔するのは悪いよ」と進まない様子だったが、俺がその手を引いた。


「よっ! 叶ちゃんっ! おっはよー!」

「芳樹! シューヤッ……!」


 びくっと体を震わせた叶ちゃんは、俺を見てほっとした顔を浮かべた後、その後ろにいる秋夜の存在に気が付いて、気まずげに笑った。


(…………なんだろ、)


 ちらり、と探るように相手の顔を見ると、目が合った。その男は、不機嫌を隠しもしない顔で「なんだコイツら」とこちらを睨んできた。


「人と人が話してる時に割って入るなってガキの時に教わらなかったのかよ、ガキ」

「もー! だからっ、そういう言い方するりょうく…………安達あだち先生の方が子供なんだよ、ガキ」


 キッとそのアダチ教諭センセイを睨む叶ちゃんの雰囲気からは、殺伐としたものは感じ取れず、寧ろより一層、親しみの雰囲気を感じ取ってしまった。………本当に誰?こんな素行の悪そうな教諭、居ただろうか……。


「おいこら、今お前、オレに対して失礼なこと思ったろ」

「………あんた、誰?」

「ッチ。今時のガキんちょは大人にまともな口もきけなくなったのかよ」


 その舌打ちを咎めて、先程よりも少しだけ本気で怒る叶ちゃんだったが、二人の距離は触れそうなくらいに近い。でも、触れない。微妙な距離。

 それはなんだか、『友達以上、恋人未満』という距離にぴったり当てはまるようなーーーーー…いやいや、最近男同士の恋愛に触れ過ぎたせいで思考回路がおかしいな。流石に、そんなに沢山、同性愛者に会うことも無いだろう。

 旧友とか?……腐れ縁?久し振りに再会した、幼馴染。

 そこら辺が正解かなと当たりをつけていると、


「それで、今の叶の彼氏って誰? まさか、お前?」


 そんな、ことを……。

 俺は目を見張って、そいつの顔を改めて見た。無愛想な顔。鋭い目。薄い唇が、挑発的な曲線を作っている。無精髭はない。綺麗な顔立ちだが、美人と言うわけではない。荒々しい、野性的な雰囲気を感じ取る。獰猛な、肉食獣のようだ。それを、人間の皮で隠し、コーティングする。昔はやんちゃだった、と言われたら納得する。

 煙草の匂いを纏う、大人。多分、叶ちゃんより年上。

 低い声で、叶ちゃんの『今の彼氏』は誰かと訊く。

 これは……………。


「おれですけど」


 気持ちいつもよりは声を張り、俺の前にぐいと、その華奢な体が現れた。

 男は呆気に取られたように目を丸め、それから、ぶはっと吹き出し、腹を抱えて笑い出した。


「何、お前、男だったのかよ! すんげぇ女顔ッ…! 何、叶。お前、オトコの趣味変わったわけ?」

「おれに何か不足でも?」


 何かを言い出そうとした叶ちゃんよりも、胸を張った秋夜の言葉の方が先に出た。

 おお……こんなに自信満々な秋夜、初めて見るぞ……と、俺は場違いにも少し感心してしまった。自信満々って言っても、表情はいつもと変わらない無表情である。


「はーん? 不足しかねぇけど? 何その自信? そんなひょろっこい身体からだで、叶のこと満足させてあげられてるのかよ?」

「………っ、身体は、まだ、だけど……」


 そこでまた、そいつはゲラゲラと笑い出した。俺は不愉快に眉を寄せた。秋夜は、太ももの横で拳を作り、下を向く。チッ、と口から舌打ちが漏れる。勿論、俺の口からである。


「亮介ッ! いい加減にしろっ!」


 ドンッと、叶ちゃんの両腕がそのリョースケのでかい体を押した。……ことよりも。

 叶ちゃんの口から、「リョースケ」と言う名前が飛び出してきたことに。

 俺と……恐らく、秋夜も。何か凄く、重暗い沼に足を取られて沈んでいくような気持ちになった。





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