<獣人からの警告>
女王スヴェトラーナの公開処刑を明後日にひかえた、その夜おそく。
ザマリエ夫婦は、ため息をつきながら、会話をしていた。
幼いフィアルキは当然ながら、もうベッドの中だ。
「この町は、どうなってしまうんだろうね」
「わたしたちは、この町に住まない方がいいのかも……」
スヴェトラーナ処刑の布告は、ザマリエ夫婦を暗澹たる気持ちにさせていた。
ザマリエが親しくしてきた獣人たちはみな、どこかに消えてしまい、そして彼らの尊敬をあつめている女王スヴェトラーナが、処刑されるというのだ。
「はい、あなた」
「ああ」
ザマリエが、妻の淹れてくれた、温かいギメ茶を一口、口に含む。
濃い紫色のギメ茶は、本来、その柔らかな香りと味が、心を落ち着けてくれる。
しかし、今夜のギメ茶は、苦かった。
「ふう……」
二人はうつむいて、自分たちの、この町での行く末に不安を感じていた。
「フィアルキの、今後のことを考えるとなあ……」
そのとき、
トントン
いつかの晩のように、扉が静かにノックされた。
ザマリエと、妻は、はっと顔を上げた。
「はい……どなたですか?」
「ザマリエさん、わたしです」
「ああ!」
ザマリエは、急いで扉を開けた。
「ダブローさん!」
「しっ、静かに」
「あれから、どうされてたんですか。心配してましたよ」
「ありがとう、ザマリエさん。わたしは安全な場所で、妻と、子どもと過ごしていますよ」
「ああ、それはよかった」
ほっとするザマリエ。
ダブローは、そんなザマリエに、真剣な顔で言った。
「今日は、あなたに、どうしてもお伝えしなければならないことがあって、来ました」
「えっ?」
ザマリエがいぶかしむと、もう一人の獣人が、扉の向こうに顔をみせた。
「ああっ!」
ザマリエは驚いて、思わず、また声を上げてしまった。
「ニシェスチェさんではないですか!」
ニシェスチェは、にこりとうなずく。
ニシェスチェには、もう、あの忌まわしい奴隷印がないのが見てとれた。
「ああ、ニシェスチェ、あなたも無事だったんですね、よかった、よかった。でも……どうして?」
「ザマリエさん」
ニシェスチェも、厳しい顔で言った。
「わたしたちの言うことをきいてください」
そして、ザマリエの手を取った。
しっかりと、ザマリエの手をつつみこんだ。
甲に獣毛が生えたその手は、温かだった。
そして、言った。
「ザマリエさん、明日中に、ご家族を連れて、この町を離れてください」
「ええっ? いきなり……どうしてですか?」
「明後日……女王スヴェトラーナさまの公開処刑が、布告されているのはご存じですね」
「え……ええ……なんと言えばいいのか、わたしには……」
「大丈夫です。あなたの優しい心根は、わたしたちは十分存じ上げていますから、わたしたちは、あなたにはとても感謝しているのです」
「いや、そんなことは……」
「ザマリエさん、明後日、この町の中にいてはいけません。できるだけ、町から離れたところにいていただきたいのです」
「それはいったい……?」
「明後日、一日だけでけっこうです。明後日だけは、絶対に、この町の中にいないでください。お願いです」
「わたしからも、お願いします」
ダブローも、深々と頭を下げた。
「あなたの、大切な人をみな連れて、ヴィスィエーを離れてください」
いったい何が起こるのか。
ザマリエは、妻と顔をみあわせた。
しかし、ザマリエは、獣人の友を信頼していた。
この二人が、これほど真剣に言うからには、きっと何かたいへんなことが起きるのだ。
そのたいへんなことから、フィアルキだけは守らなければ。
ザマリエは、妻とうなずいた。
そして、言った。
「わかりました。ダブローさん、ニシェスチェさん。お二人の仰ることに、我が家は従います」
それを聞いて、二人は、ほっとした顔で微笑んだ。
この夜、獣人が訪れ、明後日、けっして町にはいないようにとの警告をうけた家族が、いくつかあった。その数は、ヴィスィエーの住人のほんのわずか——たった十軒にも満たなかったが、話を聞いた家族はみな、警告に従って、ひっそりと町を離れたのだった。
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