<五人委員会の密談>

 ヴィスィエー五人委員会。

 この町を動かす、最高決定機関である。

 現在の五人委員会は、行政の長である市長ゼミニヤー、治安担当の警察長官ナシリエ、商工会頭の豪商ジャードニス、ヴィスィエー最高位の貴族であるアレクサンドル、そしてパリャード教会ヴィスィエー支部の神官長チェムノターが、その構成員だ。

 スヴェトラーナ公開処刑の布告前日、五人委員会の会合が行われていた。


「ナシリエ、いったいどういうことだね?」


 ジャードニスが、厳しい口調で詰問した。


「クジマ殺害の犯人はいつになったら見つかるのかね」

「それは……」


 ナシリエは小さくなって、口ごもる。


「ただいま、鋭意捜査中ですが……ただ、ひとこと言わせていただければ、クジマ殿は、まだ亡くなってはおられません」

「何を言ってるんだ! あんなバラバラになって、たしかに目と舌はまだ動いているが、あれは死んだも同じだろう、いや、死ぬよりなお悪いぞあれは!」

「はあ……」

「他にも、リツミエリから奴隷を購入した商人仲間が、何人もやられておる。みな、クジマのように塩にされて、奴隷は行方不明だ」

「そうだ、商人だけではないぞ」


 と、口を挟んだのは、貴族アレクサンドルである。


「貴族も、同様だ。最近リツミエリから奴隷を仕入れた貴族たちばかりが……」

「現在、われわれの総力を上げて、手がかりを追っています……しかし」


 と、ナシリエ。


「情報は錯綜しておりまして」

「どんな情報だ? わかっていることだけでも、ここで聞かせてもらおうか」

「まず、獣人女王の娘が関わっているという話が」

「あの小娘なら、スヴェトラーナを捕らえた仕事の褒美に、奴隷印を押して傭兵にくれてやったのではなかったか?」

「そうです……ところが、その傭兵カルも行方不明で」

「むう……その傭兵が、くだらない喧嘩でもして死んだのかも知れぬな、それで娘が逃げ出したのか」

「その可能性はありえますが」

「まあ、たとえ獣人女王の娘とはいえ、あんな小娘になにかできるとは思えんがな。ほかには?」

「は、はい……実は」


 ナシリエは、額に汗を浮かべながら


「実は、王都から、秘密調査官が潜入しているという情報があります」

「なんだとっ!」

「それはまずいではないか!」

「それを先に言えっ」


 出席者から大声が出る。


「王都の、しかるべき筋から、わたしのところに秘密に連絡があったのです。なんでも、ルキウスという、獣人びいきの武人らしいのですが……」

「むう……よりによって、獣人びいきとは、頭がおかしいのか? めんどうだな」

「そいつの仕業なのか? しかし、クジマの、あの死にざまをみると、その男、ひょっとして魔導師でもあるのだろうか……」

「ルキウスは剣に優れるそうですが、魔導師とは聞いておりませぬ」

「あのような魔法は聞いたこともないが。どうですかチェムノター師」


 チェムノターも首をひねる。


「わたしも寡聞にして、そのような業を知らない。あるいは、任務遂行のために、王国から、秘蔵の魔道具を渡されているのかも知れぬな」

「しかし……」


 と貴族アレクサンドルが疑問を呈する。


「秘密捜査官たる者が、そんな、あからさまに目立つ動きをするとも思えないが……」

「いずれにせよ、面倒なことになる前に、その男、始末すべきではないか?」

「はい、ルキウスに関しては、部下がその行方を追っています」

「頼むぞ」

「……それから」


 ナシリエは、神官長チェムノターを、またちらりと見て


「邪神ハーオスのしもべなる者が出没しているという噂も」

「はあ? なんだそれは」

「邪神のしもべを名乗るものなど、この町には掃いて捨てるほどいるぞ。そういえば、あの傭兵もそんなことをうそぶいていたな」

「ですね。これは、どこから出てきたのかもわからない噂ですので、われわれも、さほど重要ではないと考えております」


 全員が、邪神に関する意見を求めてチェムノターを見た。

 神官長チェムノターは、落ち着いた声で答えた。


「邪神のしもべなどという者が、偉大なるパリャード様のしろしめす、この現世に存在するはずもない。まして、邪神の力を借りるなどという業が、ひとである身に、できようはずがないのです。まあ、そのように名乗る者がいたとしても、それは、ただの、はったりでしょうね」

「チェムノター師」


 と、貴族アレクサンドルが心配そうに言った。


「あなたが連れてきた、あのリツミエリという男。あの男の奴隷印は、大丈夫でしょうな? あとになって、めんどうなことにはならないと保証できますか?」


 チェムノターの顔に、ちらっと不快そうな色が浮かんだが、すぐに消えて、


「ご心配なく。あれは正当な奴隷印ですよ。ただ解除できないだけですから。わたしが確認しました」

「そうか……それにしても、あれは確かに画期的だ。その通りなら、こんな素晴らしいものはない。これがあれば、永久に、卑しき者の反乱など起きない」


 アレクサンドルは、醜く笑った。


「みなさん」


 と、最後に市長ゼミニヤーが呼びかけ、話をとりまとめた。


「懸念すべきことはいくつかありますが、全体として計画は順調に進行しています。スヴェトラーナもわれわれの手の内にありますし、ここはひとつ、安全のため、処刑を早めましょう」


 みなはうなずいた。


「そうだな。すべてが終わってしまえば、調査官の報告など、いくらでもごまかせるだろう」

「その調査官も、けっきょく王都にはもどらないかもしれないし、な」


 貴族アレクサンドルは、そういって、含み笑いをした。


「では、処刑の日を早急に布告しましょう」


 女王スヴェトラーナの処刑予告が、翌日布告されることに決まり、五人委員会の会合は終わる。

 終わりがけに、富豪ジャードニスが、神官長チェムノターに話しかけた。


「チェムノター師、ところであの天秤は何が起こったのですか?」


 チェムノターは、ジャードニスの目をじっと見て、


「吉兆ですよ」


 そう答えた。


「吉兆?」

「そうです。われわれの計画が成功し、世界が純化されることを、パリャードさまが言祝ことほいでおられるのだと、わたしは考えています」

「ふむ……そうなのですか?」

「はい、これはパリャードさまの御心にかなうことですからね。事態がすすめば、天秤はさらに動きますよ、必ず」


 神官長チェムノターは、自信に満ちた口調で断言した。

 ジャードニスも、神の権威チェムノターの言葉に、そういうものか、と、納得したのだった。



 その頃。

 警察庁地下深くの牢獄に囚われている、獣人女王スヴェトラーナ。

 両腕を高くかかげたまま、頑丈な鎖で牢の壁に結びつけられ、身動きもできず。

 その身には、裂けかけた薄絹をまとうのみで、がっくりと頭を垂れている。

 美しいその顔には、さすがに憔悴の色が濃い。

 それでも、その双眸は、強い意志の光を失ってはいない。

 スヴェトラーナの中にある、獣人族としての誇り、その女王としての矜恃は、けっして折れたりしない。

 ただ、女王は、虐げられた獣人同胞と、娘イリーナの安否が、わが身よりも気がかりでならなかった。

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