中央広場の高札

 ヴィスィエーの街の中央にある広場。

 背後に、人の手によるものとは思われない巨大な天秤をひかえ、その隣にはパリャード教会の壮麗な伽藍がそびえる。教会の反対側には、執政官の庁舎が堂々たる威容を見せている。ヴィスィエー商工会の建物も見える。

 まさにヴィスィエーの中枢部である。

 その広場に、高札が立てられた。

 高々と掲げられたそれには、ヴィスィエーの最高決定機関、五人委員会の名によって発せられた、布告が記されていた。

 布告には、こうあった。


「本日より三日後、中央広場にて、獣人女王スヴェトラーナの公開処刑を行う」と。


 当市の獣人族による、王権への謀反のたくらみが発覚し、獣人女王はすでに捕縛された。

 ヴィスィエーにおける獣人の権利と財産はすべて剥奪され、治安上の問題で、状況が落ち着くまで市内の獣人は全員ヴィスィエー五人委員会管理下の奴隷とする。

 獣人女王は、反乱を企てたその罪赦しがたく、公開にて焚刑に処するものである——。


「なるほど、こういうことか……」


 布告を、騒ぎ立てる人混みのうしろから読んで、ネクトーがつぶやいた。


「くそっ!」


 そのよこで、わたしは、ぎりっと歯を噛む。

 ここで行われていることは、本質的に王命に反している。

 王に従う者として、けっして認められない事案だ。

 しかし——これはやっかいだ。

 わたしの目の前で、大がかりな陰謀がまさに進行中というほかない。

 これは明らかに、ヴィスィエーの支配層がどっぷりと絡んだ、獣人支配のためのたくらみだ。

 何の理由もなく自由市民としての獣人を奴隷に落とすことは、王国ではみとめられない。

 だが、王国の秩序にたいする反乱鎮圧ということであれば、たしかに、名目にはなる。

 おそらく偽の証拠がいくつもでっちあげられ、そして、奴隷化された獣人が、指示された通りの自白を行い、王都には、事後に、嘘で固めた報告が行くだろう。

 そして、いったん獣人を、リツミエリの魔法印で奴隷に落としてしまえば、もはや解除はできない。

 秘密調査官であるわたしが、今から、事態を訴えるために王都にもどっても、三日後では間に合わない。

 王都が動いたときには、女王はとっくに処刑されてしまっているだろう。

 それでは取り返しがつかない。


 こんなことが、許されてはならない!


 わたしの中では、怒りが煮えたぎっていた。

 だが、わたしはその感情を、必死で押さえ込んだ。

 わたしたち同様、中央広場に集まって、布告を読んでいる、おおぜいのヴィスィエーの住人たち。老若男女、職業もさまざま。

 その中に、わたしのこの怒りを共有するものは、一人も居ない。

 この布告に疑問を呈する者など、いないのだ。

 それどころか、


「いやー、ついにやってくれましたね」


 とうれしそうに言う者。


「あんな連中が、好き勝手に街をうろついているかと思うと、ゾッとしますからねえ」


 身なりのよい男が、上品そうな口調でいうが、なかみは腐っている。


「獣人には、魂はないのだから、動物に等しいのです。人族に使役されるために、神が造られたのです」


 などと、したり顔で言うものもいる。


「なるほど」


 うなずく、周りのものたち。


「久しぶりに、焚刑の炎が見られますなあ」

「でも、獣人たちも、これでみのほどを思い知るでしょう。獣人の奉じる女王が、みせしめに公開処刑されればね」

「ところで、女王は、たいへんな美人だと言うぞ」

「おお! それは、楽しみですね」

「これは何を置いても見逃すわけにはいきませんねえ」


 卑しい笑いを浮かべる連中。


 こっ、こいつらは!


「おい、ルキウス、行くぞ」


 爆発寸前のわたしの様子を見て、これはまずいと思ったのだろう。

 ネクトーがわたしの背を押した。


「おれたちは、やるべきことをやろう」

「うぐっ……そうだな! ああ、くそっ」


 そして、わたしたちは、その場を離れていったのだ。

 この陰謀をうちくだくために、なにをすればいいのか、考えながら。

 たとえそれが、この町の、うわべの秩序を破壊することになったとしても。

 こんな偽りの秩序が認められるくらいなら、邪神ハーオスのもたらす混沌のほうが、よほどましではないのか?

 王国の武人として、けっして考えてはいけない、そんな思いが、わたしの中に浮かぶのだった。

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