第4章 フェルデンさんに筋肉という心の盾を!

第29話 いいえ、上心です。

 数日後のホームルーム


「さて、もうすぐ体育祭だな。出場種目をそろそろ決めていくぞー」


 ササッちが教壇に立ち俺らに言った。


 そう、もうすぐ体育祭、俺の祭だぁ! と、いつもなら張り切るんだが、何でかなー。最近、無駄に疲れるんだよなー。この間も理不尽に転がされたし。


みやびさん、体育祭って何ですか?」


 ササッちが黒板に書いていく種目をぼーっと見ていたら、フェルデンが振り向いた。


「魔界のー、スクールってやつには、体育祭はなかったのか?」


「行事は色々ありましたが、運動系はなかったです。体育と、付くんですから、運動系の行事ですよね?」


「そうだな。あー、何て言ったらいいかなー……」


 俺としては、筋肉と筋肉のぶつかり合い。と言いたいが、それじゃ伝わるわけないだろうし。


「んー、あ、あれだ! 色々な運動種目で戦って順位を競う! 行事だ!」


「順位を決めるのは、好みませんが。色々な種目で戦うというのは、燃えますねっ」


「フェルデンでも燃えたりすんのな」


「しますっ、ワクワクですっ」


「……」



『だから、たくさん優しくしていただいた分、お返しを。……ううん、いただいた分より何倍も優しさやありがとうを返すって決めたんですっ』



 あの日から、フェルデンは今までより一層、何事も全力で取り組むようになった。


 もらった分よりたくさんの感謝を返し、たくさんの思い出を作る。


 心残りなく、魔界に帰れるように……。


 ……俺は? 大丈夫なのか? 鉄仮面の中にあるであろう可愛い顔を、卒業するまでに見て、振り向かせる。そして、心残りなく、魔界へ帰るのを見送、る?


 ……いや。帰しちゃダメだろ。


 振り向かせ、尚且つ、まだやっぱりここにいたいと、下界にいたいと思わせなきゃダメだろ。


 心残りはありません、でも、私は雅さんと一緒にいたいんです、って!


 その時が今じゃないか!? 運動神経、だけはいい俺の見せ場なんて、限られている。のに! 今まさに! 絶好のチャンスじゃないか!?


「うおぉー! 燃えてきたぜー!」


「はいっ、燃えてきました!」


「頑張ろうな! フェルデン!」


「はいっ、頑張りましょう!」


 フェルデンとハイタッチした。

 あれ? やっと青春ぽくね?


「というわけで、雅さん。種目の内容を教えてくれませんか?」


「任せとけ!」








 数分後。


「…………」


 フェルデンファイヤー鎮火。

 フェルデンはがっくりと肩を落としていた。


 俺はササっちが黒板に書いていく種目を、順に説明していった。

 で、最終種目の全校リレーの説明をしたら、こうなった。


「ど、どうしたよ、フェルデン」


「……全校リレー」


「あ、ああ」


「どうしても、全校生徒が参加しないとダメなんですか……?」


「そう、だな。体調が悪かったり、怪我とかしてなければ」


「足が遅いから、不参加というのは……」


「ダメだな」


「……はぁ」


 フェルデンは小さくため息を吐いた。


「……フェルデン、足が遅いのか?」


「はい……」


「だーい丈夫だって! リールッ」


 ムキゴリがフェルデンの小さな肩を抱いた。


「リール一人くらい足が遅くても、いや、チーム全員、足が遅くても。運動神経だけはいい雅がっ、ごぼう抜きしてくれっから。運動神経だけはいいからっ」


「どうも。運動神経、だけはいい、豆です。でも、それは、同じチームになれればの話です」


「……確かに、雅さんは足が速いですもんね。遠泳大会の時、すごい速さで追いかけられて、怖かったです」


「あの時はマジでサーセン」


「……雅さん?」


「おう」


「……そうですっ、雅さんがいるじゃないですかっ」


「ええ、豆はずっとここにおります」


「雅さん!」


 フェルデンは立ち上がると、俺の両手を掴んだ。


「ど、どうした」


「私っ、特訓したいです!」


「特訓?」


「はいっ。練習して、少しでも早く走れるようになりたいんですっ。皆さんの足を引っ張りたくないんですっ」


「……」


 真面目前向き聖母様。頑張る気満々後光が眩しいです。


「やめとけリール」


「え、何でですか?」


「助平な雅のことだ。特訓と称して、体のあちこち触ってくんぞ」


「そんなことしねーし」


「触ってもらって大丈夫です!」


「……」


 マジですか。


「フォームを直すためなら仕方ないと思いますっ」


「……」


 そういう意味ね。やっと下心出せるとか思ってサーセン。


「——かぁー! リールは本当に純真だな!」


 ムキゴリはフェルデンを抱き締めた。


「少ーしも思わないんだな! 雅が下心で太腿や腰や腕とか触ってくるとか!」


「え、下心、なんですか?」


 聖母様、鉄仮面の中にあるであろう、けがれのない目で俺を見ないでくれ。


「いいえ、上心うえごころです」


はるさん、上心だそうですっ。だから、大丈夫ですよっ」


「——くぁー! そんな言葉ないのにっ、信じる! あたしは純真すぎて、リールの今後が心配だ!」


「え? 上を向いて頑張る心のこと、じゃないんですか?」


「…………」


 昔あった広◯苑、今は『きょうげんしん』の出版社の方。


 今! 素晴らしい言葉が生まれました!


 『上心』上を向いて頑張る心のこと、です!


 『きょうげんしん 第八版』にどうでしょうか!?

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