第28話 ソー! マッソー!
「リールたん、初めに言っておくけどぉ。購買は戦場よぉ」
「戦場? 戦うんですか?」
「ある意味ぃ、戦いね。だよな、豆」
「そーっす」
「戦い……、私は生き残れるでしょうか」
「大丈夫よぉ、私たちの分も豆が買ってくれるからぁ。な? 豆」
「そーっす。……え?」
購買部。
学食の少し離れた所で、『デビルベーカリー』のおばちゃんが黄色いケースを持って、毎日売りに来る。
『デビルベーカリー』、悪魔的な美味さ。から来ているらしい。俺からすれば。
「この光景が魔界で、デビルベーカリー」
パンに群がる人間! 獣人! 悪魔! 妖怪! エトセトラ!
「……いつもこんなにすごいんですか?」
「いんやー、今日はいつも以上だわ。何故かしら」
「新商品の発売日だからだ」
「そうなのー? よく知ってるわね」
「購買の達人だからな」
「どんなパンなんですか?」
「豆、三秒以内に完結に答えろ」
「ヲタ双子考案パン」
どうだ! 1.5秒ぐらいじゃねーか!
「まぁっ、あの子たちそんな事までしているのねー」
「ホント、すげーイケメンヲタだよ……」
「あのお二人プロデュースのパン。とても気になります」
「……」
フェルデンから伝わってくる、ワクワクオーラがハンパねー。
「よし、豆、転がれ」
「はぁ!?」
「豆は転がすもんだろ」
そういえば。
そういう時は豆を転がしましょう! 喜んでパシります!
なんて、思って事もあったな。あった、が! このアニメグッズ争奪戦みたいな女子だらけの中に飛び込めと!?
「あー! ヴィエルくんのパンがー!」
「サージュくんのパンは私のよ!」
「二人共アタシのだい!」
「……」
皆さん、それ、
「よし、転がれ」
「うおぁ!」
ヤンデレに背中を蹴飛ばされ、女子の中にホールインワン。
スカート女子のパンツが丸見えだが、眺めている暇はない。地べたに寝そべっている暇はない!
そうだ! 何のために俺は筋トレを始めた? この日のためじゃないか? オーイエス! ソー! マッソー!
「マッソー!」
女子の中に突入し、人混みを掻き分ける!
「暑苦しい男は邪魔よ!」
玉蹴りキーン! なんのなんのー! 筋トレで俺の玉も筋肉が付いたはずだ! そう! 筋玉! 最早そのまんま!
「イケメンパンに汗臭さをうつさないでよね!」
玉蹴りキーン! ぐはぁ! だが!
「まだまだぁ!」
「うるさい!」
玉蹴りキンコンカンコーン、キンコンカーン。
「おぉ、おおぉ……」
何発食らったかわからない。だが、俺は最後の力を振り絞り、手を伸ばした。何かを掴めた。イケメンヲタ双子パンだと願う。
女子が、
「ぐおっ、ぎゃっ、げふぎひゃあ!」
俺と玉を踏みながら帰っていった。
最早、俺の玉は潰れたコッペパンみたいにぺちゃんこじゃなかろうか。そう思うくらい蹴られ、踏まれた。
ああ、いかんいかん。パンを買いに来ていたのに、玉をパンで表すなど言語道断だったな。
「
フェルデンがそーっと俺を覗き込んだ。
「おおっ……、フェルデン様、あなた様がご所望していたパンがこちらに」
パンを掴んでいる右手を見た。
『昔ながらのあんぱん』
「……ありませんでした」
「使えねー豆だな」
俺の顔を跨いだヤンデレ、パンツ丸見ーえ。
だから、パンを買いに来てんだから、パンにかけるのやめよーぜ。
謎かけかよ。えー、パンとかけまして、玉と解きます、その心は。どちらも手で捏ねるのが大事でしょう。
……玉は手で捏ねないでください。
「……雅さん」
くだらない謎かけをしていたら、聖母様の声が。
「そのパン、いただいてもいいですか?」
「え、でも、ただのあんぱんだぜ?」
「折角、雅さんが頑張って取ってくれたのです。だから、それがいいんです」
それで、ではなく、それが。その辺が聖母様らしい優しさだ。
「あ、そうだ、おばちゃんお金」
「いいよいいよー、あの女の子たちに突撃したあんたのガッツに惚れた! だから、今日はタダだよ!」
白い三角巾を付けた購買のおばちゃんが、ニッと笑った。
「助かります、財布、忘れてきたので」
「ホントに使えねー豆だな!」
「じゃあ、お前は持ってきてんのかよ」
「はぁ!? 何で豆に奢らせる気で来たのに、財布を持ってこなきゃなんねーんだ!」
「こっちがはぁ!? なんだが……」
「では、雅さん、このパンいただきますね」
フェルデンはすっと、両手で透明な袋に小豆色文字で『昔ながらのあんぱん』と書かれたパンを取った。
「そして、購買のお姉さん」
「お姉さん!? やだよー、あたしもう62だよー」
購買のおばちゃんは、フェルデンの肩をバシバシ叩いて喜んだ。
つーか、おばちゃん、62だったのか……。パワフルー。
「このパンは私の手に渡りました。なので、タダというわけにはいきません。お金を払います」
「そうかい? じゃあ百円だよ」
2000年代から何でも値上がりの日本。そんな中での税込み百円は神だろう。
「はい、百円です」
フェルデンは手に持っていた、手のひらサイズのがま口財布から百円を取り出し、おばちゃんに手渡した。
いや、しかし、その財布。
「
「小さくて可愛いので気に入ってます」
フェルデンはピンク革で5センチくらいの財布を、嬉しそうに手のひらに載せた。
まぁ、確かに小さくてかさばらなくてよそそうだし、シンプルで可愛い財布だな。ホント、センスいいよな。
「リールたんは、シンプルで可愛いのが好きなのよねーっ。センスいいのよねーっ」
うっとりヤンデレ。
そして、確信。
俺の脳みそがこいつらに近づいたんじゃない。イカれたこいつらに汚染されこうなったんだ! 変態脳に!
「セ、センスがいいかはわかりませんが、シンプルなのは好きです」
でも、フェルデンが照れたっぽくて可愛いから受け入れよう! 変態脳を!
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