第20話 絶対に買ってくれよな!

「いやっ、あのっ、それだけはっ!」


 芋ブさん手を擦り合わせ懇願す。蝿みたいな動きでキモいな。


「あれー? 聞こえなかったのかなー? 君、もう、用無し、だから、バイ、バイ?」


 いえ! 声の大きさと速さの問題ではありません!


「クビだけはどうかっ! あっ、そうだ! 金をやる! 金をやるからクビだけは勘弁してくれー!」


 しゃかしゃかとゴキブリのように動き、ヴィエルの足にすがりつく芋ブさん。


「金?」


 えっ? こいつ金に釣られるのか!?


「そうっ、金! いくらでも出っ」


 芋ブさんは、ジェットコースターに乗り、頂点に到達したような良い表情をし、


「お金はさー」


 それは一気に、


「ひぎゃっ!」


 ヴィエルに蹴り払らわれた事で、これから急降下しまーすという時に、自分だけ安全バーが外れたような、絶望の顔になった。


「腐る程、捨てる程あるんだよー。君よりね」


「ひぐっ……」


 だろうな! COO(最高業務執行責任者)、モデル、アイドル、レイヤー。億万長者だろう!


「だからね、寧ろ。ボクの、ボクたちの全財産をあげるから、消えてくれないかなー?」


「ひっ、う、あ……。すいませんでしたー! 出過ぎた事を言いましたー! 謝まります! 謝るのでどうかクビだけはー!」


 またヴィエルの足にしがみつく芋ブさん。


「そうだよねー。クビになりたくないよねー。サージュに手を回してもらったから、あらゆる業界で出禁だろうねー」


「……」


『サージュ』


 あの一言で全てを理解したのか! さすが双子! よっ! できるCFO(最高財務責任者)!


「一般人として、リーマンなんかやりたくないよねー。ぬくぬくしていたいよねー」


「嫌です! リーマン嫌ですー!」


 世の中のリーマンに失礼だな!


「んー、そうだねー。ボクも鬼畜じゃないから、選択肢を一つ、与えてあげよう」


「ありがとうございまっ」


「今すぐ、全裸で、全社員の前で、リールお姉ちゃんに対する、謝罪文を述べよ」


 ひゅっと、芋ブさんが息を飲んだように見えた。


「……」


 とんだ公開処刑だな!


「それを、ツイーブでライブ配信させてねー」


「ぷぎぃっ……」


 ツイーブとは、『TwinsツインズTubeチューブ』の略称で、この双子が開設した、二人専用動画共有サイトである。


「有名になれて、お姉ちゃんへの謝罪の気持ちも伝わる。あー、ボクの方がパパより温いかもー、優しすぎるなー。ね、サージュ」


「そうだね。僕なら、全裸で首から『私がリール姉さんをセクハラしようとした、愚かな芋ブです。笑ってください』、のボードを提げさせ、町中を徘徊させるね」


「だよねー。やっぱボクって甘ちゃんだなー」


「……」


 お前ら二人共! 鬼畜ですからー!


「さ、君の選択肢は二つに増えたよ。今すぐ辞めるか、今すぐ辞めるか、今すぐ辞めるか。あれー? 三つに増えてるー。ボクってホント情け深いなー」


「……」


 それ、結果的に一つですからー!


「ひっ、うっ、ひっ……」


「さぁー、どうするー?」


「すいませんでしたー!」


 芋ブさんは、またゴキブリのように素早い手足の動きで、気持ち悪く去っていった。


「ボクたちより、顔も地位も財産も、全て劣っているくせに。姉ちゃんに触ろうなんて、一億光年早いんだよ」


「……」


 何も知らない良い子のために、説明しよう。

 ここまで、ヴィエルは、顔色、声色、全て一定だ!


 ヤバい! ヤバいぞ! 俺も逃げなければ! だが足が震えて動かない! くそっ! 動け俺の足ー!


「で? 豆先輩はそこで何をしているのかなー?」


 マメ、オワタ。

 ここは、素直に、全力で謝ろう。


「すいません。三人のコスが見たくて後をつけましたー!」


 ドアをバーンと開けて、俯せ謝罪。


「んー、先輩は豆だからねー、仕方ないかー。消す必要性も感じないしねー」


 豆でよかった!


「それにリールお姉ちゃんの友達みたいだからねー。お姉ちゃんの友達は、さすがに排除できないよねー」


 フェルデン様ー!


「だから、ラビオスお姉様。その手は仕舞おうねー」


 俺たちの間にいたヤンデレが振り向いた。悪鬼あっき+鬼婆+般若÷3みたいな顔をしている。


「アンタが芋を逃すからっ、玉を潰し損ねたでしょーが! だから、代わりに豆の玉を潰そうと思ったのに!」


「まぁまぁ」


「……」


 皆さん、野菜の調理方法を話しているのではありません。人間のアソコのお話です。


 しかし、それにしても、ヤツ、ヴィエルはわからない。まだまだ全て一定だ。

 よし! 見つかった勢いで聞いてしまおう!


「なぁ、ヴィエル。お前は昔からそうなのか?」


「んー? そうってー?」


「こう、何も変えず? ポーカーフェイス、みたいな?」


「アハハッ、やだなー。昔からこうな訳ないじゃーんっ。ホーント、先輩って豆だよねー」


「…………」


 吾輩は豆である。


 みやび直人すぐと


 吾輩は豆である。名前は無くてよい。

 何でこんな扱いかとんと見当がつかぬ。

 何でも鉄仮面でキャーキャーした所でビーンビーン泣いていた事だけは記憶している。

 吾輩はここで初めてイケメン双子というものを見た。

 しかも後で聞くとそれはフェルデン狂という人間の中で一番獰悪どんあくな種族であったそうな。

 このフェルデン狂というのは時々我々を捕まえて玉を潰すという話である。

 

 吾輩は豆ながら時々考える事がある。フェルデン狂は実に恐ろしいものだ。


 新鋭作家が送る! 夏◯漱石リスペクト小説! 『吾輩は豆である 上巻』。豆視点で進む愉快な話! 来週発売! 絶対に買ってくれよな!

 ……こいつが恐ろしすぎて、頭のネジが吹っ飛んだみたいだ。


 リスペクト小説に興味のない双子は、話を続ける。


「昔はギャーギャーわめくガキだったよー。ね、サージュ」


「そうだね」


「サージュは昔から落ち着いていたけど、ボクはうっさいガキでね。さっきの芋ブは古株で、ボクたちが小さい頃からこの企業にいてさー、ボクはよく『ギャーギャー泣くな! クソガキャア! 吊すぞ!』って、言われたからさー」


 ヴィエルは目を閉じた。


「あー、大人はうっさいガキが嫌いなんだ。じゃあ、顔に出さないようにしよう。でも、顔だけじゃダメだ。ポーカーはフルでなきゃ。って、今に至るんだー」


 そして、目を開けると、いつもの無変ボイスで語った。


「……フルポーカーを、身に付けたんでございますか」


「そうっ! そしたらさー! 嫌いな後輩っ、同級生っ、先輩っ、先生方っ、ビビるビビる!」


「……でしょうね」


「嫌いな大人たちっ、チビるチビる!」


「……でしょうね」


「面白いのなんのって!」


「…………」


 豆、わかりました。

 何故、ヤンデレの方がまともに見えたのか。

 それは……。


 こいつがメンヘラだからだー!


「でもー、ずっとこれだと疲れるからー、ちゃあんと解放日を作っているんだー」


「兄さん、今日がその解放日だ」


「え?」


 携帯を見たメンヘラ。


「あ、ホントだー。うっかりしていたよー。はぁーあ……」


 髪を掻き上げたメンヘラ。


「あー、あの芋ブ、排除できてよかったわー。

姉ちゃん大丈夫? 落ち着いた?」


 ん? 雰囲気がガラッと変わったような……。


「はい、落ち着きました。ありがとうございます、ヴィエルさん」


「そっか、よかった。オレさ、あの芋ブを前から消したくてさ。姉ちゃんを連れていけばセクハラしてこようとすんじゃないかって、ちょっと利用したとこあるけど、許してな?」


「はい、何も気にしていませんから、大丈夫です」


「やっぱ姉ちゃんは天使だなー」


「……」


 イケメンオーラがだだ漏れしていますけどー!? え!? こっちがホントの素!? だったら。


「ちょーイケメンじゃん! メンヘラじゃないじゃん!」


「え?」


「そうなんだ。兄さん本当はすごいイケメンなんだ」


「そっちで行こうよー。豆星のみんなも安心するよー」


「えーっ、やだよー」


 あ、また戻ってしまった。


「だって、フルポーカーの方が、周りの反応が面白いもんっ」


「……でしょうね」


「……ヴィエルさん」


「何だ? 姉ちゃん」


 だから、フェルデン時だけ素に戻るのやめい。


「庇ってくれた事は嬉しかったし、確かにあの方の発言は失礼でした。私はお二人共、顔がかっこよい所も含めての良さだと、思っています」


「だよなだよなー」


「なので、あのジェンダーレスの制服も素敵です」


「ありがとなー」


「ですが、どんなにかっこよくて、どんなに強い権力を持っていても、お二人は女の子なんです。筋力では、きっと押し負けてしまいます。なので、ご自身を危険に晒すような事は、しないでください」


「…………」「…………」


 黙った双子。どうした? お前らも精気切れか?


「これだからお姉ちゃん大好きなんだよー!」


 ヴィエルはフェルデンを抱き締めた。


「理解がある、可愛い、優しい、ピュア、ウブ! くぁー! たまんないなー!」


「リール姉さん最強説だよね」


「それな!」


「…………」


 双子、霊島れいじまよりヲタ度すごい説!

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