第21話 実家に帰らせていただきます

「僕、思ったことがあるんだ」


 まだまだヲタトークは続きそうだ。


「TSできればいいのにと、今日程強く願ったことはないよ」


「ほんそれ!」


「せめて、ふたなりだったらよかったのにと。悔やんだね、僕は」


禿同はげどう!」


「女同士でもできるけどさ。やっぱりリール姉さんの中を感じたいよね」


「…………」


 全男が今、混乱しているだろう。パニくるのも無理はない。なんせ、顔はイケメンなのに女! んなの子が! 男子みたいなエロトークをしているからだ!


「……ふたなり? 中を感じる? お二人は何のお話をされているんですか?」


「あー、姉ちゃんはわからなくていいんだ。ピュアでいてくれな」


「そう、リール姉さんはウブなままでいてくれ」


「…………」


 ホンマ頼んます! 全男の希望! いや、俺の希望の鉄仮面! フェルデンをけがさないでくれー!


「それより、さっきからアタシ、気になっているんだけど」


「なーに? ラビオスお姉様」


「今リールたんが付けている白い手錠と足枷はどこで買ったのよ」


「買ったというか、ボクの商品だよ。なんかこう、お姉ちゃんに似合う小道具ないかなーと妄想していたら、ある日パッと思いついてね」


「ロットで買うわ。いくつでいくらよ」


 いやいや! お前が付けたい相手フェルデンだけだろ! いくつ買う気だよ!


「千個だけど、いいよー。お姉ちゃん価格でラビオスお姉様ならタダでいいよー」


 一ロット千!

 じゃあ、こいつが「製造は一ロットからねー」と言ったら、最低千個! ……やっぱりとんでもねー鬼畜だ。


「あ、皆さんの会話で思い出しました。私、手錠と足枷を付けていたことを忘れていました。ふわふわもこもこで気持ちよくて」


 フェルデンは足枷を外そうと右足を上げた。


「あーダメダメお姉ちゃん! 豆先輩にパンツが見えちゃうっ」


「兄さん、僕たちが壁になろう」


「ナイッスー」


 イケメン双子はフェルデンの前に立った。


「壁は二重でなくちゃいけないわっ」


 さらにその前に立つヤンデレ。


 ……世界で一番、フリーキックを防げる壁だわー。


「皆さん、ありがとうございました。外せました」


「オッケー」


 壁がささっと横に退いた。だが、それでもシュートを決められる気がせん。本当に恐ろしや、フェルデン狂たち。


「ところで、今のリールたんのパンツってどんなのよ」


 俺に背を向けたヤンデレ。


「今のー、服装に似合うー、透け透けフリルパンツだよー」


「それをくれるのよね」


「えー、ダメだよー。透けパンはボクがもらうからー」


「じゃあ、リールたんが穿いてきたパンツで我慢するわ」


「では、僕は姉さんのブラで手を打とう」


「いえ、あの……。皆さん、もらわないでください」


「…………」


 ホンマ頼んます! フェルデンをスースーさせたまま歩かせないで!







 翌日の放課後。


「何も起きないって、いいことなんだな……」


 刺激を、変化を求めてはいけないことがわかった。そして、俺に平穏は許されないことも。

 こうやって、帰り支度をしているフェルデンをぼんやりと見ているだけで。


「リールお姉ーちゃんっ、あーそーぼっ」


「……ほらな」


 フルポーカーヴィエルが教室の入り口から顔を出した。もちろん、弟付きで。いや、本当は妹だけど、面倒くさいから兄弟ということにした。


「兄さん、お姉さん方に挨拶を」


「あ、そうだったねー。お姉ちゃんたちー、今日もめっちゃきれいだねー」


「キャー!」


「キャー!」


 何も知らない女子たちは、今日は高速メトロノームみたいに嬉しさ全開で左右に揺れた。


「お二人共どうしたんですか? また何か頼み事ですか?」


 自分の机の前にやってきた双子に、立って声をかけたフェルデン。

 あんな事があっても、受け入れる心の広さ、感服するわー。


「ううんー、今日はお礼に来たんだー。あのコス写、好評でねー。レイヤー仲間に見せたらーこの子は誰!? 今度ウチらとも撮らせてって、うるさかったからー」


 何をやったフルポーカー。


「サージュにこっそり撮らせていた、昨日の芋ブの動画を見せて、黙らせておいたから、安心してねー」


「…………」


 レイヤー仲間にも容赦ねーな!


「でね、お礼にお姉ちゃんをイメージをしたカフェを開いたからー、最初のお客さんになってほしくてー」


「……」


 カフェって、そんな簡単に開けんの!?


「え……、それはさすがに、申し訳ないのですが……」


「兄さん、話を盛りすぎだ。違うんだ姉さん。リール姉さんをイメージしたカフェがちょうど今日オープンするんだ。だから、お礼に僕らとどうかなと思って」


 ……どっちにしろ! カフェはマジで開いちゃったのね!


「カフェ、ですか……。まだ行った事がないので、……行きたいです」


「なら決まり! これからボクたちとデートしよ!」


 ヴィエルがフェルデンの両手を握ると。


みやびせんぱーいっ」


 制服を着た一年と思われる、色白小顔でピンクのツインテール女子が教室の入り口から顔を覗かせた。

 はいはい、俺を呼ぶが、どうせお前もフェルデン目当てなんだろ。


「やーっと会えたー」


 小さな白い翼でパタパタと俺に向かって来る。そうか、お前は天使か。


「ちゅーっ」


 左頬に天使のキス。天使の、キス……。天使の……。

 おおぉー! 力がみなぎるぞー!


「リュゼばっかりずるーいっ、私もー」


 もう一人、瓜二つなピンクの長髪天使がやってきた。そうだ、こいつらも双子だった。


「ちゅーっ」


 右頬にキス。天使のキスサンド。

 ……ふっ、ふふふっ。ふはははー!


 どうだ! 見たか! やはり俺はモテ男だったー! ただの豆じゃなかったー!


「ぷっ、ぶひゃひゃひゃ!」


 フェルデンの手を握ったまま、ヴィエルは噴き出した。


「兄さん」


「だってっ、サージュッ。ダメだっ、ぶひゃひゃひゃ!」


「……」


 何でこいつが女に見えないかわかった。顔だけじゃなく、言動が俺より男子っぽいからだ。


「ヴィエルさん、雅さんに失礼ですよ?」


「ごめんっ、お姉ちゃんっ。でもっ、ぷっ、ぶひゃひゃ!」


「……」


 フェルデンから手を離し、腹を抱えて床を転がったヴィエル。


「ヴィエルさん、笑っていないでちゃんと説明を」


「うんっ、そうっだねっ。ちょっとっ、待ってねっ。ひーっ、腹がよじれるー!」


 床をゴロゴロ転がるヴィエル。何だというのだ。


「あー、腹が千切れるかと思った。あのさ、豆先輩。顔がニヤけているとこ悪いんだけどさ」


 ヴィエルは床に胡座で座り直すと、腹から手を離した。


「な、何だよ。あ、あれだろ! 可愛い子に好かれて羨ましすぎて壊れたんだろ!」


「ぜーんぜんっ。だってその子たち、玉付きだし」


「……何て?」


「だーかーら、ボクたちの逆、男のだって言ってるの」


「…………」


 こいつらはイケメンなのに玉なし。

 この天使たちは可愛いのに玉あり?


 ……理解が追いつかないので、豆星実家に帰らせていただきます。

 

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