第19話 パパ大好きー

 四階、ファンタジー階の一室。白黒の羽がたくさん散らされてある、壁紙が城の外壁みたいな部屋にて。

 俺は四人が入って奥に行ったのを確認したら、数センチだけドアを開けて覗いている。


「この中に入ればよいのですか?」


 黒い錆びた大きな鳥籠の前に立ったフェルデン。


「そうそうっ。中に入って座りー、後ろを向いていればいいのー。それなら顔は見えないから安心でしょ?」


「はい」


「あ、でもー。手錠と足枷を付けてもらうねー。ふわもこだから、痛くないよー」


「……」


 ふわもこ手錠、実在す! ついでに足枷も!


「えっと……、これでいいですか?」


 鳥籠の中に入り、手錠と足枷を付けたフェルデン。疑いの心なし!


「うんうんっ。どちゃくそ可愛いよー。そうしたら後ろを向いてー、こう、ペタンと」


「こう、ですか?」


 女の子座りをしたフェルデン。おぉう! 惜しかった! もう少しで見えそうだった!


「じゃあ、ボクも失礼してー」


 鳥籠の中に入ったヴィエル。


「いいよーって言ったら、鉄仮面を外してくれる? 大丈夫、一瞬だから」


 とうとう顔を拝める日が!?


「はい……」


「じゃあ、さらに失礼しまーすっと」


 ヴィエルはフェルデンの真正面に座ると、足を腰に絡ませ抱き締めた。そして、フェルデンの左肩に顔を埋めた。


「いいよー」


「……わかりました」


 フェルデンは鉄仮面を持ち上げて、右下に置いた。

 うおおぉぉ! 見たい見たい見たい! 今なら行ける今なら行ける今なら行ける! 何故ならあいつは、ヴィエルにある種のだいしゅきホールドをされていて動けない!

 のに! 俺も動けない! 怖い! あの猛毒を吐くホールド犯が!


「んー、ウズウズ、ウズウズ。見たいなーお姉ちゃんの顔ー」


「……こっちを向いたらダメですよ?」


「わかってるってー。あ、もう一つお願いしていい? OKって言ったら、このボクの」


 ヴィエルはフェルデンの肩に顔を埋めたまま、パンツのポケットから黄色のケースに入ったスマホを取り出した。


「スマホをね、タップしてほしいんだー。後ろのカメラと連動しているからー」


「わかりました」


 フェルデンはスマホを受け取ったようだ。


「じゃーサージュー。あとは任せたよー?」


「任せてくれ」


 サージュはテキパキと、鳥籠の外に置いてあった三脚カメラの位置、ライトスタンドに固定されたストロボの調整などを始めた。いや、お前カメコ?


「よし、いいな。じゃあ、鍵を閉めるよ」


「いーよー」


 サージュはガシャンッと鳥籠の扉を閉めて、しっかり南京錠まで掛けた。そして、鳥籠の右下ら辺から籠に覆い被さり、眉をひそめ二人を見つめた。


「いいよ、兄さん」


「んじゃ、ボクも」


 ヴィエルは顔を上げ、サージュを見て舌を出した。


 はいっ、わかりましたー。見たことありますー。これ『DoubleダブルEdenエデン』、通称ダブエデのジャケですー。


「リールお姉ちゃんー、OKー」


「はい」


 ピコンというスマホからのシャッター音と共に、三脚カメラのシャッターが切られたようだ。


「よーしっ、おけまるー。じゃあ、お姉ちゃん。今の内に被ってー」


「はい」


 フェルデンは鉄仮面を取り、また被ってしまった。


「もうそっち見ていーい?」


「いいですよ」


 ヴィエルはホールドしたままフェルデンを見つめた。


「あーあ、見たかったなー、お姉ちゃんの顔ー」


「すいません」


「ううんっ、約束だもんねー。それにしてもお姉ちゃん」


「はい?」


 ヴィエルはフェルデンの鉄仮面に顔を近づけた。


「鉄仮面を被っていても、いい匂いがするんだけど。何か香水を付けてる?」


「いいえ、何も」


「そっかー、じゃあこれがお姉ちゃんの匂いなんだねー。あー、離れたくないよー」


 フェルデンの肩に顔を埋め、ぐりぐりと擦り付けるヴィエル。


「姉さんの匂い、それは僕も気になるな」


 南京錠を外し扉を開け、鳥籠の中に入ったサージュ。

 気になるといえば。


「いいねいいねー」


「……」


 おっさん誰!? 四人より先にいて、ドアの前に立っていたチビハゲおっさん。

 眉毛、鼻髭、顎髭が濃い! 目が小さい! 鼻が丸い! 総じてキモい! そんな奴が拍手をしながなら三人に近づく。


「プロデューサーさん、いいでしょー、ボクたちの先輩」


 あ、この方がPさんなの。


「うん、いいよいいよー。君たちも相変わらずイケメンでムカつくねー。でもさぁ、その子、ホントに可愛い子なのかなぁ?」


「え……」


 フェルデンの肩がびくっと跳ねた。


「ブサイクでキモいから、顔を見せたくなくて鉄仮面を被っているんじゃないのー? 女の子かどうかも怪しいなー。触診させてよー」


「……」



『お前が鉄仮面を被っている理由だ! それは! 美少女というのは嘘でっ、本当は超絶ブサイクなんだろう!』



 サーセン! 同じことを俺も言いましたー! それに! 今ならわかる。フェルデンがすごく傷ついている事が。

 やはり俺はインゲン豆でしたー! いや、インゲン豆にも失礼だな。名もなき豆でしたー!

 でも! 手をモミモミパントマイムみたいにして、変態みたいなことは言っていませーん! だからー! どうかご慈悲をー!


「……お姉ちゃんはこっちに来てね」


 三人は鳥籠から出た。そして、ヴィエルはフェルデンの肩を右手で抱き寄せた。


「サージュ」


「はい、兄さん」


 サージュは左でフェルデンで抱き寄せ、右手でスマホを操作し始めた。


「ご無沙汰しています。サージュです」


 そして、誰かと通話を始めた。


 ヴィエルはというと。


「ふふんっふーん」


 鼻歌まじりでスマホを左手で操作中。

 相変わらず何も変わらないから、何を考えているかわからない。

 だが! 何かが起きる! 豆の勘が叫んでいる!


「あ、もしもし? パパー? ボク、ヴィエルー。やだなー、ボクボク詐欺じゃないよー、いつの時代の詐欺ー? それー」


「ひっ……」


 『パパ』というワードにPさんがたじろぎ、ガクブルダンシングスタート。

 双子パパ、カピタ・グロース。ヲタ業界、特にコス業界の先駆者。コスの首領ドンと呼ばれている。

 

 双子が撮影した『COSコスLOVEラブ』の発行元で、コスグッズやイベントを行う企業、COSMOコスモのCEO(最高経営責任者)で、ここ『スタジオ・ツインズ』の経営者。そう、双子のパパだから『スタジオ・ツインズ』


「え? 撮影? 撮影は無事に終わったよー。いいのが撮れたから後で送るねー。それよりさー、今日の芋ブPなんだけどさー」


「……」


 芋とモブを掛けている! 上手い!

 そして、フェルデン狂の女子たちは、どうやら嫌いな男を食べ物にするのが好きらしい。


「相変わらずボクたちの事をバカにしてくるんだけどさー、まーそれはいいんだよ。ボクはこの見た目も好きだし、兄としても、もちろん、姉としても誇りを持っている。だからー。それはいいんだけどさー」


 なんか、空気が凍った気がするぞ!


「ボクたちの大切なゲストをねー、バカにした上にセクハラしようとしたのー。そう、ボクたちの憧れ、フェルデン先輩に。許せないよねー? 許せるわけないよねー? だからさー」


 芋ブさん、ガクブルテンポアップ。


「軽ーく一回、消してみない?」


「ひぎっ……」


 軽ーく一回、飲みに行かね? のノリでクビ宣告しようとしているー!

 そして、クビはまた戻って来ないと一回しかできませんからー! 軽ーくしていい事でもないですからー!


 ああー……、芋ブさん尻餅をつき、ブリッジみたいな格好でガクブルカンストす!


「減給? 温いよー甘いよー。パパはさー、昔からママ以外、人を見る目がないんだよー。だからー、こんなクズを雇ってしまうんだよー」


 こいつ、身内にも容赦ない!


「ねー、だからさー、経営も人事もボクたちに任そうよー。パパは顔と名前を貸してくれればいいのー。肩書きだけでさー。でー、ママとラブラブトラベル行き放題ー。ねー? いいでしょー?」


 そうだった。色々ありすぎて忘れていたが、こいつは高校生なのにCOO(最高業務執行責任者)! で、サージュがCFO(最高財務責任者)!

 いや、高校生だが、忘れちゃいかん。こいつらはエルフだ。見た目ではわからんが、ヤンデレと同じく、きっともうヨボヨボババアに違いない。


「じゃあ、今度から全てボクたちに任せてくれるねー? わーいっ、ありがとー、パパ大好きー」


 ヴィエルはスマホをタップし、電話を切ったようだ。


「ってことで、君もう用無しだから。バイバーイッ」


「ひぃっ……」


 パパ大好きーのテンションでクビを言い放ったー!

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