第10話 じゃねーし!

 さてさて、教室に戻って来たはいいが、フェルデンがびしょ濡れのまま入れる訳もなく。


みやびさん、すいませんが、私の席から体操着入れを持ってきてもらえませんか?」


 まぁ、そうなりますよねー。

 でも、服を脱いだから結構ピッチピチのタンクトップの俺も、かなりやばい姿ですけどねー。でも、入りますけどねー。


 ずかずかと教室に入り、フェルデンの机の所へ。脇に掛けてあったピンクのポリ製の体操着入れを手に取った。フリル巾着で真ん中に花の刺繍がある。


「……」


 弁当箱の時にも思ったんだが、あいつセンスいいよな。シンプルで可愛いのをチョイスしている。


「やだー、見て見てー。雅のやつ、とうとう筋肉だけでなく、頭まで変態になったみたーい」


「……」


 ですよねー、そうなりますよねー。……いや、そうならんし! つーか、筋肉が変態になるってどういうことよ! 筋肉はいつでも健全だ!


「さっさと行くか……」


 シンプル体操着入れを手にして、教室を出た。





「これでいいか?」


「はい、ありがとうございます」


 廊下に出て体操着入れを差し出すと、フェルデンは丁寧にお辞儀をし、両手で受け取った。


 ……しかし、これが世に言う彼シャツか。……ちゃうわ。俺、彼氏じゃなかった。だから、豆シャツか。


「……豆シャツって何なん」


 自分で言っといてなんだが、この世で最も売れなさそうなシャツだ。雑巾行きだな。


「いや待て」


 豆シャツ、いけるかもしれん。あのヤンデレに嫌がらせに送りつけてやれ。


『はぁ!? ざけんじゃねーよ! 豆シャツいらんから、リールたんの使用済みシャツよこせや!』


「……ダメだダメだ」


 リアルに想像できてしまった。ブチギレヤンデレが。


「雅さん」


「うおぉあぁ! はい! 雅です!」


 だから、「はい! 雅です!」って何なん。どんだけ動揺してるん。


「体操着に着替えたいのですが」


「お、おお! そうですよねー! じゃあ、女子更衣室ー、はダメだ。またさっきの奴らみたいのに絡まれても、俺が助けに入れん」


「いえ、お構いなく。何かあっても一人で大丈夫ですので」


「いーや! めっさ構う! 構わせてください! 俺の命に関わるので!」


 お前に何かあったら、ヤンデレに殺されるからな! 最早、イジメから守れなかった時点で死に一歩近づいたけどよ!


「あ! あこにしよう! 保健室! ベッドのカーテンを閉めれば、俺も見えない! 残念!」


「……残念?」


「すんませーん! 最後に本音が出ましたー!」


「……保健室は賛成なので、聞かなかった事にしてあげます」


「あざっす!」


「保健室に行きましょう」





 着きました保健室。


「失礼します」


「失礼しやっす」


「はーいー……」


「うおっ!」


 戸を開けて中に入ると、丸椅子に座っていた白衣の先公が振り向いた。

 霊島れいじまに負けぬ青白い顔に、漆黒の長髪と瞳。ガリガリの長身。あー、そうだったそうだった。保険医はドラキュラだった。周りが強烈すぎてすっかり忘れていた。


 由緒正しい、由緒正しい? まぁ、いいか。そう、由緒正しい吸血鬼。それ故に悲しきかな、血しか体が受け付けないらしく、虫でもネズミでも何でもいいから血を飲むらしい。


 ドラキュラ保険医、アピス・ヴァンピオラ。


 ……もしもし? どして、この学校、いや、俺の周りは、こんなとんでもない奴ばっかなんですか?


「はぁーあ! 雅さん! その筋肉! ーい血の匂いがするわー……」


「ええ、まぁ。筋トレが趣味で、食事にも気をつけていますので、夏はよく蚊に刺されます」


「まぁ! 羨ましい蚊ねー……」


「……」


 この人も、ラビオス系だろうか。いや、違うな。俺の筋肉を見て血を欲した、普通のドラキュラだ。……普通のドラキュラって何?


「ヴァンピオラ先生、ベッドをお借りしてもよいでしょうか?」


「まぁ! フェルデンさんびしょ濡れじゃない! どうしたの!?」


「水道の蛇口が壊れまして、噴水状態なのをまともに浴びました」


「まぁー、それは災難だったわねー」


「はい」


「……」


 よくスラスラと、それらしい嘘が出てくるな。さすが心も鉄仮面フェルデン。


「今、誰もいないから好きに使っていいわよー」


「ありがとうございます。では雅さん、しばしお待ちください」


「あ、おお。ごゆっくり」


 フェルデンはベッドの横に立つと、シャーッとカーテンを閉めた。


 カーテンの向こうから、ガサガサと着替える音が聞こえる。何故、それだけでこんなにもアドレナリンが出るんだろうか。


「それにしても、この学校はいい所よねー。私みたいな変わり者も受け入れてくれるんだから」


 丸椅子に座り直したティーチャーヴァンピオラが、血色悪い顔で微笑んだ。


「ええ、まぁ、そっすね」


「さすが、校長先生が目指す学校なだけはあるわー」


 校長、ナマケモノの獣人だと入学する前から聞いていた。ナマケモノは木にぶら下がっているイメージだったから、入学式の時に、立っているのを見て。


『すげー! 今の日本って、ナマケモノも進化したんだなー!』


 と、バカみたいに感動したな。獣人だって事、忘れて。


 そうだ、その校長が言っていたな。


『我が校は、男女、種族の差別なく。みんな平等に学び、成長していける場となるよう願い設立しました。モットーはピースフルでハートフルです。皆さん、色んな方に出会い、学び、恋をして、巣立ってください』


「ピースフルでハートフル……、じゃねーし! まだイジメありますけどー?」


「雅さん、何か言ったー?」


「いいえ、何にも。それより先生、大丈夫っすか? どんどん顔色が白く、なんか、白衣より白くなっていますけど」


「最近ね……、健康で良い血に巡り会えていないのよ。虫は毒があったりするし、野生動物は生臭いし……。だから、ふらふらでね……」


 まずいぞ、ティーチャーヴォンピオラの目が、虚ろで据わってきたぞ。


「ねえ? 雅さん」


「……はい」


 悪い予感しかしない。


「私ね、生徒には手を出さないと決めていたの。でも、もう限界! 血を、チヲヨコセー!」


 どうして、この学校の女は、最後に素が出るんだー! ベタな漫画のドラキュラ化したじゃーん!


「いや、ほら、そう、うん、あれです! 俺、汗臭いんで止めといた方がいいっす!」


「アセノニオイハコウブツヨー!」


 やっぱりこの人も変態だったー!


 細長い腕にガシッと抱き締められた。え? ちょっ、ガリガリで俺より筋肉ないのに、このパワーどこから出てるん!? 俺、動けないんだけどー!


「はぁー……、何週間ぶりの、良い血が、チガー!」


 うひー! ティーチャーの顔が首の右側にー! 息がかかるー! 牙が当たってるー! 

 あれ? 俺、ヤバいんじゃね? よくあるじゃん、ゾンビに噛まれるとゾンビになるってやつ。確かドラキュラもそれなんじゃね?


 ……俺、ドラキュラなんの?


「そんなの嫌だー!」


「雅さん、お待たせしまし」


 ベッドのカーテンがシャッと開かれた。おおー! 救世主フェルデンさ、


「……お邪魔しました」


 ま?

 また閉められたカーテン。フェ、フェルデン様!? 何かお勘違いをされておりますぞー! 何にもお邪魔じゃないですー! 今、全然いい所じゃないですー!


「そういうプレイじゃないからー!」


 お助けをー!


「いただきまーす!」


「ギャー!」

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