第9話 ごっつぁんです
「だああぁ! しまったー! 重要な事を忘れていたー!」
とある日の昼休み、ムキゴリが雄叫びを上げた。
「うるさいぞー、
「人を大食い鬼みたいに言うな!」
ムキゴリアッパー! 食らうかー! ふん! 華麗なるバックステップ!
「くっそっ、相変わらず運動神経だけはいいなー、
「だけって何だ! だけって!」
ま、確かに。運動神経、だけは! いいけどよ!
「弁当はちゃんとあるし、大食いでもねーわ。忘れていたのは委員長としての仕事だ」
「仕事?」
「そう! ササっちから頼まれていたんだよー! リールに校内を案内してやれってな」
「なーる」
「でも思い出した時に限ってよー! ダーリンとデートの約束しちまったんだー!」
「ぷくくっ。ムキゴリがダーリ」
ムキゴリの回し蹴りビュン! ワンツーバックステップ!
「くっそ! 避けんなよ!」
「避けなきゃ死ぬだろーが!」
「受け止めろよ! 男なら! あたしのダーリンなら、片手でガシッとポイだぜ!?」
「そりゃ、お前の彼氏ともなれば、かなりでけーんだろうから! 片手でポイだろーよ!」
「まぁな。確かにダーリンはでかい、いい男だ」
「ダーリンさん、身長どのくらいなんですか?」
「んー、聞いた事ねーけど。あたしの五倍はあると思うぜ」
ムキゴリ×5……。
じ、じ、じ、10メートルー!?
「そんなん、化けも」
「それはかっこいいですねー」
「だろだろー!? 近くの大学にいるからさー、今度、会わせてやるな!」
「はい、楽しみです」
我が校は、エスカレーター式だ。幼稚園、小、中、高、大。みんな一緒。
「でしたら晴那さん、尚の事お気になさらず。校内は自分で歩いて覚えますので。ダーリンさんとデートを楽しんで来てください」
「そうもいかねーよ! 気になってデートに集中できねーよー! どーっすかなー? 誰か最適な奴……、いねーなー!」
頭を抱えて仰け反る赤町。図体でけぇから、そんな体勢だと、口から火が出そうだ。
つーか!
「いるじゃん! 最適な奴! ここに!」
自分を指差した。
「どこに?」
「ここ!」
「んー? 豆粒でわかんねーなー」
お前も豆扱いかーい!
はっ! そうだ!
「だから! 俺が案内するっつーの!」
「雅が? 何で?」
「この間ヤンデ……、げふんっ、ラビオスに殺されかけたのを、フェルデンに助けられたんだよ! だからっ、そのお礼に!」
「そうなのか? リール」
「はい。べトゥラさんがすごい顔をしていたので、止めました」
「仕方ねーか、そういうことなら。仕方ねーか、雅でも。そういうことなら」
「……」
そういうのを何と言うか教えてやろうか! 倒置法って言うんだぜ! しかも、大事なことなので、二回言いましたみたいにしやがってー!
「じゃあ雅、頼んだぜ。絶対に、下心は出すなよ!?」
「はいはい、
出すからな! 下心! 出すからな! 絶対にー! 下心ー!
大事なことなので二回言いましたー!
さて、こうして、校内を一緒に回っているわけだが。
「…………」
「…………」
下心どころか、言葉が出ん! 何を喋っていいかわからん!
「……雅さん」
「うおぉお!? 何じゃいな!?」
俺としたことが、緊張しすぎて変な声を出してしまった。
「先に、お手洗いに行ってもいいですか?」
「お、おお。どうぞどうぞ」
「少しお待ちを」
フェルデンは優雅な所作で女子トイレに入っていった。
「ふぅ……」
あんれー? 女子と二人っきりって、こんなに緊張するもんだったっけー?
ほぼ女子生徒を制覇したような俺が、何故こんなカチコチになるのだ。
「あーあ、水を浴びて落ち着きてーなー」
バッシャーンと、水をかけられたような音が女子トイレから聞こえた。
いやいや水が欲しいのはこっちですけどー? と中を覗き込んだ。
「キャハハハ! 悪魔のくせに鉄仮面なんか被っているからよー!」
悪魔と思われる女子たちが、バケツを持って洋式トイレの上を飛んでいた。
いやいや! お前らも悪魔だろーがよ! つーか、えーと、これってイジメだよな? 中にいるのフェルデンだよな?
「先生ー! 女子が転校生を虐めてまーす!」
「豆が来た! みんな逃げろー!」
フェルデンに水をかけた悪魔たちは、バッサバッサと去っていった。
うん、まぁ、わかっていたからいいけどな。もう全校生徒の共通認識なんだろ!? 俺=豆ってな!
まぁ、豆は置いておいて。問題は。
「えーと……」
どう声を掛けようか迷っていたら、一番奥の洋式トイレのドアが開いた。
思っていた通り、水をかけられたのはフェルデンだったらしく、鉄仮面以外びしょ濡れだ。
「……」
こういう時の、第一声は、何が正しいんだろうか。
鉄仮面を被っているからって、メンタルも同じとは限らない。
「雅さん」
「うおっ!? はいっ、雅です!」
「申し訳ないのですが、校内の案内を一時中断してもよいでしょうか。さすがにこの格好では歩けないので」
落ち込んではいなさそうだ。さすがフェルデン、メンタルも鉄仮面だったか。
「そうだな、その格好……、おうおぅ!」
フェルデンの上半身を見て、咄嗟に身体が動いた。服を脱ぎフェルデンに被せた。
「どうしました?」
「いや……、あのですね。ブーのラーが透ーのけーてるのですよ」
「!」
フェルデンは両腕で胸を隠した。
……ピンクの花柄。ごっつぁんです。
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