過去に恩



「いーい湯だった~!おかげで生き返ったぜ」

「誰だ貴様」

「疾風お兄さんだ!」

「なんだその姿は!!まるで別人ではないかっ」



風呂から上がった疾風の姿を見るなり、愛枝花はそう叫んだ。

きたえ上げられた筋肉がたくましい、人間離れした男前の美男びなんが目の前に立っている。

女神も驚きの仕上がりだ。


少し長めのれた黒髪をかき上げる仕草を見せる疾風の顔は非常に整っていて、整いすぎていて。

並の女なら、見た者全てが魅了みりょうされるであろうことは想像にたやすい。


したたる色気をしみなくかもし出している疾風に、どこか負けている気がした愛枝花の気分は最高に下落げらくした。

そんなことはお構い無しにと、疾風はさっさと席に着きコタツの中に足を入れ、いそいそと自分に用意されたおわんを手に持った。



「鍋か~!ありがたいな。この寒い中、3日ばかりまともに食ってなかったからな~」

「人間ではないから、しばらく何か食べずとも平気であろうが……。さすがに3日も食事をとらぬのは辛かろう。仕事をしていなかったのか?」

「してた、が。4日前にめたんだ」



 手を合わせ、愛枝花に断りを入れてから鍋の中身をお椀によそいはじめた。

山盛りによそったおかずを見て、よく具が落ちないものだと感心しながら疾風の話に耳をかたむけた。



「俺は人間じゃない。その上長寿ちょうじゅで、なかなかとしを取らないから各地を転々としていたんだ。最近までは大工だいくをやってた」



さらにくわしく聞いてみれば、それは首をかしげる話の内容だった。

大工の仕事は順調じゅんちょうで、親方おやかたに気に入られ仲間たちとの仲も良好りょうこうだったらしい。

それがなぜ、仕事を辞めることになったのか。

どうやらそれは、親方の娘が原因のようで。



「俺はこの通りの色男いろおとこだろう?」

「自分で言ってずかしくはないか?」

「……んで、俺の人間じゃない気配にかれたのかこの顔に魅了されたのかは知らんが。近々結婚する予定の、親方の娘に告白されたんだ」

「何をだ?」

「この流れでわかれよ。自分を連れて逃げて、結婚してくれってさ」



大工の親方の会社は、不況ふきょうのあおりをくらって倒産寸前にまで追いこまれていたらしい。

なんとか状況を打破だはしようと、資産家の息子との縁組えんぐみを成功させようやく結婚にこぎつけることが出来たらしい。

親方は酒を飲みながら、涙ながらに語っていたそうだ。


ところがだ。

当の娘は、自分の意思を無視した結婚話に半狂乱はんきょうらんになったそうだ。

相手が二回りも年上で、見た目も良いとは言えず。

逆に性格が良いのかと問われれば、暗くて引っ込み思案じあんの引きこもりという答えが返ってくるという。


だがそのおかげで、50に近い1人息子が未だに結婚出来ないことをうれいた親がただの大工の娘でも嫁にすることをゆるしたのだろう。

双方の親のみが納得なっとくした結婚話。親方の娘は、泣きながら疾風にすがったという。



「お世話になってる親方の娘さんとはいえ、赤の他人な訳だし好きでもなんでもないし?せまられても無視してたんだよ」


しかし、事はそう簡単には収まらなかった。

娘はあきらめが悪く、ずっと好きだった疾風とどうしても結婚したいと願った。

父親に、疾風と結ばれ子供もいるとうそをついたのだ。


当然、疾風に身に覚えはなく。

身の潔白けっぱくを証明しようとしたが、悪いうわさが広がったらせっかくの話がご破算はさんになると親方がさわいだのだ。

娘をあきらめさせる為、とうとう疾風はいきなり解雇かいこを言い渡されたという訳だった。



「元々、あの女にはうんざりしていたし。おんある親方にこれ以上、迷惑かけられないなーとも思ってたしな」

「……意外とお人好しなのだな」

「面倒なことが嫌いなだけだって」



疾風が、ちょうどよかったと思ったのもつかの間。

そういえば給料をもらっていなかったことに、出てきた後に気がついたそうだ。

おかげで食うや食わずの3日間。

生き倒れたところで、愛枝花と出会ったという訳だった。



「住み込みで働いてたから、他に行くところもない俺だ。世話になった分、しばらくここで暮らしながら社を綺麗に直してやるよ」



そう言いきると。いつの間にか、鍋の中身が汁も残さず綺麗に無くなっていた。

しかもよくよく見れば、米を五合ごごうほど炊いていたのも綺麗に無くなっている。

側には卵のカラが数個分。


 疾風は鍋の中身を食べ尽くした後。

米五合分のおじやを作って、それを1人で食べきったのだ。

最後に熱いお茶を飲みきると。手を合わせ、愛枝花に礼を言った。



「美味かった!ごちそうさん」

「おそまつ様だ」



さすがに用意してもらってばかりでは愛枝花に悪いと思ったのか、疾風は食器などの後片付けを一緒に手伝う。

吹きっさらしの寒い廊下を歩きながら、建物の痛み具合を確認した。



「一休みしたら、さっそく作業にとりかかるな!……ところで、大工道具とかあるか?」

「私がそのような物を使うように見えるか?」



ねじりハチマキを頭に装着そうちゃくし、トンカチと釘をかまえて力の限り板に打ち付ける愛枝花の姿を想像する。

似合わな過ぎて、可愛くて。

思わず思いきり吹き出した疾風を許す愛枝花ではなく。

重い物を率先そっせんして持っている働き者の足を、思いきり踏みつけた。



「痛っつ~~~!?」

「無いなら買えばいい」

「……簡単に言うなよ、文無しだって言っただろうが」

「誰がお前に身銭みぜにを切れと言った」



台所に用意していた少し冷めたお湯に、洗い物の食器をける。

洗うのは後にして、愛枝花はそのまま疾風を連れだってその場を後にした。

社の中で最も神聖な場所、拝殿はいでん(神社で拝むために本殿の前に建てた建物)へと向かう。


渡り廊下を進み、拝殿に着くと部屋の奥へ向かう。

すると、愛枝花が壁を軽くノックすれば壁が扉のように開いた。

どうやら隠し部屋のようだ。


愛枝花が中に入るのに続いて、疾風も隠し部屋に入る。

そこには、こじんまりとした小さな部屋があり。

窓も無ければ、出入口も一つしかないような場所だった。


かざり気も無いことから、物置に使われている部屋かと思いきや。

物が一つも置いていないので、疾風は違和感いわかんを覚える。


そんな疾風を置いて、愛枝花はさらに奥に進む。

愛枝花が向かった壁の一ヶ所だけ、布で隠された場所があった。

その前で愛枝花は立ち止まる。


布をかき分け、壁があらわになると。

神々しく光輝いているようにも見えるのを、疾風がわざわざ指摘してきすれば。

その壁を、今度は強く押した。

すると、もう一度扉のように壁が開いたかと思えば。

中に隠されていた物が、二人の前に堂々と姿を現した。



「…え、嘘だろ……?」

幻覚げんかくでも見ていると思うのか?」

「俺の脳が都合よく脳内変換したんじゃないかと……」

「そんな都合よく変換へんかんされるはずがないだろう」

「だよなー……」



壁の中に隠されていたものとは。

数えきれないほど大量の、まばゆくきらめく黄金の山だった。

なんでもその昔、この社を建設する際にほり当てた物だと愛枝花は言う。

疾風は小さく刻まれた金塊きんかいの一つを手に取る。

すると断片的だんぺんてきではあったが、かの有名な家紋かもんきざまれているの見つけ。

それが何を示す物なのかがわかると、思わずかわいた笑いが込み上げた。



「これは、あの有名な埋蔵金まいぞうきんってやつじゃあねぇの?」

「さてな、そんなことは知らぬ。……これをいくつか持って、現代の紙幣しへい換金かんきんし必要な物を買ってくるといい。ちゃんと刻印こくいんつぶすのだぞ?」

「俺がこれを全部奪うって、考えもしねぇのか?」



金塊に視線を向けながら、真面目な顔でそんなことを言う疾風に愛枝花は鼻で笑って返した。



「奪われたらそれまで。私は形を保つ為の食糧が買えず、すぐさま自然に還るだけだ」

「潔いな。もう少し抵抗しろよ」

「してどうなる?神の力はほとんど無く、それに頼ることは出来ない。それに子供の体では、貴様の指一本でねじふせられて終わりだ」

「確かにな」



……沈黙が流れる。金塊を元の場所に戻す音がやけに大きく響き、愛枝花がそれに反応する。

疾風が恐る恐る表情を伺えば、なんの感情も読みとれなかった。


どれだけ落ちぶれていようとも、神は神。

堂々とこの場に立ち、前を見すえる様は確かに威厳に満ちあふれた女神そのもの。

姿形で物事を判別するなという教えを、目の当たりにしているようなものだった。


眼をそらすこともすらせず。

愛枝花は、疾風の次の返答を待っている。

その眼の奥に光る輝きに、疾風は釘付けになった。


凍えるような寒さの中で、疾風は己の体内で熱エネルギーが高まっているのを感じる。

何かが始まる予感のようなものを、感じとったのかもしれない。

元に戻した金塊をもう一度手にとって、にんまりと笑って見せると。

素早く行動に移りはじめた。



「んじゃ、とりあえずこの金塊を1つもらってく。換金して、俺用の大工道具を揃えて工事の手配をしてくるわ」

「………工事?」

「見たところ、水道もガスも電気も通ってないだろ?まずは俺が神社から山のふもとまでの道を作って、整備してから神社の修理とその他の工事に入ってもらう」



まくし立てるようにたくさんの計画を一度に話したので、愛枝花は一度では理解しきれない。

だがそれでも、なんとか頭の中で整理してそれを繰り返すと。

表情が驚きであふれかえった。



「いくらなんでも、ここから麓ふもとまではかなりの距離があるのだぞ?一人で道を作るのか!?」

「その方がなにかと早い。木を切って土を平らにするぐらいだが……車が通れる道は作っとかないとマズイだろ」



そもそも愛枝花がここまで社を放っておいたのも、直す為に必要な神の力が取り戻せなかったのと。

手直しに必要な人手を、社まで連れてくるのが手間がかかりすぎて大変だったからだ。


その事実が、どれだけ愛枝花に絶望を与えていたか。

こうも簡単に、社再建の目処が立った。

しかも愛枝花の社が山の中に存在するのだと、人伝に話が伝わることにもつながる。

一石二鳥どころの話ではなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る