大神



「何をする!?」

「愛枝花に合わせて歩いてたら、朝飯が昼飯になっちまうよ。運んでやるから、家はどこだ?」

「~~~っ!!……お前は特別大きいからな、仕方がないなっ!あちらの山へ向かえ」



大人と子供の体格の差だけならいざ知らず。

疾風は普通の成人男性よりも体がたくましく大きい上に、愛枝花は普通の子供よりほっそりとして小さかった。

神の力のことだけでなく、体のことでも理不尽だとなげく自身にいい加減うんざりするのだった。



「あの山のふもと辺りか?」

「違う。あの山の中腹ちゅうふく……山頂寄りの場所に、我が社がある」

「我が社って、神様じゃあるまいし」

「神なのだから、我が社を我が社と言って何が悪い?あれは私の力で建てた、立派な神の社だ」

「…………………………マジ?」



心底しんそこおどろいている様子の疾風に、愛枝花は何度目になるかわからない深いため息をこぼす。

ただの人間に、自分は神だと告げてすぐに信じてもらえるとはさすがに思ってはいないものの。

やはり何度味わっても、嫌な気持ちになるものだ。


信じてほしいことを信じてもらえない。

胸に宿やどむなしさや悲しみは、いくら慣れたとはいえ降りつもれば重いし苦しい。

たとえ吐きだしたとしても、まとわりついて離れない。

しかしこれも世の常と、愛枝花は無理やり自分を納得なっとくさせた。



「信じたくなくば、別に信じずともよ――――」

「そうか、神様か!ならちょうどいい」

「何がだ」

「もう自分の正体を隠さなくていいなー、と」



そう言いつつ、疾風は自分の頭に軽く手を置く。

頭を隠したいのだろうが、疾風の大きな手でも頭全てを隠すことは出来ない。

一体、何がしたいのか。

愛枝花が見守っていれば、次の瞬間しゅんかん。頭に置かれていた手が離れる。

そこから頭に現れたのは――――



「犬耳?」

「しっぽもあるぞ!」

「お前、人ではなかったのか!?」

「気づかなかったのか?神様なのに」

「うぐっ、」



そう言われてしまえば、愛枝花はぐうの音も出ない。

神としての力がおとろえて数百年。

神の器はかろうじて保てているものの、力の方はまったくと言っていいほど使えなくなっていた。

すなわち、疾風のような人外が人間に化けていても自ら正体を明かしてくれない限り正体は一切わからない。


それほどまでに、愛枝花の女神としての力は弱体化じゃくたいかしてしまっている。

今回のようなことはめったに無いとはいえ、あらためて自身の神としての力の無さを考えさせられる時には重い現実におしつぶされそうになる愛枝花だった。



「……私はくらいは高いが、力は極限きょくげんまで弱っている。だからお前の正体も気がつかなかった」

「なんで弱ってんだ?」

「氏子がいないからだ!」



今までの鬱憤うっぷんを晴らすかのように、愛枝花は疾風の耳元で大声で叫んだ。



「信仰する者がまったくいなければ、神はこの身を保てない。私は生まれが生まれだから、まだ原形げんけいを保っていられるが……力は少ししか使えないのだ。笑いたければ笑え」



 情けない、悔しい。

後悔こうかいは尽きることなく、日に日に思いはつのっていくばかり。

こんな感情をいだくのは、神らしくなどない。

愛枝花はそう思っているが、神としての威厳いげんほこりなどとうの昔にうばわれているのだから泣くに泣けないとはこのことである。



「すげー卑屈ひくつだな~」

「卑屈にもなる!何もかも奪われて、新たな居場所もちてゆくばかり。氏子も見つからない……神でなくとも、気が滅入めいる」



愛枝花は分かりやすく落ち込んで、泣きそうになっている。

そんな彼女を腕の中に抱えなおし、疾風は頭をポンポンと軽くたたいた。



「何を……っ」

「つまり簡単に説明するとだ」



住んでるところがボロボロで、直したくても力が無いから直せない。

その力を得るために、氏子が欲しいが見つからないし集まらない。



「ってことか?」

「その通りだ!」



あらためて言われると恥ずかしいらしい。

顔が真っ赤になってしまったのを、疾風に見られまいとそっぽを向く。

すると今度は、愛枝花の頭を優しくなでたかと思えば急に地面が遠ざかった。



「っ!?」

「とんでった方が早いだろ?」

「いきなりとぶな!!」



愛枝花を抱えなおし、助走もつけずに空へ高くとび上がる。

そして指定されたはるか彼方の山の方角へと向かった。


 いきなり人外じんがい脚力きゃくりょくを使われて、驚くやらそこはかとなくどや顔を見せる疾風をうっとうしく思うやらで。

機嫌良さそうに笑っている疾風の頬を、いら立ちまぎれに思いきり引っぱった。


「ふぁにふゅんだふぉ!《なにすんだよ!》」

「イライラが治まらずやった。後悔などしない」



八つ当たりなのはわかりきったことなので、愛枝花は決して疾風と目を合わそうとはしなかった。

何百年も生きていると言う割には、存外子供っぽいことをするものだ。

疾風は特に怒ることもなく、さらりと話題を変えた。



「…ま、別にいいけどな。そういえば、神様なんだから昔はよく飛んでたんじゃないか?」

「だから先ほどから言っているではないか!」

「何が?」

「力があったのははるか昔で!今は力が無いに等しいから飛ぶことなど……!」

「お?あれか!」

「人の話を聞く気があるのかーーーっ!!!」



文字通りひとっとびで街中から愛枝花の社へと到着とうちゃくした。

行きは街まで来るのに結構けっこうな時間がかかったというのに、疾風のおかげで帰りは一瞬いっしゅんだったことにかなり楽だったと愛枝花は内心ないしん喜ぶ。

だが疾風という男に対して、素直になるのはなんだか悔しい。


最初こそは、きちんと礼を言おうと決めていた愛枝花だったが。

変に意地を張ってしまって、どうにも素直になれなかった。



「よいせっと!」



 ーーーーほとんど原型げんけいを#とどめていない石畳いしだたみの上に、重力に任せて疾風が降りたった。

疾風と愛枝花の重量+降り立った反動はんどうの為か、石畳は完全に粉砕ふんさいされてしまう。


ギリギリ形を保っていたというのに、粉々になった石畳を目の当たりにして。

愛枝花は青ざめるやら、泣きそうになるやらで。

社をキョロキョロ見ている疾風を、涙目なみだめにらみつけた。



「お前っ……!私に何かうらみでもあるのか!?」

「ん?むしろ今から恩を受けるが」

「そうだ。食事を提供ていきょうしてやると言ったにも関わらず、私の社の一部をこわすとは!!」

「あぁ、すまねぇ。腹がふくれたら直すからさ」

「……直せるのか?」



粉々こなごなになった石畳の一部を手に持ちながら。疾風はニカッと笑ってみせた。



「長い人生、石を加工する方法くらい覚えたさ」



そう言いながら、愛枝花の方に近づいてくる。その顔は笑顔のままだが、顔色が悪いままだ。



「……とりあえず、社へ参れ。まずは湯殿ゆどので身をきよめよ」

「湯殿…って風呂か!用意してくれんのか!?」

「その小汚こぎたない格好のままで、私の社の神殿しんでんへ入ることは許さぬ」



そうは言うものの、これ以上汚されても#大差たいさないほどおんぼろだ。

途中の廊下で疾風が足をみぬかないよう、愛枝花が声をかけながら進んでいく。


風呂場も神殿部分と同じように、毎日使う場所なので綺麗に手入れはしていたが。

まさか他者に貸す日が来ようとは、愛枝花は夢にも思っていなかった。


実は、社の風呂は温泉なのである。

天然温泉を建物の中に引いて、風呂として活用していた。

いちいち水をくみ、まきで風呂をかすことなど愛枝花には出来ない。

ゆえに、まだ力が残っていた頃に温泉を引き当てられたのは幸運だったと言えるだろう。


社の中の風呂はひのき作りにしているが、実は外には露天風呂ろてんぶろもある。

そちらに案内しようとも思ったが、腹を空かせている上に体が冷えきっている状態では色々危険と判断してやめた。


ゆえに、愛枝花が今こうして疾風をひのきの風呂へと案内している。

途中、自室に寄って以前に気まぐれで縫った男物の着物を用意した。


あとまともに廊下も歩けないので、やはり気まぐれで作っていた厚めに縫った足袋たびも用意する。

これで風呂の帰り道、足の裏が汚れることもないだろう。


風呂場に到着し、脱衣場に《だついば》着替えを置いていると。

愛枝花が出ていく前に、疾風がいきなり服を脱ぎだしたので慌てて外に飛び出した。

出ていく間際まぎわに、疾風のたくましい胸と腕の筋肉が目に焼きついて。

らしくない、と人知れずソッとつぶやいた。



「……奴は、たくさん食べるだろうな」



あきらかに体を使って生きてきた体格だ、人並み以上に食べるだろう。

境内けいだいはしに作った畑から、急いで野菜を収穫しゅうかくする。


そのすぐ側にあるわき水で土を綺麗に洗い流し、背負って持ってきたかごに入れていく。

真冬の寒空の下で、冷たくて手が凍りそうになるが今は時間が勝負。

あまり待たせては、約束を破ることになると愛枝花が思っているからだ。

神が一度約束したことを、破る訳にはいかない。愛枝花はそう考えていた。


大量に収穫した野菜を持ちかえり、台所で調理を開始する。

今日は朝から雪が降ったりと、特に寒いので鍋にしようと思い立った。


……別に手抜きをしようという訳ではない。

今は急いでいるから、簡単に作れる水炊みずたき鍋にしようと思っただけである。

それに野菜でかさ増しすれば、量が稼げるだろうとふんでの鍋なのだ。


急いでいるからといって、下準備はおこたらない。

ダシをよく取り、野菜にしっかり火を通しておく。

氷室で冷凍していた数少ない鶏肉を解凍し、鍋に入れる。


ほどよく火が通り、グツグツと煮えてきたら鍋を隣の畳部屋のコタツの上に設置する。

そして急いで火を付けた炭を火鉢ひばちに入れ、コタツの中に入れた。

これでようやく暖まることが出来ると、ほっと一息つくと。

ちょうどよく、疾風が風呂から上がってきた。



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