第8話 初恋-8

 昼休みのチャイムが鳴ると、由理子は二人分のお弁当を持って保健室に向かった。ノックして入ると、ベッドのカーテンは開け放たれて、ミキと早野先生が腰掛けて話をしていた。由理子は一瞬驚いて、その場に立ち尽くしたままその光景を眺めていた。二人が由理子に気づくと、手招きして由理子を呼んだ。由理子は扉を閉めて二人に近づいた。早野先生はニコニコしながら、由理子に話し掛けた。

「由理子ちゃん、聞いたわよ、全部」

「は?」

戸惑う由理子をよそにミキはぺろりと舌を出した。

「あたし、全面的に協力するわ」

「は……」

「だって素敵じゃない、“A girl meets a boy.”なんて感じよ。頑張るのよ、ミキちゃん」

「はい」

「そこで、作戦を練ったんだけど、やっぱりここは中川君に依頼すべきだと思うの」

「はい?」

戸惑う由理子を前にミキはニコニコと頷いていた。

「中川君に依頼すれば、きっと見つかるわよ」

「でも、顔の特徴もわからないし、どうやって?」

「そこは、ほら、中川君の情報網をもってすれば、ということで」

「だけど、この学校じゃないかも」

「その時はその時よ。とにかく、いまのこの学校を探せばいいの」

「はぁ……」

「ミキちゃん、ガンバ!」

「はい!」


 南門にしゃがみ込んだままミキは下校する生徒のひとりひとりをチェックしていた。もうすぐ下校時間がやって来る。しかし、まだ目的の彼は見当たらなかった。ぼんやりと諦めようかと思っていると、早野先生と由理子が一人の少年を連れて手を振って近づいてきた。手を振り返すと、早野先生はニコニコしながら顔を寄せながら言った。

「連れてきたわよ、中川君」

少年は優しく微笑みながら、胸ポケットから名刺を出した。

「私、新聞部の中川圭一と言います。よろしく」

ミキは呆気に取られながら、はぁ、と答えた。

 下校していく生徒たちを見ながら、一通りの説明を中川にすると、中川はメモを取り出して、色々と書いていた。

「大体、わかりました。事情も深刻そうですので調査料はまけておきますが、どうします?依頼しますか?」

「見つけられるの?」

「候補を挙げるくらいですね」

「候補?」

「そうです。そこまでです。お話では、もちろん名前はわからない、イニシャルもわからない、傘はあるけど普通の傘で特徴はないし、手掛かりはあなたの記憶だけですから、候補を挙げて確認していただくしかないわけです」

「…そうね」

「こうやって眺めていても、見落としがあるかもしれません。それなら、ピックアップして確認していただこうかと」

「……どうやって?」

「ひとつだけ手掛かりがあります。それは出会った場所です」

「…それは」

「その近くから通っている学生を探すことが一番てっとり早いことは明白です。違いますか?」

「…だけど」

「まぁ、警察に突き出されることを心配しているのでしょうが、私は依頼者優先ですからそんなことはしません。あとは、この二人を信用するかどうかということです」

「…ぅん」

「由理子さんは信用できませんか?」

「んん」

「文先生は?」

「…信用する」

「じゃあ、言ってもらえませんか?どこで、どこのバス停だったのか?」

「……ん、…いいわ。言うわ。……寺山台の里ノ前」

「はいはい。寺山台ね。とすると、泉中央駅からバスに乗ったんですね」

「ぅん」

「はい、じゃあ、調べておきます。明日の夕方までにはなんとか。女の子の情報なら網羅してるんですけど、野郎の方はないもんで」

「どうして、女の子は調べてあるの?」

「趣味です」

「……ひょっとしておかしな情報も知ってる?」

「おかしなって意味がよくわかんないけど、まぁ人に言えないことまで」

「変態…」

「失礼な。情報は宝です、この商売は」

「学校で商売するな」

「でも、役に立つでしょ。文先生なんか、随分写真買ってくれてるし」

「ちょっとぉ、言わないで」

「はいはい。じゃあ、ちょっと調べてきます」

 中川はそのまま立ち去った。下校時間を知らせる音楽が流れ始めた。早野先生も医務室に戻り、由理子とミキは二人立ち尽くしたまま夕焼けを見つめた。

「見つかるかな?」

ぽつりとミキは呟いた。

「この学校ならね。きっと」

由理子は答えた。

「いい人が多いね、ここ」

「そうかな?」

「ごめんね、迷惑掛けて」

「いいわよ。たいしたことじゃないし。それに心配しなくても、言わないからお母さんには。ちゃんとこのあたりの学校調べ終わるまでは、大丈夫。約束したもん」

「……ありがと」

 下校時間のチャイムが鳴り、残っていた学生が出ていくと、ゆっくりと門が閉じられた。


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