第9話 初恋-9

 開門と同時に北門に陣取ったミキは予鈴が鳴ってもその場を動かなかった。生活指導の先生にたしなめられてのろのろと腰を上げ、ゆっくりと保健室に向かった。

 ベッドに横たわっているのも無駄だと思い立ったミキは休み時間ごとに校庭に出て生徒たちの中を探した。昼休みは由理子と一緒に屋上で弁当を食べながら、校庭を見下ろしていた。しかし、一向に目的の彼は見つからなかった。落胆の様子が見て取れた由理子は、話し掛けるのもためらわれ、ただそばでミキを見ているしかできなかった。

 昼休みも半分が過ぎた頃、中川がひょっこりと現れた。

「お待たせしました」

笑顔でミキの前に現れた中川はそう言いながら、メモを取り出した。

「調べてきました」

「いたの?」

「いたかどうかは、ご自分で確認していただくしかないんだけど、まぁ、こっちで調べられることはしましたので」

「それで?」

「はいはい、少々お待ち下さい」

中川はメモを手渡すとゆっくりと説明し始めた。

「えー、わが校の男子について調べましたところ、寺山台から通っている生徒は一人です。二年生です。それから、泉中央駅から乗車している生徒は、十五人。そこに、挙げたとおりです。あと、もう一つ向こうの三木田駅からは、四人、手前の深山駅からは十一人ということです。それがリストです。あ、但しそれは住所から推定したものですから、深山からだと、バスで直接来てることもありえますから、それは予めお断りしておきます」

「これ、クラスまで調べてくれてるのね」

「それは、もう、バッチリ」

「ありがとう、中川君」

「由理子さん、そんな風に言ってもらわなくてもいいんですよ。商売ですから」

「おいくら?」

「こんなもんで」

「じゃあ、はい、これ」

「ありあとやんした」

「由理子さん、そんな、あたしがお金払います」

「いいわ。また後で家に帰ったら返して。それまでは、無駄遣いはしないほうがいいわよ」

「ありがとう。中川君もありがとう」

「見つかるといいね」

「…ぅん」

「どうしたの?」

「朝、見つからなかったの……」

「北門も?」

「うん」

「まぁ、遅刻してるかもしれないから、夕方またねばってみるといいよ。それでダメなら、明日、そのメモに従って一人ずつ調べればいいんだから。ね、アシダミキさん」

「うん。?ん?ど、どうして、あたしの名前知ってるの?」

「ちょっと、警察に問い合わせて調べさせてもらいました。いい名前だよね」

「ち、ちょっとぉ」

「明日に未来で、明日未来アシダミキなんて、そりゃちょっとない苗字だから、言えばすぐ身元はばれちゃうよね」

「騙したのね」

「ご心配なく。ミキちゃんがここにいることは言ってないから。泉中央の駅で、ミキっていう家出少女を見たってことにしてあるから」

「ホント?」

「ホント、ホント。一応、こちらも商売なんでね、裏切るような真似はできません」

「本当ね……。ん、信じる。これだけのこと調べてくれたんだもん」

「じゃあ、幸運を祈ります。と、いうことですが、もしまだお手伝いが必要なら申しつけて下さい」

「んん、これで充分。あたしは自分で探したいの」

「じゃあ、グッドラック!」

 中川が立ち去るとミキはメモを見た。まだ昼休みは残っている。寺山台出身の一人だけでも見に行ってみようかと思った。顔を上げて由理子を見ると、由理子は心配そうに見守っていた。

「あのね、いま、この子だけでも見に行きたいんだけど」

「いいわよ、ついて行ってあげるわ」

ミキはニッコリと微笑んで由理子に抱きついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る