第21話 エリオットの秘密

 レッドドラゴンのカルビ肉を納品した夜。

 酒場【ブラックローズ】にて、魔法使いエリオットの秘められた過去を自らの言葉で話したい。

 そうパーティーに話した彼と組む勇者と僧侶と商人は、木製のテーブルを囲みそして話を聞く事にした。

 あのレッドドラゴンとの戦いの時にエリオットはとある神獣に姿を変化させた。

 その姿は通称、メギストスとよばれる錬金術師の神人と呼ばれる存在。何故、そんな錬金術師の神人が勇者クレアのパーティーに参加しているのか?

 気になる話題ではあった。


「まさか、俺と同じ人間に化けた神獣が身近にいたとはねぇ」


 僧侶オグスからすれば驚きはするが、その前に神獣が身近にいたという親近感もあるから不思議な気分ではある。

 ハザードも珍しく酒を呑まないで皆の話に耳を傾けていた。

 クレアは茶色の瞳を大きく見開いて、そして訊いた。


「エリオット。貴方の正体はあの時に助けてくれた銀髪の女性だったの?」


 彼は頷き、そして正体を明かした。


「俺のこの姿は仮の姿でね……正体は周囲からは"メギストス"の愛称で呼ばれている」

「メギストス。錬金術師の神人でトリスメギストスと呼ばれる存在がいるね」 

「俺の父親みたいなものさ」 

「じゃあ……エリオットは生粋の人間ではないの?」

「まあ、そうだね……」


 マグカップに淹れられたコーヒーを一口含んだ。

 そして、これまでの経緯いきさつを話すエリオット。


 魔法使いエリオット。

 この人物の正体は神獣メギストス。

 神獣と呼ばれる存在は魔族の王とは格も力も遥かに上回る、神の獣でもある。

 彼らが人間として正体を隠して過ごしているのはその常軌を逸した力を利用されない為に隠れている。

 彼ら神獣にとっては大魔王などという存在はどうでもいい存在ではある。

 しかし、人間として何らかの形で関わりを持っていると自然と愛着が湧く。

 そしてエリオットは昔、結婚していた身でもある男性だった。今は離婚して世界の放浪に出て様々な人々を見つめてクレアの大陸に渡ってきた。

 その前に離婚という傷を負った彼だが、それは自分の女癖の悪さが発端で起きた自業自得なものだった。

 

「旦那はでも、メギストスの時は女性に見えたぜ。かわいい女のコみたいだった。それがまた男性に化けているのが不思議だよなぁ」

「そりゃあ女の子も武器になるけど、あざといって言われるのが嫌でね。この姿は気に入っている。俺の父親の姿を借りてはいるけどさ」


 だがある日の事だった。

 大魔王の部下と名乗るダークエルフの女性が彼に接触してきた。

 依頼はこれから人間の世界を手にする為に進出を企む魔王ナルゴフの為にその神獣の力を大魔王の為に使って欲しい、その依頼だった。

 彼は離婚したとはいえ、人間の女性である妻に対する愛情は持っていた。その女性を含む人間を根絶やしにする事など自分にはできない。

 他所よそを当たってくれと彼は断る。

 しかし、ダークエルフの遣いに妻がどうなっても構わないのか? と脅しをされた。

 彼はそれでも断った。

 自分には人間を殺す理由もないし、妻がどうでもいい訳でもない。ならお前達の敵になる。お前達の大魔王とやらに伝えてやれと無下に断った。

 意地だった。大魔王の理念にも共感できないし、その為に神獣の力を振るい人々を蹂躙する事に何の喜びも湧かない。

 父親の"常に人々の為に役に立て"という教えに背く事などできない。

 意地を通した結果……酷い仕打ちを彼にされた。

 その妻が魔王軍の攻撃に街ごと晒され、無惨に殺されたのだ。

 それだけならまだしもその魔王軍の中には人間の手勢もいたのだ。魔王軍に心を奪われた人間達の部隊。

 そこは地名で言うとバルサリオンから遠くエリュシオン地方と呼ばれる雪国である。

 魔王軍の襲撃がされた夜の事は記憶に焼き付いて離れない。何もかもが血の赤に染まり、闘いと圧倒的な力で屈服する事に快楽を感じる人間に対して憎悪を覚えたエリオットは、密かに復讐を誓った。

 血まみれになって逝ってしまった妻の仇を討つ。神獣としてではなく、一人の人間として仇を討つ。

 最期、自分の腕の中で息を引き取った妻の最期の言葉……。


「泣かないで……小さなうさぎさん……」


 あの時の自分は神獣に姿が戻っていた。

 彼ら、神獣には変身の引き金となるものは負の心だった。憎しみ、悲しみ、怒り……。

 それらが限界に達する時に彼らは神獣に戻りそして力を振るった。大魔王をも寄せ付けないその力を下級の人間に振るえば、答えは一つ。

 人間達の死屍累々の屍だけが残った……。

 事件という一言では片付けられないその凄惨な経験の後、彼はしばらく放浪の旅に出た。傷を癒やす為に、そして神獣の力をコントロールする術を修得する為に。

 様々な街を放浪して判った事は、人間にも救いを求めるべき人と地獄に堕ちるのが似合う人がいること。

 その旅先の一つがクレアの街だった。

 そして、彼はクレアに出会う。

 何だか放って置く事ができない彼は魔法使いエリオットとしてしばらく滞在する事にした。

 そして、今は勇者パーティーの一人としてこの場所にいる。


 僧侶オグスは不思議な親近感を感じた。

 この神獣も力のコントロールに苦労していた神獣だったのと、出処は違うは人にも魔物にも憎しみを持っている部分はだいぶ同じという事。

 そこに、ふと疑念が湧いた。

 俺達は人間達に対して憎しみを抱いている。しかし今は勇者パーティーの一人として曲がりなりにも『人間』の為に闘おうとしている。

 本当にこれで良いのか?

 でも勇者クレアをみていると、"それでもいいんじゃないか"と思っている自分自身も確かにいる。

 彼も、魔法使いエリオットも、そう思っているのだろうか?


「こんな感じかな? 俺の過去の話は……」

「ねぇ? エリオット……」

「なんだい? クレア」

「今でも憎いの? その……人間達の事が……?」

「憎いって答えたらどうする?」

「え……?」

「勇者として俺を殺すか?」

「そ、そんな……」

「もし、そうなったら……このパーティーも解散かな」


 棘のある無責任な言葉遣いになるエリオット。

 緊張がしばらく走った後に安堵するかのように、彼は柔らかく答えた。


「安心して。今は人間に対して敵意は抱いてない。もちろん、君にもね。だから、共にまた旅を続けよう……もちろん彼らと共にね」


 そうして、ハザードとオグスに視線を送るエリオット。

 オグスは軽口を叩いた。


「何だ。俺の同族がここにいたのか。一瞬、お前が敵になったらどうするかと考えたぞ」

「神獣に産まれるってのは不幸なのか、幸せなのか、よくわからないな。全く」


 その話を聞いていた商人ハザードは何か内側で疼くものを感じていた。

 

 そうして、【ブラックローズ】での話も終わり、彼らは宿をとり、眠りにつく。

 翌日からはバルサリオンから歩いて二日の街【ライカンウッド】へと目指す事になる。

 

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物欲勇者と手癖の悪い男達 翔田美琴 @mikoto0079

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