第12話 僧侶オグスの人生相談

 勇者クレアは僧侶オグスと共に地下に広がる賭博場へと初めて足を踏み入れた。

 そこはモンスター格闘場と呼ばれる気軽な賭博場。手持ちの現金で賭け札を購入して、的中させれば倍率によって、現金が戻ってくるという賭博だ。

 オグスは慣れた調子で賭け札を売るカウンターへと向かう。クレアは中の空気が少しいかがわしいのを感じてか、周囲を観察している。そこにいる人々は何処か暗い影を背負っているように感じる。

 大っぴらに楽しむ男もいれば、コソコソとちょっと肩身狭く楽しむ商人がいたり、魔物の動きを観察する為に訪れる戦士がいたり、楽しみ方も千差万別。

 僧侶オグスは純粋に賭博を愉しむギャンブル依存症かと思ったが、魔物の動きも観察している様子だ。これは実戦の場で活きてくる。

 良い意味で勝負勘が優れているのだ。あの魔物は毒を使う、あの魔物は炎を吐く、その知識はパーティーの守り神として遺憾なく発揮する。

 オグスは賭け札を買った。1枚、140ゴールド。次の試合が開始されようとしていた。

 モンスター格闘場の次の試合に参加するモンスターは4体。毒の蛙に巨大ニワトリ、巨大イモムシに、魔法を使うキノコ。ちなみにオグスは巨大ニワトリに賭けた。


「クレアはどれが勝つと思う?」

「あの巨大イモムシかな?」

「あれか。確かに結構タフなモンスターだよな。でも。よく観ていろよ」


 モンスター格闘場は、周囲が壁に囲まれた空間で人間はまるで井戸を覗くように、その格闘場の場所を見物する。

 すると早速、毒の蛙が倒された。集中攻撃を受けて倒された。魔法を使うキノコが氷の魔法を放つ。巨大イモムシに直撃する。その後、巨大ニワトリが強烈な打撃でキノコを倒した。巨大イモムシが転がってニワトリに体当たりする。しかし、またもや巨大ニワトリが強烈な蹴りで巨大イモムシを葬った。

 

「すごい! オグスの大当たりね!」

「あの巨大ニワトリは痛恨の一撃持ちのモンスターでね、一撃必殺を望めるんだ」


 倍率は6倍だった。オグスが賭け札を出して換金する。140ゴールドが840ゴールドになって帰ってきた。確かにこれならギャンブル依存症になるのもわかる。

 ちなみに840ゴールドもあれば、酒場にて酒を楽しむには充分にお釣りがくる。

 そうしてオグスはモンスター格闘場にて約2000ゴールドを稼ぐと、勇者クレアを連れて表の世界へと帰る。オグスはクレアを伴い酒場【ムーンスター】へと向かう。

 その道すがらだった。

 ある男が窓の外からその家を覗き込んでいる光景が見えた。男は悔しそうに、歯がゆそうに、見つめている。端から見れば怪しい男である。

 オグスはそこで気付いた。あの家は確か、エリオットが昨夜寝取ったという女性が住む家だと。という事はあれば寝取られた夫という事か。

 夫と思われる男性は本当に悔しそうにしている。そしてその妻の相手をしているであろう魔法使いに嫉妬している。耳を傾けると夫の嫉妬心に燃える憎々しい言葉が漏れていた。


「何でアイツはあんな軟派な魔法使いと楽しく話しているんだ!? オレの事なんか忘れてやがるのか!? あの野郎…!」


 何とも嫉妬深い夫だ。

 だが、寝取った魔法使い曰く、あのナタリーという女性は旦那に愛想を尽かせたらしくエリオットの【損をしたなら得もしなきゃ】の言葉で自分自身の幸せを取り戻す事にしたらしい。

 それまで自分自身を犠牲にして尽くして、夫の我儘にも黙って従っていたが、そこでエリオットは問うたのだろう。


「それで君は幸せだったのか?」


 と。僧侶オグスとしても、それはわかる話だ。自分自身はギャンブルで勝つ快感を得て幸せというものを感じる。勿論、全戦全勝だった訳でもなく、裏目に出た賭博は数知れず。ギャンブルから離れるとやはり僧侶なので男女関係での諍いは起こした事はない。

 だからといって賢者のように全てを悟った訳でもなく、酒場【クロスヘブン】に居た時は勇者となる前のクレアに不思議な愛情は抱いた。どうも放って置く事ができないから、とりあえず身近にいて保護者的な立ち位置で彼女を見守った。

 それが、何時しか楽しみになった。

 そしてこのパーティーの業が深いながらも楽しく暮らす男達。何処か許せないながらも割と息が合う自分達はたぶん一種の腐れ縁として知り合ったのだろう。

 あの魔法使いは露骨に女をいたぶったり、虐めたりはしない。商売女であろうが与えられたものに報いるという態度は素直に尊敬はできる。

 しかし。そこの窓の夫はたぶんわかっていない。自らの妻でも一人の女性。その女性の意志を汲んでこなかったツケが回っている事を知らないのだ。

 

「凄い嫉妬だね」

「そりゃあ、自分の妻を寝取られたとなれば穏便には済まないだろう。だからといって、俺はエリオットの旦那の片棒を持つぜ」

「何で?」

「ギャンブルに例えるなら、あの窓の旦那に人生のツケが回っているのさ。与えられたものに報わないとこういう結末が待ってる訳だな」

「何とかならないの?」

「クレアはあの夫婦に元の鞘に戻って欲しいと想うんだね。手助けしてやるか」


 僧侶オグスは窓の外で怒りに震える夫に近寄る。

 そして声をかける。


「よう。そんな所で覗き見かい?」

「ヒッ…! 誰だよ? あんた?」

「寝取った魔法使いの知り合い。見た所、あの奥さんの旦那だね。ちょっとだけ話をしないかい?」

「あの魔法使いの知り合いなんかに話す舌なんか無いね」

「ふーん。じゃあこのまま魔法使いに奥様を取られるのを指をくわえて見ているんだな」

「何だと…!? そんな事はさせねぇ! 奴は俺がぶっ殺すんだ!」

「へぇ。でも奥様はどう思うのかな? 人の生命を奪った男とくっつくかね」

「くっ…! そ、それは……」

「とりあえず敵意はないから話だけでも聞いてやるよ」


 彼らは旅立ちの街の外れにあるベンチに座る。ここなら誰も来ない。訳ありの話をするには絶好の場所だった。


「ナタリーは俺が前の女房を魔物に殺されてふさぎ込んでいた時に酒場で励ましてくれたんです。お陰で仕事にも復帰する事が出来た」

「そんなあなたが何故?」

「俺が酒にまた溺れ始めたからです。ナタリーはお金がないと言うと俺はあいつに暴力を振って金を毟り取って」

「それで彼女は愛想を尽かせて、エリオットに行ったと」

「どう思う? オグス」

「自業自得だね。まあ、そこでバッサリ言っても収まらないから、1つ提案していいかな」

「何でしょう?」

「酒はもう辞めて、そしてナタリーの気持ちを察してあげなよ。借金まみれになってまで酒に溺れるのは何故?」

「あいつの小言がいちいち腹が立つんです。「これ以上、借金作ってどうするの!? 仕事も上手くいってないのに! 食べるものだってお金がないと手に入らないのよ!?」っていつも怒鳴る」

「まあ、そうだな。酒場で酒を飲むだけでも金はかかるしな」

「この間喧嘩しちゃったんですよね? ナタリーさんが泣いて家を飛び出すのを見ました。私」

「自分の奥さんを泣かせるなんて恥ずかしいと思わないのか? 愛想を尽かせてエリオットに向かったのはナタリーは話を聴いてくれる誰かを捜していたんだよ」

「話を聴いてくれる誰か」

「あんたは話を聴いてあげた事はあったか? 文句を言わないで耳を傾ける事をしたのか? あんたはナタリーに信用されてないんだよ。だからエリオットに向かったんだ。勿論、エリオットの奴がした事は間違っている。けどそれをさせたのはそもそもあんただ。ツケが回ってきたんだよ」


 僧侶オグスとしてはなかなか厳しい事を言った。まるで死人に鞭を打つような言葉だ。

 しかし。ここで生来の負けず嫌いな旦那の反撃がきた。


「俺だって! 好きでこんなになったんじゃない! 仕事も大好きなんだ! だけど! だけど! あいつの小言がいつもいつも飛んできて虫酸が走るんだ!」

「どうしたらいいんだよ? 俺はナタリー無しじゃ、結局生きていけねえんだ。僧侶の旦那。俺はどうしたらいいんだよ?」

「……素直になって、今までの事を謝れよ。ナタリーなら許してくれるかもな」


 僧侶オグスはそう言って、隣に座る旦那の肩を叩いた。

 もしかしたら今夜はもう一波乱あるかもな。オグスはそう思いながら月を見上げた。

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