第11話 寝取り男と本物の旦那

 好きにはさせないよ。

 その台詞を言った夜の2時。月明かりが綺麗な夜に魔法使いエリオットは池の辺りのベンチにて待っていた。

 しばらくして待つと、あの旦那と喧嘩した奥様がその池にきた。奥様の顔が喜びの表情を浮かべた。


「本当に……待っていてくれたのですか?」

「勿論。言ったでしょう? 『俺は与えられたものに報いる』と」


 その光景を実は他の男性達も覗き見している。僧侶オグスに商人ハザードだ。噂には聞いていたがエリオットの旦那が夜には女性を引っ掛けるという話は本当だったのか。

 そんな視線を気にする事のないエリオットは、奥様と言葉を交わした後、そのまま彼女の家へと消えていった。

 

「どうするよ? ハザード、観に行くか?」

「俺はいいや。たぶん、旦那の事だから行くところまでやるだろうし」


 そこで大きなあくびをかくハザードは、そのまま宿屋に向かう。

 オグスも「まあいいか」という感じで宿屋に向かった。

 

 奥様とエリオットが束の間の時間を過ごす中で、実は本物の旦那が実は窓の外にて彼らの姿を観ていた。

 見知らぬ男が俺の嫁を寝取っている。

 しかも、嫁は大層喜んでいる。

 あんな顔、俺の前ではしないのに。どうして、そんな奴の前では気持ち良さそうにするんだ! 許せねえ…! あの女…!

 それに、あの寝取った男! 自分自身がいい男だから嫁を誘惑しやがったな! 奴も許せねえ…! 殺してやる…!

 本物の旦那はやり場のない怒りをぶつける為にまた酒場に寄り、酒を飲もうとするが、酒場の主人に止められた。


「ダメだよ。あんた、酒の為に借金まみれなんだろう? 早く借金を返さないとあんたの首を飛ばされるよ。あんたがそんなだから、嫁のナタリーが寝取られるんだよ」

「うるせえ。そんな奴、俺が八つ裂きにして殺してやるよ!」

「何だってナタリーはこんな男の旦那になったのか解らないねえ。あんた、昔は真面目に仕事をしていたのに、酒を飲み出してからだ。少し控えた方がいいんでないかい?」


 と酒場【ムーンスター】の店主は話した。

 そうして、朝日が昇る頃に、逢瀬の時間は過ぎて、魔法使いエリオットは魔道士のローブを肌着の上から纏う。

 ナタリーはぐっすりと安らかな顔で安心した顔で寝ている。

 エリオットは魔道士のローブを纏い、手に愛用の杖を握ると彼女の口に唇を重ねて起こした。


「エリオット…」

「おはよう。もう朝だよ。そろそろ俺は1回、パーティーに戻るよ。また今日も勇者と魔物狩りだからね」

「良い夜だった。また君と今晩も過ごしたいな」

「……私も、気持ち良かった。今晩もきて? 私、待ってる」

「そういえば名前、聴いてなかった。お名前は?」

「ナタリーです」

「良い名前だね。じゃあね、ナタリー」


 と軽い足取りで宿屋に帰る魔法使いエリオットに、喧嘩を売りにきた男がいた。あのナタリーの旦那である。


「待ちやがれ! この野郎!」

「? 何だ? お前?」

「俺の嫁をよりにもよって寝取りやがって!」

「……へえ。あなたがナタリーの本物の旦那か。自分の嫁だからって棚に上げて実生活では散々放って置いた奴が言う事かな?」

「寝取り男が何を言う!」

「寝取られたのは、あなたが普段、旦那の務めを果たしていないからだと思うね、俺は」

「こ、この野郎…!!」

「悔しかったら、どうにかして、ナタリーを振り向かせる事だね。それでは」


 宿屋に向かい歩くエリオット。

 怒りに燃える旦那は背後から、何処から調達したかわからない鋼の剣を振り下ろす。

 しかし。

 軽々と手にした杖で受け止めるエリオット。

 旦那は「何だと!?」という表情で鋼の剣を持つ腕が震えている。


「素人だね。何処から調達したかはわからないけど、腰が入ってないよ」

「く、クソ! 魔法使いのクセに…!」

「魔法使いを甘くみない方がいい。俺でも、お前みたいな素人くらいは倒せるよ。杖だけでね」


 魔法使いは杖を巧みに操り、鋼の剣を弾き飛ばした。

 本物の旦那は、茫然とする。

 魔法使いエリオットは一瞥をくれると宿屋に戻った。


「帰ってきた」

「妬けるねえ! よっ! モテ男は辛いねえ!」

「うるさい。これが俺の夜の過ごしかたなの!  お前らだって散々、賭博と酒を楽しんできたのだろうが」

「パーティーメンバーが揃ったから、ちょっとまた路銀の確保の為に魔物狩りをしてから次の街を目指そうか?」

「そうしましょうか。行きましょう」


 旅立ちの街へ来て2日目も、近隣エリアの魔物狩りに精を出す勇者パーティーは近くの迷宮探索の下見や既に崩壊した遺跡跡などを訪ねる。

 そして旅立ちの街の次の街に行くには、商人ハザードも使ったという【旅の扉】と呼ばれるワープポイントを使うしかないという。


「旅の扉は確かに使ったぜ。あの頃はまだ通行止めにはなっていなかったから普通にこの大陸に来られたけどね」

「この遺跡の奥にあるんだっけ?」


 僧侶オグスはハザードに確認する。

 ハザードは頷いて、そして昔の記憶を思い出す。

 だが。今は危険な魔物が湧いて出てくるので封印されている。パーティーは遺跡の入口の石碑を読む。


『これより先、近隣の住民に被害が及ばないよう封印を施す』


「この遺跡の奥に【旅の扉】があるんだけど封印されているな」

「魔法での封印という訳でもなさそうだね」

「この石碑を動かす事が出来れば先には進めそうだぞ」

「とりあえず場所は判ったから一度、街に戻ろうよ」

「クレア。くれぐれも昨日みたいな爆買いはしないでくれよ」

「そういう、エリオットこそ、また奥様と過ごすんでしょ?」

「よくお解りで」

「昨日は退屈したから、私はオグスと過ごすからね」

「ご勝手に」


 何やら勇者と魔法使いは仲がよろしくないようだ。

 ハザードとオグスは、いよいよ自分達にもチャンスが巡ってきたと感じた。


 そうして旅立ちの街に戻ってきたパーティー。もう夕暮れの空になっている。やがて今宵も月が浮かぶ夜になるだろう。

 勇者クレアはこの夜は僧侶オグスと共に、地下に広がる賭博場を垣間見る為に同行した。

 そこは地下に広がる別の意味で【大人の世界】だったのだった。

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