第10話 オトナの世界
初めての街に辿り着いて早々に勇者クレアにこき使われてしまった男達。
しかし。彼らの本領発揮はこの夜の時間に訪れる。
旅立ちの街の酒場の1つ、【ムーンスター】に訪れた彼ら勇者パーティーは夕食を食べる。あのクレアの爆買いの後に宿に宿泊する金と酒場で食事を食べる金を調達した彼ら。
勇者クレアはこの夜を境に彼らの手癖の悪さに茫然としてしまう事になる。
夕食を食べ終わると、早速、僧侶オグスはこの街にもある地下の賭博場へと脚を運びギャンブルに興じる。
商人ハザードは別の酒場で酒を飲みに行き、クレアはエリオットと共に宿屋に戻る途中だった。偶然にとある夫婦二人の喧嘩を目撃したのである。
「いい加減にしてよ! あなたはいつもそう。自分が困った時は私に頼る癖に横暴に振る舞って! あなたなんかもう知らない!」
思い切りドアを開けて、外に出ていく妻。
クレアとエリオットは『何事だろうか?』と想って旅立ちの街の夜の通りを歩いていた。
「何か只事ではないよね」
「気になるな」
一言呟いて彼は少し考えるとクレアに一言断って、その奥様を追い掛ける事にした。
「クレア。先に宿屋で休んでいていいよ。俺はさっきの奥様を追い掛ける」
「何をするつもり?」
「ここから先は『オトナの時間』さ」
言うや否や、先程の奥様を捜しに向かうエリオット。
クレアは一体彼は何をしようとしているのか気になって仕方ない。
一旦は宿屋に向かう勇者だったが、彼女は気になり真夜中の旅立ちの街を散策する事にした。
喧嘩した奥様を追い掛けるエリオットは何処に彼女が向かってしまったのか捜していた。すると旅立ちの街の大きな池の辺りにその彼女がベンチに座り込み密かに泣いているのを見かけた。
「バカ…! もう知らないんだから…!」
一体、何が原因で喧嘩してしまったのだろうか? 色々、気になったエリオットは持ち前の気さくさで彼女に話しかけてみた。
「こんばんは」
「あ…こんばんは…」
「どうしたの? さっきからずっと泣いて……」
「べ、別に何でも……」
「何でもないなら、泣く必要も無いんじゃないかな? 旦那さんと喧嘩でもしちゃった?」
「何で通りすがりのあなたが知ってるのですか?」
「君の顔に書いてあるよ。旦那が嫌になった? うんざりしている?」
「何で私、あんな人と一緒になったんだろう? 私、バカみたい」
「……じゃあ、今夜くらい羽目を外してもバチは当たらないよ」
「え…?」
「一緒にお酒でも飲まないかい? もちろん俺の奢りで」
「いいのでしょうか?」
「旦那には呆れ果てたのでしょ? 君が損をする謂れはないと想うな」
「あの、お名前は?」
「エリオット。魔法使いエリオットだ」
「エリオットさん……ですか」
(素敵な人。あの男より余程、魅力的な感じ。ダンディな魅力がある)
エリオットは微笑んで、相手の奥様を安心させる為に黙っている。
ベラベラ喋っても騒がしいだけ。
泣いている人には静かに寄り添うのが一番と心得ている。
奥様は泣き止むと落ち着いてきたのか、酒場に誘う男性と一緒にお酒を楽しむ事にした。こんな事すら自分は無視して旦那に尽くしてきたのが馬鹿らしく思えて。
そうして彼らは夜の酒場【ムーンスター】へと向かって行った。
【ムーンスター】へと入ると彼らは一組の恋人たちのように過ごした。
この魔法使いエリオットは自分が思い悩む事を黙って耳を傾けてくれた。
旦那が
エリオットは唐突に聞いてくる。
それで今まで幸せだったのか? と。
そして言った。
「男の我儘を聞く事と幸せは必ずしも夫婦の幸せには繋がらないものだよ」
「夫婦になっても苦言を呈する事が出来るのが愛情と俺は想うけどな」
「エリオットさんは結婚されているのですか?」
「してた事はある。だけどその後離婚したよ。付き合った彼女は居たけどね」
「離婚したのですか? そうには見えない」
「婚約している男が他人の妻に気軽に声をかけると思うかい?」
「……無いと思います」
「でしょう? お互いに同意の上で離婚したんだ。俺も同意の上で別れた。その方がお互いの為になるからって」
「寂しくないのですか?」
「どうだろうね……それはわからないかな」
エリオットは瞳を閉じてぼんやりとはぐらかす。彼としても答えの出ない問題だった。確かに人肌恋しいから暇さえあれば一緒にいる場合もあるし、懐が深いと言われる事の多い自分だがどうにも誰かに縛られるのだけは嫌がる自分もいる。
離婚した後、自分は世界を放浪してフリーランスの教師としての生活とたまに夜のサービス業で小遣い稼ぎも経験した。
その一方で互いに相入れない部分も自分にはある。天性の人たらしみたいな人柄と反動するかのような放って置いて欲しいという、孤独を愛する部分も自分にはある。
この人物はその孤独の部分があまり見えないから誤解も多い男性でもあるのだ。
根っからの女好きであると同時に、根っからの研究者気質も持ち合わせる。魔法使いエリオットは興味さえ湧けばどんな事でも掘り下げてみたいという欲求があるのだ。
それは人間関係の事にも顕著に表れるのだ。
「寂しく無かったらそれはそれで嘘になるよね。だから、君をお酒に誘ったんだし」
「私、尽くす事が愛情と想ってました。そうするのが愛情なんだって」
「損をした気分だよね。でも、チャンスだと思うよ。損をしたなら得もしなきゃ。世界はキブアンドテイク。与えたなら与えられるのも世の中じゃないかな」
「本当にそうなのですか?」
「嘘だと思うなら今日の真夜中に俺を捜しに来るといいよ」
「え……?」
「俺は与えられたものに報いる。仮初めの愛情でも、形だけの愛情でも」
彼は酒場の席をたつと今の台詞を話して、店主に連れの女性のお酒の代金を払い、そして居場所だけを告げて去った。
「さっきの池の
「そこにエリオットさんが居たら……?」
「それが俺からの1つの答えかな」
「じゃあ失敬する」
そうして彼は酒場【ムーンスター】から去った。
外には勇者クレアがいた。
気になりついてきたのだろう。
彼女は思わず訊いた。
「本気なの? エリオット」
「立ち聞きとは恐れ入るね。クレア」
「あの人、他人の奥様よ? それを……寝取るつもり……?」
「そうだね……深夜2時までに現れたらそうなるかな」
どこか無責任な言葉遣いのエリオット。
彼は勇者クレアに軽く言い放った。
「昼間は君にこき使われていたけどね、夜はそうはさせないよ。オグスもハザードも同じ事を言う筈だ」
「勇者だからといって何もかも君の思い通りにはさせない」
クレアは目を見開いた。
そして、彼は彼女に背中を向けて宿屋へと戻ったのであった……。
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