第8話 啓蟄 嬰の足
クレアが住む城下町が襲われて4日後。
彼女は17歳の誕生日を迎えた。
そして今、彼女はこの小国を治める王に謁見している。赤い絨毯に覆われた玉座の間。小国とはいえ気品と威厳溢れる部屋に王は玉座に坐り、そしてこの間の苦労を労う。
そこにはクレアの母親も共に姿を見せていた。
「クレアよ。まずはこの間の防衛戦では奮迅の活躍と聞いた。御苦労であったな。城下町の人々もまだ戸惑いは隠せない様子だが、徐々に街の復旧作業に取り掛かっている様子だ。しかし。魔王ナルゴフめ!あのような事を抜かしおった。誠に許せなき所業だ…!」
「あの時の防衛戦は他にも協力者がいました。彼らのお陰でもあります」
「噂には聞き及んでおる。酒場【クロスヘブン】によく集まる者達と聞く。その彼らはお主と仲の良い者達である、と」
「1年前には惜しい勇者を亡くした。勇者クライトンと言えば、この小国きっての勇者だ。あの者まで魔王に斃されるとは……」
「母はあの時、父がどのように死んでしまったのかはよく分からないと」
「レベッカよ。あの話はしておらんのか?」
王はクレアの母親レベッカに顔を向けた。レベッカは俯く。今でもショック過ぎて話せないでいたのだ。
母親は何を隠しているのか。
クレアは訊いた。
「お母さん。どうしたの?この際だから話して」
「話してやれ、レベッカ」
「実はね、クライトンは斃されたんじゃないの。何処かに行方不明になってしまったのよ。何処にいるのかもわからないの」
「死んでないって事?」
「生きているわ。だけど行方不明なのよ」
突然の父親が生きているという言葉にクレアは何も絶望する必要も無かったと思った。生きているなら何処かで会えるという意味だ。
彼女は改めて王に頼んだ。
「王様。私は魔王ナルゴフを許せません!私に旅立ちの許可を頂けませんか!?」
王はその言葉を待っていた。
大きくうなずきそして力強く答える。
「世間では17歳では早すぎると揶揄する者が居るが儂はそうは思わん。クレアよ、いや勇者クレアよ!この小さな国から旅立ち外の世界を垣間見るがよい。そして世間の声に耳をすませ人々の平和の為に人事を尽くして天命を待つのだ」
「ありがとうございます!王様!」
「衛兵!」
「はい!」
「彼女に予め手渡す物を用意してくるのだ。若い勇者の為に餞別を渡す!」
「ハッ!ただいま持って参ります!」
衛兵隊が武器と防具と路銀を宝箱に入れて持ってきた。
杖と斧と槍。そして彼女用の片手剣。
旅人のローブ。そして軽めの鉄の鎧。
クレア用に女性用の鎧も。
路銀に500ゴールドを貰う。
「勇者クレアよ!旅路の果てに父クライトンに出会えなくとも魔王ナルゴフを討ち取って参るのだ」
「はい!」
そうして謁見を終えた後、クレアは酒場クロスヘブンに向かう。ここは運命が交差する酒場。彼らはまるで彼女を待っていたが如く集合していたのだ。
一様に皆は彼女を見つめた。そしてその口から旅立ちの話を聞こうと黙っている。
「ハザード。オグス。エリオット」
「旅立ちの許可は降りたわ。それで私、ぜひともあなた達に旅路に着いてきて欲しいと想って」
「この街にいるのも確かに飽きたな。俺はクレアが行くなら行くよ」
「行商人としてこの旅には同行したいものだね」
「世界には様々な賭博があるはす。俺も行くぞ」
呆れた理由でも彼女は別段責めなかった。危険な旅路の筈なのに自分から申し出てくれたのが嬉しくて……。
彼女はそんな彼らに土産がある様子で貰ったものを差し出す。
「あのね、王様から餞別を貰ったの」
「おお〜っ」
クレアはそれぞれに手渡す。
魔法使いエリオットには旅人のローブに杖。
僧侶オグスにも旅人のローブに槍を。
商人ハザードには鉄の鎧と斧を。
それぞれが嬉しそうに受け取る。
「こりゃあ良い杖たね!」
「なかなかの槍だな!」
「ヘェ~、王様もいい武器をくれたな」
それぞれ颯爽となった彼らは、その日の内に旅立つ。
旅立ちの日にクレアの母親レベッカが見送ってくれた。
「行ってらっしゃい!クレア!それから路銀が無くなったら家に帰ってらっしゃい。皆さんが泊まれるように部屋を整えておくから」
「じゃあ、行くわよ!」
時に。
この先に、世にも面白い、彼女と彼らの業に満ちた旅になる事も知らず。
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