第6話 クレアの剣
やっとの事で目的の1200ゴールドまで貯めたクレアは、ハザードに改めて鋼鉄の剣を買おうと他の街の行商から帰ってきた彼に街の中で声をかけた。
「ハザードさん!」
「クレアちゃん」
「行商から帰って来たの?」
「ああ。そうだよ。それにクレアちゃんにお土産もあるよ」
「お土産?」
するとハザードは細長い優美な長剣を彼女に見せた。装飾は軽めだがそれでも鋼鉄の剣よりは優美なデザインだった。
クレアは目を輝かせる。鋼鉄の剣より綺麗だし、切れ味も良さそうだ。
そんな彼女にハザードは指摘した。軽めに冗談交じりに。
「クレアちゃんってわかりやすいな。欲しいって目をするから」
「え…!?本当?」
「まさに今のクレアちゃんがそうだよ。『この剣、欲しい!』って感じ」
「確かに欲しいなぁ。鋼鉄の剣より格好良いもの」
鋼鉄の剣よりも鋭く優美な長剣にクレアは心を奪われる。
この剣を売ってくれないかな?
クレアはハザードに頼んでみた。
「ハザードさん、この綺麗な剣を売ってください!」
「やっと目的の1200ゴールドまで貯めたの。鋼鉄の剣の代わりに売ってくれませんか?」
ハザードの顔が微笑んでいた。
そして、すっかりお馴染みさんみたいな彼女に応えた。
「勿論。これはクレアちゃんの為に見つけて来たんだ。鋼鉄の剣よりは軽いし、刃の材質も良いものを使用しているからね」
「いくらですか?」
「鋼鉄の剣と同じと言いたいけど、1000ゴールドでいいよ。お馴染みさんとしてオマケさせて貰うよ」
「本当ですか?ありがとう」
そこで彼女が財布から1000ゴールドを出そうとすると、突然、彼女に体当たりしてきた子供がいた。
「ごめんよ!」
「何をするの!」
「クレアちゃん、財布をスられてないかい?」
「あーっ!私の財布!さっきのガキね!取り返してやる!」
「チョロいもんだぜ!」
凄い剣幕で追い掛け始めるクレア。
酒場で鍛えられたのか、引っ込み思案はどこへやら、いつの間にかなかなか気の強い女子に成長していた。
ハザードも一緒に追いかける。
街の中を駆け回る泥棒少年は、二人の大人の男に行く手を塞がれた。オグスとエリオットの2人だ。
「ちょっと待った!」
「坊主。追いかけっこはおしまいだよ」
「ゲッ。クソッ!」
泥棒少年は後ろに引き返そうとするが、クレアとハザードが物凄い速さで追い掛けてきた。
「私の財布!返せーっ!」
「やべえ」
やがて、周囲を囲まれた泥棒少年は彼らに盗んだ財布を返すように迫られる。彼らは街の裏通りで泥棒少年に詰め寄る。
「返してよ!私の財布!」
「今のうちなら警察のおじさんに世話にならないように逃してやるよ」
「彼女の財布を返すんだ」
「大人しくするんだな」
素直に財布を返す少年。拗ねたように答える。
「……判ったよ」
あっさり財布を返したと思ったが、泥棒少年は財布から1000ゴールドを抜き取った後でポケットに入れていたのだ。
財布の中身を調べている隙に泥棒少年は逃げる。
「へへん!バーカ!もう金は抜き取ってあるんだよ!バーカ!」
と捨て台詞を言って逃げようとするが、そこに2つの炎の球が少年にぶつかった。少年の背中と脚にぶつかる。
「あっちー!」
クレアとエリオットのファイアボールだった。クレアは背中に、エリオットは脚に炎の球を当てたのだ。
少年がうつ伏せで道に倒れる。
手加減したとはいえ、相当な炎の球が当てられたのだ。無傷ではない。
「莫迦?莫迦はアンタでしょうが」
「あっさり逃がすような大人に見えたのかな?」
「くそう…!」
横目で睨む泥棒少年に僧侶オグスが近寄り、ポケットの中にある金を返すように促す。膝をついて少年に寄り添う。
「お金、返そう。そのお金、女の子が自分自身の力で稼いだお金だよ。返そうな」
「……。嫌だ」
「聞き分け良くないとキミがひどい目に遭うよ?」
「私のお金、返して!そこの商人から剣を買うのよ!」
「これはオレのもんだ!」
「その前に私のお金よ!返して!さっさと!」
まるで押し問答のような口論に、商人ハザードはため息をついて言った。
「仕方ないな。警察官にお世話になるか?」
「イヤだ。警察なんてイヤだ!」
「なら返す。他人のお金を盗んで警察はイヤだなんて、都合のいい話は無いんだ」
泥棒少年は起き上がるとポケットから盗んだ1000ゴールドを、近くにいるオグスに渡した。彼が念の為に勘定する。確かに1000ゴールドあった。
クレアは自分の財布を見る。半端の200ゴールドがきちんと入っていた。
「ピッタリだ。今日の所は見逃してやる。次に見かけたら警察に突きだすからな」
僧侶オグスの厳しくも優しい言葉に泥棒少年は後ろ目で見ながら、トボトボ歩いて去った。どこかそれは羨ましいような視線で。
僧侶オグスはクレアに泥棒少年から取り返した1000ゴールドを手渡す。
「ありがとう、オグス」
「初めての連携にしては上手くいったね」
「そういえば、泥棒を追いかけた時のあの連携はうまかった」
「案外、俺達なら、クレアちゃんと組んでも差し支えはなさそうだ」
商人ハザード、僧侶オグス、魔法使いエリオットの3人は彼女の下に集まる。
クレアは改めてハザードに頼んだ。
「ハザードさん。あの綺麗な剣、ください」
と、1000ゴールドを払う。商人ハザードは背中に帯びていた剣を手渡した。
それがハザードが彼女の為に探してきた剣だったのだ。
「綺麗…!」
「いい剣じゃないの?」
「名前はなんて言うんだ?」
「クレアの長剣……それしかないよ」
こうして、ようやくクレアは剣を手に入れた。そしてその夜から素振りを始めた彼女。
その様子を観る彼女の母親と、今夜は珍しく魔法使いエリオットも来ていた。
彼らはまるで家族のように話し合う。
「あの子。変わったわ。ずっと昔は引っ込み思案で、怯えるように、他人と話そうとはしなかった。それが剣の修行に打ち込むなんて。エリオットさんのお陰ですね」
「それはたぶん、違います。彼女は自分自身で変わろうと努力した。私はきっかけを作っただけですよ」
「そうでしょうか?」
「そうだと思います。私はね」
魔法使いエリオットはクレアの母親に片目を閉じながら答えた。
そして素振りを200回程こなした彼女を労う。
「お疲れ様」
「この剣、すごく軽くて使いやすいわ」
「そりゃあ良かったね」
月が浮かぶ夜に木のベンチに座る2人。
軽く汗を流す彼女にコップを渡す。
そして話した。
「クレアちゃん、あの時から雰囲気は変わったよね。根本はでも変わってないかな?」
「私はだいぶ変わったと想うよ」
「でも、泥棒少年が駄々をこねた時、一瞬、可哀想って顔をしていただろう?」
「うん。何かあるのかなって」
「それでいいんだよ。元々のクレアちゃんは優しい女性なんだから。それでいいんだよ」
「……。でも、変わらないといけないと想う。この世界は強さもお金も必要なのがようやく分かってきたから」
と言って、彼女はコップに注がれた水を飲んでまた素振りを始める。
そんな彼女を黙って見つめるエリオットだった。
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