第5話 ギャンブル依存症な僧侶

 クレアのホームタウンには、実はあまり知られていない事だが、地下にモンスター格闘場がある。賭け札を買って、モンスターが勝てばそのオッズによって換金される手軽なギャンブルだ。

 現実世界でも公共ギャンブルが存在するように、この世界でも公共ギャンブルとして細々と存在している。大抵が地下に続く階段を降りた先の世界にある賭博場。

 当たれば確かに一攫千金も夢では無いが、ハマると最後は無一文になる危険性が高い場所。そこは世界に存在する闇の蔓延はびこる場所。

 その賭博場に何故か僧侶の姿をした男がいた。本物の僧侶で一端いっぱしに回復呪文も使える上に頭脳明晰ときた。彼の名前はオグス。頭の回転が鋭く、豊富な魔力でパーティーを支える守り神。

 彼はその持ち前の観察眼でモンスター格闘場に参加するモンスターの力を分析して、割と的確に当てていく。モンスターが使う呪文、火炎や吹雪、毒の息などの特技を分析して、自分なりにパターンを考える。そのパターン通りになり勝つともう止まらない。そうして酒場で飲む酒代を稼ぐとんでもない僧侶だった。

 パターンを組み立てその通りになると勝てるという得難い快感に目覚めた彼はこの夜もしこたま勝って、酒代を確保して、地下世界から表の世界へと帰り、【クロスヘブン】へと向かう。

 そう。ここは旅人の運命が交差する酒場。

 奇しくもこの酒場で【物欲勇者】パーティーの最後の1人が訪れた。

 この夜もクレアはアルバイトをしている。

 毎日のように訪れる酒癖悪い商人ハザードや女好きの女たらし魔法使いエリオットなどなかなか濃いメンツがクレアの友人のようになって話し掛ける。

 しかしこんな男性達だが美点もあるから面白い。ハザードは酒癖悪いのを除けば、口の巧さで売上を上げる敏腕商人。女癖の悪い女たらし魔法使いエリオットも、クレアにとっては父親代わりの世話焼き親父で意外と正義感も持ち合わせる。頭も切れるし変だと思えばすぐに言葉にするはっきりとした態度も魅力的だ。

 目的の1200ゴールドまで残り300ゴールドになったクレアだが、とうとう母親に夜の酒場でアルバイトしている事がバレたが、社会勉強の一貫で働かせようとも思った。だめだ、ダメだ、と言うだけでは本当に世界を旅する時の世間知らずは首を絞める。

 なら夜の酒場で業の深い男達に揉まれるのもいいかもしれない。世の中、いい大人ばかりではないことを知れば注意深さも勉強するだろうというのが、母親なりに考えた教育だった。

 そうして酒場クロスヘブンに、あのギャンブル依存症の僧侶が訪れた。


「いらっしゃいませ!」


 僧侶は周囲を軽く見渡してから空いている席へつく。そしてクレアが注文を取りにきた。


「ご注文は?」

「白ワインを」


 僧侶オグスはまるで紳士のように注文した。頭の帽子を脱ぐと濃い目の茶髪の割と男らしい男性だ。服は僧侶ならではの神官のような出で立ち。

 何だか嬉しそうな僧侶は白ワインを傾け、クレアに話しかける。


「まだ若く見えるね。何歳?」

「15歳です。明日には16歳になりますけど」

「へえー、ここ、大人の社交場だけど、働いていいんだ。このお店」

「ここは明朗会計の酒場ですからね」

「明朗会計の酒場か。なら安心して飲めるな。いや〜。今日も勝った、勝った」

「勝ったってどういう意味ですか?」

「この街のどこかの地下に賭博場があるのは知ってるかい?」

「いいえ」

「どこの街にもあるけど、地下世界にはそういう公共ギャンブルみたいな場所があるんだ。そこでしこたま勝って来たのさ」

「僧侶なのに?」


 そこで商人ハザードが口を挟む。

 昼間は真っ当な商売しているハザードからすれば、ギャンブルで金を稼ぐなどと邪道に見えるのだ。

 僧侶オグスは軽く反論する。

 

「別に悪い事じゃないだろう?ギャンブルで食っている奴はいるし」

「曲がりなりとも神に仕える聖職者がギャンブルなんてやっていいのかね」


 今度は魔法使いエリオットがツッコミを入れる。勿論自分の肩に女を侍らせて。僧侶オグスはそんな彼にツッコミを入れる。


「女を肩に侍らせて言う奴の台詞かよ?」

「別に良いだろう?俺はギャンブルで生活の糧を得てる訳じゃないし」


 クレアは段々と酒場のムードが険悪ムードになるのを感じる。

 ハザードやエリオットだけでも、癖が強いのに、今度はギャンブル依存症な僧侶?

 一体、この酒場は、何の因果で呼び寄せるのだろう?

 彼らはそれなりにでも大人の男性なので、殴り合いはしない。しかし口の悪さはもしかしたら世界一かもしれなかった。

 皮肉を交えながら口撃をし合う。


「そこのナイスミドルに侍っている人?そんなにその男は魅力的なの?」

「エリオットは最高よ?ちゃんと夜にサービスしてくれるもの」

「へえー。余程、下半身に自信あるんだな」

「……失礼な」


 エリオットはカチンときた。

 そりゃあ確かに夜のサービスで多少の金を稼いではいるけど。

 この人物は昼間は魔法の教師としてフリーで働いている男性だった。

 カチンときたエリオットは僧侶オグスに口撃する。


「ギャンブル依存症の僧侶よりかはマシだと思うがね」

「言ってくれるじゃないか」


 僧侶オグスも少しカチンときた。

 別に公共ギャンブルで生活費を稼ぐのは悪くないだろう?要は破産しなければいい。

 オグスがハザードを見ると、酔客になった彼がクレアに対して、絡み出しているのが見えた。


「クレアちゃん、意外と色っぽいね」

「ハザードさん。飲み過ぎ!」

「今夜こそ、俺と一晩過ごさない?」


 オグスとエリオットは揃って立ち上がる。

 クレアが酔客に絡まれている。あれは危ない。

 二人してそう思って、呟いた。


「へえ。あの件に関しては意見は合うか」

「女好きの君でもあれは許せないか?」

「酒癖悪いのは好きじゃない」


 彼らは分担して向かった。

 オグスは酔客ハザードをクレアから離して、エリオットはクレアを他の客や空いたグラスを下げるように促す。


「はいはい。何処の敏腕商人だか知らないけど未成年者を誘うのは止めようね!」

「クレアちゃん、今の内に空いたグラスを下げたりして、この場から去りなさい。この酔いどれはどうにかしておく」

「あ、ありがとうございます」


 僧侶オグスが酔客ハザードにたっぷりの水を飲ませた。

 ハザードは無理矢理、水を飲まされて、思わず噴き出した。


「何をするんだよ!」

「お前、未成年者を思い切り誘っていたぞ!」

「してない!」

「いいや、してたね!」


 一時は険悪ムードだったが彼らの起こす口撃と初対面でも仲間のように気遣う態度に他の客達は笑っていた。

 クレアはその間、他の客と話をしている。

 とある客はクレアに言ったものだ。


「クレアちゃん。来年になったら魔王退治に出発するんだろう?あの3人を連れて冒険に行ったら?」

「何故ですか?」

「彼らはなんだかんだ言って、クレアちゃんが放って置けないんだよ。きっと。だって、ハザードさんは鋼鉄の剣をクレアちゃんの為に取り置きしてくれているし。エリオットの旦那は魔法を教えてくれてるし。案外。あの僧侶もクレアちゃんを助けてくれるかもよ?」


 ここは運命が交差する酒場。

 勇者になる前に、彼らはまるで呼び合うようにきた。クレアがいる街に。

 これはその【物欲勇者】パーティーのメンバーが出会った時の微笑ましい記録である。

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