第4話 酒癖悪い敏腕商人

 クレアが15歳になったある日。酒場『ムーンライト』にある商人がきた。

 人当たりがよく行商を行うその男性は、ハザードという名前で、クレアのホームタウンに行商にきた。 

 その商人は確かにいい商品を扱っていた。この街では入手困難な鋼鉄の剣や鉄の盾などを売ってくれる商人だ。しかも相場はそこそこ良心的な値段。

 昼間の街で出会ったクレアは、そのハザードが売ってくれる鋼鉄の剣がどうしても欲しかった。そろそろ本格的に剣の修行をしたいと思っていたのだが、剣という剣がないのだ。

 母親は初心者なんだから青銅の剣で練習すればいいじゃないと少し文句を言ったが、15歳ともなると見栄の1つくらいは出るのが女のコというものだろう。

 世間では父親の勇者は魔王に殺されてしまったと聞くし、なら仇討ちとはおおっぴらには言わないが折角鍛えた力を試したいと思うのも無理がない。

 クレアの母親はそこで言った。


「どうしても欲しいなら自分自身の力でお金を貯めて買いなさい。ただし。夜の酒場でのアルバイトは禁止ですよ!」


 とは言うものの鋼鉄の剣は良心的な値段とは言え1200ゴールドもする。とても洗濯屋さんや皿洗いなんかで得られる給金では短時間で得られない。

 彼女は母親に内緒で別の酒場でアルバイトする事にした。そこにあの行商のハザードが酒を飲みに来たのだ。

 実はこのハザード。昼間は真っ当な敏腕商人だが、夜の時間に少々問題を抱えている。実は彼は酒癖が悪いのだ。それもとてつもなく。

 それはこの一連の行動を見ればよくわかる。


「おねえさん、いい体してるねぇ!」

「イヤだ、ハザードさん。お酒、飲み過ぎですよ」

「今晩、俺とどう?」

「べ、別の用事があるから〜」

「つれないなぁ〜」


 その1。酒が入ると女に絡む。

 セクハラ発言だけならいざしらず、引っ掛けた女と勢いで関係する事もあるとか。


「な〜んか、体が暑く感じるぜ〜」

「ああっ!困りますよ!ここで服を脱がれては!」


 その2。酒が入ると服を脱ぎだす脱ぎ上戸。下手をすれば下着まで脱いでしまう事もしばしば。

 この商人はそれなりの筋肉はあるのでまぁまぁ体付きはいいから、救いではあるが、でも公共の場で脱ぎ上戸は困る。

 

「おねえさん、もっと酒くれー!」

「ちょっとハザードさん!もうグダグダじゃないですか。酔いつぶれますよ!」


 その3。酔いつぶれるまで飲んで、酒場で眠る事も日常茶飯事。

 最後は大抵、店主に追い出されるのが常である。

 この夜から母親には内緒で酒場のアルバイトを始めたクレアが、初めて接客した客がよりによってハザードだった。

 ある意味、酒が入れば最強の酔客になる商人の相手とは、クレアもなかなか運が悪い。

 しかもクレアは純真無垢な少女。ハザードから見れば綺麗なお姉さんより容易い相手だ。一晩のお礼に金を払うから、なんて言葉を聴けばこの男に体を売りかねない。


「よう!アンタ、随分と若いね!新人さん?」

「は、はい」 

「俺の好みにバッチリハマってるよ。ほら。とっておきな」


 ハザードはクレアにチップとしてお金を握らせた。彼女は戸惑うが、彼は気にするなよみたいに300ゴールド程、渡した。

 クレアが内緒でアルバイトする酒場の名前は【クロスヘブン】。旅人の間では、運命が交差する酒場とも呼ばれる。

 折しもこの夜は商人ハザードだけではなく、魔法使いエリオットも酒場に来たのだ。無論、彼はクレアがここで働いている事は知らない。


「いらっしゃいませ!あっ!」

「え!?クレアちゃん??何でここにいるの?」

「エリオット〜。そんな野暮ったい娘なんていいからお酒飲みましょうよ?」

「……後でね。クレアちゃん」

「クレアちゃん!こっちのグラスを下げてちょうだい」

「は、はい!」


 魔法使いエリオットは、何でこんな、『大人の社交場』に彼女がいるのか気になる。きっと何か理由があってアルバイトでもしているのだろうな。

 自分の肩に女を抱きながら酒を傾けるエリオット。

 クレアは商人ハザードの接客をしている。

 ハザードは段々と酒が深くなると、女と絡み出す。

 それはクレアも例外ではなく、いや寧ろ好みの女性なのでアタックしまくる。


「今夜、俺と一緒に過ごさない?」

「わ、私、今夜は……」

「一晩付き合ってくれたら、君の欲しい物をあげようと思うけどな〜」

「え…?」

「客のよしみで1つだけあげるけどな〜」


 当の彼女には魅力的な話に聴こえる。

 鋼鉄の剣が一晩付き合う報酬ならとハザードが釣り下げる餌に喰い付きたい衝動に駆られる。

 傍から見守るエリオットはハラハラしている。そんな言葉に乗せられるんじゃないぞ、と言いたいが、自分も女を連れているから言えた義理でも無いが。

 しかし。物欲に目が眩んでいる無垢なる少女は押しに弱く、ハザードのアタックに負けそうになる。


「ねぇ、良いだろう?クレアちゃん」


 これ以上は観てられない。

 魔法使いエリオットは、思わず困り果てるクレアに助け船を出す。

 思わずそこにいる商人ハザードに嫌味を言った。


「いい商人が自分の夜のお供に物で釣るなんて恥ずかしいとは思わないのかな?」

「なんだよ。おい。いきなり絡んでさ。誰だよ、アンタ」

「この女のコの知り合いだけど?」

「へえー、さてはアンタの夜の慰み者かな?」

「そんな軽い気持ちで知り合いなどと言えるか。慰み者にしようとしてるのお前だろう?」

「まぁまぁ…落ち着いて、エリオットさん」


 酒場クロスヘブンが険悪な雰囲気になる。どうにか落ち着いて貰おうとクレアはハザードに酒を勧めた。

 そしてエリオットに席に戻るように促す。


「まぁまぁ。ハザードさん、お酒、おかわりどうですか?」

「ああ。飲み足りないから沢山くれ!」

「魔法使いのおじ様も、お酒どうですか?」

「あっちの女性にカクテルを」

「は、はい」


 そうして深夜12時まで働いたクレアは酒場の主人から本日の給金を貰う。

 酒場の主人はあの険悪ムードを初日でどうにかした彼女を褒めて、しばらくここで働くのを勧めてくれた。


「はい。今日の給金ね。あの険悪ムードを上手に切り替えるのは上手かったね。お金が貯まるまでしばらくここに働きに来るといいよ。社会勉強にもなるから」


 と、クレアに本日の給金、100ゴールドを渡した。 

 この酒場は運命が交差する酒場。

 彼女は知らない。

 彼らも知らない。

 この酒場であの悪名高き【物欲勇者】パーティーが揃う事を。

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